一
七月のあいだ、四階の高野さんの箱は、毎週、空になって戸口に出ていた。
*
生協の宅配の担当になって六年になる。
木曜の順路は六十二軒。朝の七時にセンターで積みこみをして、九時に一軒目、最後の一軒が夕方の五時。毎週同じ曜日の、同じ時刻に、同じ顔が同じ箱を届ける。それが仕事の決まりで、組合員の安心でもあると、入協したときの研修で教わった。前の週に届けた空き箱と、鉛筆で数字を書きこんだ注文書を回収して、新しい箱を置いていく。
順路の終わり近くに、市営団地がある。昭和の終わりに建った五階建てで、エレベーターが無い。四号棟の三階と四階に、一軒ずつ組合員がいる。
四階の高野キヨさんは、八十二歳で、一人で暮らしていた。
六月の第二木曜は、後輩の戸田くんが研修で同乗した日だった。入協二年目で、来月から別の順路を一人で持つことになっていた。四号棟の階段の下にトラックを停めると、戸田くんは荷台から青いコンテナを二つ重ねて持とうとした。
「一つずつにしとけ。四階だから」
「平気っすよ」
三階の踊り場で、戸田くんは黙った。四階に着いたときには、息が上がっていた。
チャイムを押す前に、ドアが開いた。
「はいはい、ご苦労さま」
高野さんは、白地に青い小花の散ったエプロンをしていた。背が低くて、私の胸のあたりまでしかない。玄関のたたきに立つと、ちょうど私の目の下に、薄くなった頭のてっぺんが見えた。
「あら、今日は二人」
「研修です。来月から、別のところを回ります」
「まあ、若い人はいいわねえ」
高野さんはエプロンのポケットに手を入れて、飴を二つ出した。一つを戸田くんの手に握らせ、もう一つを私の胸ポケットに入れた。毎週のことだった。黄色い包み紙の、はちみつの飴。
「次から、置いといてくれればいいからね。わざわざ鳴らさなくても」
そう言いながら、高野さんは毎週、チャイムを押す前に出てきた。階段を上がってくる足音で分かるのだと言っていた。
箱を渡して、空き箱を受け取る。注文書の上に、四つ折りの小さなメモが挟まっている。坂口さんへ、と書いてある。私はいつも、回収のときにそれを抜いて、ろくに開かずにトラックのダッシュボードに挟んでいた。暑いので水分を、とか、先週はありがとう、とか、そういうことが書いてあるのを知っていた。
高野さんは私を見上げて、首をかしげた。
「坂口さん、あなた大きいから、シャツはLでしょう。うちの主人もね、Lだったのよ」
はあ、と私は言った。高野さんの話は、いつもそういうふうに、どこからともなく始まって、ご主人のことに行き着いた。十年前に亡くなったご主人のことに。私はそれを、三分で切り上げる方法を知っていた。
「次がありますので」
「そうよね。ご苦労さま」
階段を下りながら、戸田くんが言った。
「かわいいおばあちゃんっすね」
「毎週あれだと、十分押す」
戸田くんは笑って、飴を口に入れた。
*
六月の第四木曜、高野さんは、玄関で、少し声を落として言った。
「夜にね、私の知らないうちに、注文書が書いてあるのよ」
私は箱を渡しながら、笑った。
「ご自分で書いたの、忘れてるんじゃないですか」
「そうかしらねえ」
高野さんも笑った。それから、私の手の中の注文書を見た。カタログの四桁の注文番号と数量を、枠の中に一字ずつ、鉛筆で書きこむ用紙だ。センターの機械が読み取る。番号の並びを見れば、六年も回っている私には、何を頼んだのか分かる。7の数字に、横棒が入っていた。高野さんはいつも、7にそうやって横棒を入れる。昔、勤めていた会社でそう習ったのだと、いつか聞いた。
「私の字よね」
「高野さんの字ですよ」
「そうよね」
*
翌週、六月の最後の木曜。
高野さんは、いつものように、チャイムの前に出てきた。けれど、その日は、箱を受け取ろうとしなかった。
「ねえ、坂口さん。今度、中まで運んでくれない?」
高野さんは、玄関の奥の、台所のほうを振り返った。
「重いのよ。腰がね」
組合員の部屋に上がることは、センターの決まりで禁じられている。事故があったとき、物がなくなったとき、担当者を守れないからだ。研修でも、毎年の講習でも、そう言われる。それに、上がれば十分では済まない。
「すみません、決まりで。ここに置いておきますね」
私は箱を、玄関のたたきの上に置いた。靴を脱ぐ段の、すぐ手前に。高野さんは箱を見下ろして、少しのあいだ黙っていた。
「そうよね」
高野さんは笑った。いつもの笑い方だった。飴を一つ出して、私の胸ポケットに入れた。
空き箱を受け取った。注文書の上に、四つ折りのメモが挟まっていた。私はそれを開かずに、ダッシュボードに挟んだ。
それが、私が高野さんの顔を見た最後だった。
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七月の第一木曜、チャイムの前に、ドアは開かなかった。
鳴らしても、出てこなかった。私は箱を戸口に、ドアの脇の、壁に寄せたところに置いた。不在のときはそうする決まりだ。夏場は保冷の箱を使う。蓋の上に、不在の連絡票を挟んだ。
翌週、四階に上がると、戸口に空き箱が出ていた。
畳まれて、壁に立てかけてあった。中身は抜かれていた。蓋の上に、注文書が挟まっていた。数字が埋まっていた。豆腐、一。牛乳、一。ちくわ、一。食パン、一。はちみつの飴、一。いつもの注文だった。7に、横棒が入っていた。
メモは、挟まっていなかった。
私は、それに気づかなかった。気づいたのは、ずっと後になってからだ。そのときの私は、ほっとしていた。高野さんが出てこなければ、四階で十分早く回れる。夏の順路の十分は大きい。
次の週も、その次の週も、同じだった。箱は空になって畳まれて、戸口に出ていた。注文書が挟まっていた。注文はいつもと同じだった。
生協は、市と見守りの協定を結んでいる。届けた箱に手がつけられていない、郵便がたまっている。そういうことに気づいたら、センターに報告して、センターから市の窓口に連絡がいく。研修で教わることだ。
高野さんの箱は、毎週、空になっていた。郵便受けは一階の集合ポストで、私たちは見ない。報告することは、何も無かった。
七月の第三木曜、私は一度だけ、チャイムを押した。
理由は覚えていない。たぶん、飴が切れていたのだと思う。それくらいの理由だった。
チャイムの音が、ドアの向こうで鳴った。しばらく、何も聞こえなかった。帰ろうとしたとき、ドアの内側から、声がした。
「置いといて」
高野さんの声だった。語尾を少し持ち上げる、いつもの言い方だった。
はい、と私は言った。箱を置いた。
立ち上がったとき、少し、臭いがした。ドアの合わせ目のあたりから。生ごみを夏の台所に二、三日置いたような、甘い臭い。四号棟は古くて、夏になると排水管がよく臭う。三階の奥さんが、管理事務所に何度も言っているのだと、いつか聞いていた。私は、そのせいだと思った。
翌週、四階の踊り場は、臭いで息が詰まりそうだった。階段の小窓の網戸に、黒い蠅が何匹も止まっていた。戸口の空き箱を拾い上げるとき、私は息を止めていた。
箱は、空になって、畳まれていた。注文書が挟まっていた。7に、横棒が入っていた。
だから、生きているのだと思った。思うことにした。四階のもう一軒は、何年も前から空き家だった。排水管だ、と私は思った。階段を下りるあいだ、ずっと、そう思っていた。
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八月の第一木曜、団地の前にパトカーが停まっていた。
四号棟の階段の下に、黄色いテープは張られていなかった。制服の警官が一人、階段の入口に立っていて、私が箱を抱えて近づくと、三階ですか、と聞いた。三階です、と答えると、通してくれた。
二階の踊り場で、臭いがした。
三階に上がると、臭いは、壁から染み出してくるようだった。甘くて、重くて、喉の奥に貼りつく臭いだった。三階の組合員の奥さんが、ドアを細く開けて、私から箱を受け取った。口をハンカチで押さえていた。
「上の、高野さん。ゆうべ、管理事務所の人が来て。排水管じゃないって、私、ずっと言ってたのに」
四階へ続く階段を、私は見上げなかった。
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一週間後、センターに、高野さんの息子さんが来た。
解約の手続きだった。受付で山根さんが書類を出していて、私は配車の打ち合わせから戻ったところで、名前を呼ばれた。
「担当の方ですよね」
五十代の、紺の背広の男だった。東京から来たのだと言った。誠と名乗った。私が頭を下げると、誠さんは頭を下げなかった。
「毎週、来てたんでしょう」
私は、はい、と言った。
「警察の話だと、亡くなってから、ひと月くらいだそうです。ひと月」
誠さんは、その数字を、私に渡すように言った。
「毎週、来てたんですよね」
山根さんが、受付の向こうで、手を止めていた。
「箱は、毎週、空になって、出ていました」と私は言った。「注文書も」
誠さんは、私の顔を見た。それから、ふっと、息を吐いた。怒っているのではなかった。何かを、言おうかどうか迷っている顔だった。
「台所にね」と誠さんは言った。「届いた箱の中身が、並んでたんです。床に。開けないまま。牛乳も、豆腐も。一列に、きれいに。死んでから届いた分まで、全部」
誠さんは、私から目を離さなかった。
「玄関は、鍵もチェーンも、中からかかってた。警察は、母が自分で取りこんだんだろうって。そんなわけ、ないでしょう。死んでから届いた分なんですよ」
私は何も言えなかった。
「部屋のものは、業者に頼んで、全部処分してもらいます。見たくないので」
誠さんは解約の書類に判を押して、帰っていった。帰りぎわに、受付の台に、飴の袋を一つ置いた。黄色い包み紙の、はちみつの飴だった。
「台所に、山ほどあったんです。母は甘いものを食べなかったのに」
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その夜、私は自分の部屋の台所で、コンビニの弁当を半分残した。
三年前に離婚してから、この部屋のチャイムが鳴るのは、通販の荷物が届くときくらいだった。それも、たいていは置き配にしてある。誰かが来て、ドアの前で、私が出てくるのを待つことは無かった。
私は七月の第三木曜のことを考えていた。
チャイムを押した。しばらくして、ドアの内側から、声がした。置いといて。
あのとき、高野さんは、とっくに死んでいた。
私は立ち上がって、玄関のチェーンをかけた。かけてから、もう一度外して、かけ直した。台所の明かりを消せなかった。
声は、ドアの内側の、低いところから聞こえた。立っている人の口の高さではなかった。床に座りこんだ人の高さだった。




