第四話 コピーとオリジナル
第四話 コピーとオリジナル
「戦闘開始」
研究員の声とともに、画面上の数値が次々と変化した。
ミラカメレオンと、人間側の特殊部隊。
これまでの実地試験とは違う。
相手は最初から怪人との戦闘を想定している。
「記録を優先しろ」
男が言った。
「はい」
ミラカメレオンが動き、特殊部隊も応戦する。
これまで相手にしてきた警察官とは、明らかに動きが違った。
距離を取る者。
正面から注意を引く者。
別方向から狙う者。
それぞれが勝手に動いているのではなく、部隊として連携している。
「やはり通常の警察とは違いますね」
「その方がいい。実戦でなければ取れないデータがある」
男は画面から目を離さなかった。
◇
ミラカメレオンが対象を認識する。
変化。
姿を写し、その特徴を自分のものとして再現する。
研究員が数値を確認した。
「コピー機構、正常です」
「精度は?」
「想定範囲内です」
問題ない。
研究室で確認したものと同じ。
実戦環境でも、コピーそのものは正常に機能している。
特殊部隊が攻撃方法を変える。
ミラカメレオンも、コピーした能力で応戦する。
攻撃。
防御。
回避。
少なくとも、能力そのものが不足しているわけではない。
「やはり使えるな」
「はい。実戦環境でもコピー精度に大きな低下はありません」
それでも、戦闘は終わらない。
◇
男は次第に、一つの違和感を覚えていた。
「今の行動を戻せ」
「はい」
映像が少し巻き戻される。
ミラカメレオンが攻撃を受け、コピーした能力で応戦する。
相手が回避。
ミラカメレオンは、もう一度同じ能力を使った。
「ここだ」
映像を止める。
「別の能力も使えたはずだな」
「はい」
「なぜ切り替えなかった?」
研究員が記録を確認する。
「使用中の能力で対応可能と判断したものと思われます」
「対応可能、か」
確かに使えないわけではない。
間違った能力でもない。
だが、もっと適した方法があった。
「最適ではない」
「……はい」
研究室で見え始めていた問題。
コピーはできる。
能力も使える。
だが、その能力をどう使うか。
そこが弱い。
◇
戦闘が続く中、研究員が新たな反応を捉えた。
「別の対象が接近しています」
「特殊部隊の増援か?」
「違います」
画面が切り替わる。
男の目が細くなった。
「キッドか」
「はい」
予定していたわけではない。
だが、これ以上ない実験相手だった。
「撤退させますか?」
「いや」
男は椅子へ深く座った。
「続行だ」
「しかし――」
「何のためにコピー能力を作ったと思っている」
相手の姿を写す。
相手の能力を写す。
ならば、最も価値のある対象を写せばいい。
「キッドをコピーさせろ」
「分かりました」
◇
ミラカメレオンがキッドを認識する。
変化。
姿。
特徴。
そして、能力。
研究員たちが一斉に数値を確認した。
「コピー反応、正常」
「能力は?」
「再現されています」
男の口元がわずかに動いた。
成功。
少なくとも、コピー機構そのものはキッドを相手にしても機能する。
「どこまで戦えるか見せてもらおう」
画面の中で、オリジナルとコピーが向かい合った。
◇
最初のうちは、大きな差があるようには見えなかった。
同じ系統の能力。
似た動き。
ミラカメレオンは、キッドが持つ力を再現している。
「出力差は?」
「極端な差はありません」
「反応速度は?」
「想定範囲内です」
数値だけなら、致命的な差は見当たらない。
それなのに。
戦闘が続くにつれて、少しずつ差が開いていく。
キッドが能力を使う。
ミラカメレオンも使う。
同じ力を持っているはずなのに、結果が違う。
「……止めろ」
映像が止まる。
男はキッドの動きを見る。
「こいつは、何をした?」
「能力を使用して――」
「その前だ」
映像を戻す。
キッドは、ただ能力を発動したのではない。
位置を変えている。
相手の動きを見ている。
距離を調整している。
そのうえで能力を使っている。
「次」
映像を進める。
別の場面。
キッドが違う能力へ切り替える。
「なぜここで変えた?」
「状況に合わせたものと思われます」
「ミラカメレオンは?」
「同じ判断はしていません」
男は黙った。
◇
能力の差ではない。
コピーの精度でもない。
もっと別のものだった。
キッドは、自分の持つ能力をそのまま使っているわけではない。
相手との距離。
動き。
周囲の状況。
自分の位置。
次に何をするのか。
それらを見ながら、使う能力を選んでいる。
さらに、同じ能力でも状況によって使い方を変える。
「経験か」
男が呟いた。
「経験?」
研究員が聞き返す。
「能力だけを持っていても、同じにはならない」
キッドには戦ってきた経験がある。
格闘技もある。
自分の身体の使い方を知っている。
そして、これまで使ってきた能力の特徴も理解している。
それらを組み合わせて戦っている。
対して、ミラカメレオンは能力をコピーした。
ただ、それだけだった。
「コピーできるのは能力までか」
男が言った。
「経験までは写せない」
画面の中で、その差が結果として現れ始めていた。
◇
ミラカメレオンが別の能力を使う。
キッドが対応する。
さらに別の方法を使っても、キッドはそれに対応していく。
「切り替えが遅い」
「はい」
「判断も単純だ」
「はい」
「能力そのものは使えている?」
「数値上は問題ありません」
「なら、問題はそこだ」
能力ではない。
判断。
応用。
経験。
コピーしたものを、どう使うか。
それが足りない。
「記録しろ。コピー機構は成功。戦術的応用力に問題あり」
「記録しました」
男は画面を見続けた。
「まだ終わっていない。最後まで取れ」
「はい」
◇
やがて、決着がついた。
ミラカメレオンが倒れる。
研究室に短い沈黙が流れた。
「……敗北しました」
「ああ」
男の声に落胆はなかった。
「回収は?」
「現状では困難です」
「構わん」
「ですが、実験体を失いました」
男は画面に残ったデータを見る。
「実験体はな」
必要なものは、すでに得ている。
コピー機構は使える。
強盗。
侵入。
攪乱。
特殊工作。
そこでは十分な成果を出した。
戦闘でも、能力そのものは再現できた。
問題は、コピーした能力を使う側だった。
「一体でオリジナルを超えさせる必要はない」
研究員が顔を上げる。
「と、言いますと?」
「この機構は使える」
「ですが、ミラカメレオンはキッドに敗れました」
「だから何だ。コピーそのものが失敗したわけではない」
男は、これまでの実地試験結果を表示した。
「特殊工作では十分使える。なら、その用途で使えばいい」
「はい」
「それに、一体へすべてを持たせる必要もない」
男は別のデータを開いた。
そこに表示されたのは、量産を前提とした怪人の記録。
「コピー機構を簡略化できないか調べろ」
「廉価版を作る?」
「ああ」
完全なコピーは必要ない。
持続時間も。
精度も。
コピーできる能力の数も。
落として構わない。
「シロアリ型のような量産個体へ混ぜられる程度まで落とせ」
「量産型へコピー能力を?」
「一体一体がキッドを超える必要はない」
男は言った。
「群れの中に、能力を写す個体が混じっている。それだけでも人間側は対応を変えなければならない」
研究員が頷く。
「攪乱には十分ですね」
「そういうことだ」
ミラカメレオンは倒された。
だが、研究は失敗していない。
むしろ、使い道が見えた。
◇
男は最後に、戦闘記録をもう一度見る。
キッド。
コピー。
同じ能力。
違う結果。
「能力を与えるだけでは足りない、か」
怪人にどう判断させるのか。
どう応用させるのか。
どう経験を使わせるのか。
新しい課題。
それも、今回の実験から得られた成果だった。
「次へ進めろ」
「はい」
研究員たちが動き始める。
男も画面を閉じようとした。
その時だった。
「……待ってください」
一人の研究員が声を上げる。
「何だ?」
「現場に、別の反応があります」
男が画面を見る。
ミラカメレオンは、もう倒れている。
キッドとの戦闘も終わった。
それなのに、誰かがそこへ近づいてくる。
映像が切り替わった。
男の表情が、わずかに変わった。
「……ヨミ?」
実験は、まだ終わっていなかった。




