第二話 五体のネズミ
第二話 五体のネズミ
研究は、二つの方向で同時に進められていた。
一つはカメレオン型。
相手の姿だけではなく、その能力まで写し取ることを目的とした特殊個体。
もう一つはネズミ型。
一定水準の戦闘力を持つ個体を複数作り、別々の場所で同時に作戦を行わせる。
目的が違えば、求められる性能も違う。
カメレオン型に必要なのは、一体の完成度。
ネズミ型に必要なのは、数と安定性だった。
◇
「カメレオン型の経過は?」
男の問いに、研究員が画面を切り替えた。
「外見の模倣については、かなり安定してきています」
画面には実験中のカメレオン型が映っている。
対象を認識させると、怪人の姿が変化していく。
体格、外見、細かな特徴。
完全とは言えないものの、初期段階と比べれば精度は大きく上がっていた。
「能力は?」
「そちらも反応しています。ただ、外見ほど単純ではありません」
「当然だ」
姿だけを真似るなら、価値は半分しかない。
欲しいのは、その先だ。
「対象が持つ特徴を読み取り、怪人側の身体で再現させています。現状ではすべてを完全に再現できるわけではありませんが、条件が合えばかなり近い性能まで持っていけます」
男の視線がわずかに変わった。
「使えるな」
「はい」
「精度を上げろ。姿だけではなく、能力まで含めて一つのコピーとして完成させる」
「分かりました」
研究員が記録を更新する。
「名称はどうしますか?」
男は画面を見る。
鏡のように、相手を写すカメレオン。
「ミラカメレオン」
「ミラカメレオン」
研究員が名称を入力した。
一体へ高い特殊能力を持たせる。
そちらの研究は、順調だった。
◇
「ネズミ型は?」
画面が切り替わる。
五体。
同じ系統の特徴を持つネズミ型怪人が、それぞれ別の区画に収容されている。
「五体とも、基本的な身体能力は目標値に近づいています」
「ミラカメレオンとの比較は?」
「おおむね、指定された範囲です。単体性能なら半分程度を想定しています」
「それでいい」
男は即答した。
この五体に、ミラカメレオンと同じ性能は必要ない。
一体でキッドを倒すことも要求していない。
必要なのは、それぞれが単独で一定時間、作戦を遂行できるだけの能力だった。
「同時運用の想定は?」
「問題ありません。五体をそれぞれ別地点へ配置できます」
「ならいい」
一か所で事件を起こせば、キッドはそこへ向かう。
人間側の特殊部隊も動くだろう。
ならば、場所そのものを増やせばいい。
二か所。
三か所。
四か所。
五か所。
キッドは一人しかいない。
どれだけ強くても、同時に五か所へ行くことはできない。
「一体につき一か所。可能な限り同時に動かせ」
「はい」
「キッドを一か所へ拘束できれば、それだけで残りが動きやすくなる。特殊部隊が分散するなら、それも構わん」
「分かりました」
一体の強さではなく、対応しなければならない場所そのものを増やす。
それがネズミ型の役割だった。
◇
ただ。
五体の中に、一体だけ問題があった。
「三番個体について報告があります」
研究員が別のデータを表示した。
「身体能力に異常はありません。他の四体と比較しても、大きな差は確認されていません」
「なら、何が問題だ?」
「戦闘試験です」
映像が表示される。
三番個体の前に、攻撃対象が用意されている。
指示。
反応しない。
再び指示。
相手を見る。
だが、攻撃しない。
対象が近づくと距離を取る。
さらに追われれば、逃げる。
「……何をしている?」
男が聞いた。
「戦おうとしません」
「命令は?」
「出しています。しかし、攻撃命令への反応が極端に低く、対象を前にしても積極的な攻撃行動へ移りません」
男は映像を見る。
身体能力が低いわけではない。
逃げる時の速度。
障害物を避ける動き。
反応そのもの。
どれも、他の個体に大きく劣ってはいなかった。
問題は単純だった。
戦おうとしない。
「戦闘意欲がないのか」
「その可能性が高いかと」
男の表情は変わらない。
「使えんな」
「再調整しますか?」
「続けろ。ただし、時間はかけるな」
「分かりました」
兵器として必要なのは、能力だけではない。
命令に従い。
必要なら相手を攻撃する。
それができなければ、どれだけ身体能力があっても意味はなかった。
◇
その一方で、ミラカメレオンの研究は着実に進んでいた。
対象を見る。
写す。
姿を変える。
さらに、その対象が持つ特徴の一部を自分の身体で再現する。
研究員が数値を確認する。
「安定しています」
「持続時間は?」
「前回より延びています」
「切り替えは?」
「可能です。ただし、連続使用にはまだ負荷があります」
「そこを詰めろ」
「はい」
研究室の中で得られるデータには限界がある。
もう少し精度を上げれば、次は外へ出す。
実地で試す段階へ進める。
男の興味は、徐々にミラカメレオンへ移っていた。
◇
異常が起きたのは、その後だった。
短い警報音が研究施設内に響く。
男が顔を上げた。
「何だ?」
研究員が端末を確認し、表情を変える。
「ネズミ型の収容区画です」
画面が切り替わった。
五つあった収容区画。
その一つが空になっている。
「一体、いません」
「どの個体だ?」
「三番です」
男は数秒、空の区画を見た。
戦闘意欲を示さなかった個体。
「施設内は?」
「確認中です。ただ、外部へ出た可能性があります」
「経路を調べろ」
「はい」
別の研究員が聞く。
「追跡班も出しますか?」
男はすぐには答えなかった。
三番個体のデータを開く。
身体能力そのものは、他の個体と大きく変わらない。
だが。
戦わない。
攻撃命令にも従わない。
戦闘用の怪人としては使えない。
「必要ない」
「しかし、怪人が外部へ出た可能性があります」
「だから何だ」
「一般人に発見されれば、騒ぎになるかと」
男はそこで、わずかに目を細めた。
「それでいい」
研究員が男を見る。
「……よろしいのですか?」
「むしろ都合がいい」
男は残る四体の映像を表示した。
「怪人が街に出たと分かれば、警察は動く。騒ぎが大きくなれば、特殊部隊も出てくるだろう」
研究員が意図を理解する。
「三番個体へ、人間側の注意を向けさせる?」
「こちらから命令する必要すらない」
男は淡々と続けた。
「存在しているだけで騒ぎになる」
「もし処理された場合は?」
「それまでだ」
惜しむ理由はない。
戦おうとしない個体。
兵器として使えない一体。
処理されても損失は小さい。
だが、生き延びて一般人に発見されれば。
警察が動く。
特殊部隊が動く。
人間側の目が、そちらへ向く。
「泳がせておけ」
男が言った。
「三番に人間側が気を取られているなら、その間はこちらの四体を動かしやすくなる」
「では、回収は行わない?」
「ああ」
「分かりました」
男は空になった収容区画の映像を閉じた。
◇
ネズミ型は四体になった。
当初の予定より一体少ない。
それでも、四か所で同時に動かせる。
作戦そのものが成立しなくなったわけではない。
「残り四体の管理を強化しろ」
「三番の代わりを追加しますか?」
研究員が聞いた。
「必要ない」
「四体で運用を?」
「ああ。一体逃げるたびに作り直していたら、数を揃える意味がない」
「分かりました」
男の視線は、すでに別の画面へ向いていた。
ミラカメレオン。
コピー能力の検証結果。
「こちらを先に仕上げろ」
「実地試験へ移しますか?」
「その段階まで持っていけ」
「はい」
逃げた三番個体は、もう男の研究対象から外れつつあった。
戦闘意欲がない。
兵器としては使えない。
それでも外をうろつけば、人間側にとっては怪人でしかない。
発見されれば騒ぎになる。
処理されれば、それまで。
生き延びれば、陽動として使える。
どちらへ転んでも、わざわざ回収する必要はない。
男はそう判断した。
ただ一つ。
その判断には、想定していないことがあった。
三番個体は。
人間を襲おうとしなかった。
それどころか。
後に人を助け。
子供たちと遊び。
自分から人間へ近づいていくことになる。
戦闘意欲がない。
男が兵器としての欠陥と判断したその性質こそが、三番個体を他の四体とはまったく違う道へ進ませることになる。
だが、この時の男はまだ、それを知らなかった。




