第五話 拒絶
第五話 拒絶
ヨミが戦場へ到着した時、博士はすでに複数のモニターを立ち上げていた。
「生体データ」
「取得開始」
「ベルト出力」
「正常です」
「各部の反応も記録しろ。些細な変化も見逃すな」
「了解」
中央の大型モニターには、戦場が映し出されている。
キット。
第三被験者。
そして、自分が作ったヨミ。
実験室では得られないデータを取るには、これ以上ない状況だった。
「さて……」
博士は椅子へ深く腰掛けた。
「見せてもらおうか」
◇
画面の中。
キットとサクラが向かい合っていた。
二人が手を伸ばす。
あと少し。
互いの指先が届こうとした、その時だった。
画面の端からヨミが飛び込んだ。
「来たか」
博士が身を乗り出す。
第三被験者を連れ戻す。
それがヨミへ与えた第一の命令だ。
サクラの意識は完全にキットへ向いている。
今なら拘束も容易い。
だが。
ヨミはサクラを捕らえなかった。
その攻撃が、サクラを直撃した。
「…………」
サクラの身体が吹き飛ぶ。
地面へ叩きつけられた。
博士の表情が消えた。
「何をしている」
返事はない。
「ヨミ」
通信を開く。
「命令は回収だ。殺すな」
『…………』
「聞いているのか」
ヨミは答えず、倒れたサクラを見下ろしていた。
そして。
誰に聞かせるでもなく、ほんの小さな声で呟く。
『……これで、戦闘用はあいつと俺だけだ』
「何?」
通信に雑音が混じる。
博士には、はっきりとは聞き取れなかった。
「今、何と言った?」
『何でもありません』
ヨミが顔を上げる。
その視線の先に、キットがいた。
◇
「博士。第三被験者の生命反応が急激に低下しています」
「分かっている」
「回収しますか?」
博士は僅かに顔を歪めた。
サクラは貴重な成功例だった。
肉体改造は完了している。
人間としての精神も、記憶も、判断力も残った。
生きたまま連れ戻し、脳処置さえ済ませれば使えた。
「余計なことを……」
だが。
失われたものに時間を使っても仕方がない。
もう一つの目的は残っている。
ヨミの実戦データ。
「ヨミ」
『はい』
「第二の命令へ移れ」
博士はキットを見た。
「戦え」
『了解』
◇
ヨミが一本のメモリーを取り出す。
ワシ。
ベルトへ装填。
直後、身体が大きく変貌した。
黒い羽毛が全身を覆う。
頭部は鋭い嘴を持つワシそのものへ。
背中から巨大な翼が広がり、両手両足には獲物を引き裂くための鉤爪。
黒い身体には、亀裂のような赤い線が禍々しく走る。
腰に残された二つのホルダーを持つベルトだけが、それがヨミであることを示していた。
「ワシ形態、移行完了」
「各数値、正常です」
「出力も安定」
博士が頷く。
対するキットも動いた。
新たなメモリーを使う。
「鬼ヤンマ……」
博士はモニターへ顔を近づけた。
ワシではない。
キットが選んだのは、空中戦に対応するための鬼ヤンマ。
ヨミは、ワシという一つの生物へ身体そのものを特化させる。
一方のキットは、すでに持つ複数の能力へ、新たな特性を追加する。
「面白い」
博士が呟いた。
「同じ空を飛ぶ力でも、使い方がまるで違う」
◇
先に空へ上がったのはヨミだった。
巨大な翼が一度羽ばたく。
その身体が一気に上昇した。
「速い」
「飛行速度、想定値を上回っています」
「キットは?」
「追跡しています」
鬼ヤンマの力を得たキットも飛ぶ。
追う。
ヨミが旋回。
キットも方向を変える。
再びヨミが加速。
キットが食らいつく。
「飛行性能は?」
「ヨミが上です。ただし、大差ではありません」
「そうか」
博士の口元が僅かに上がった。
当然とも言える。
ヨミはワシという生物へ全身を特化させている。
飛ぶための翼。
空中から獲物を捉える視覚。
攻撃へ直結する鉤爪。
身体そのものが、一つの目的へ最適化されている。
一方。
キットは違う。
一つの生物になりきるのではなく、複数の生物が持つ長所を一つの身体で利用する。
広く、組み合わせる。
ヨミは。
狭く、深く引き出す。
「設計思想の違いか」
◇
空中で、ヨミが急降下する。
鉤爪。
キットが身体を捻ってかわす。
もう一撃。
今度は腕で受けた。
衝撃でキットの身体が後方へ流される。
「攻撃出力」
「ヨミが上回っています。こちらも差は僅かですが、明確です」
「やはりな」
博士は満足そうに頷いた。
だが。
キットも簡単には崩れない。
鬼ヤンマの機動力でヨミの攻撃線から外れる。
死角へ回る。
反撃。
ヨミが翼で受ける。
キットはそのまま距離を取った。
「……なるほど」
博士の目が細くなる。
純粋な飛行能力。
純粋なワシ由来の攻撃力。
そこではヨミが僅かに勝る。
しかし。
キットは一つの能力だけで戦っていない。
空手。
これまで身につけてきた戦闘技術。
そして、複数の生物能力。
それらを組み合わせて、性能差を埋めている。
「器用だな」
「キットですか?」
「ああ」
ヨミが再び襲いかかる。
キットはかわす。
ヨミが追う。
キットは別の動きを織り交ぜて反撃する。
簡単には捕まらない。
それでも、空中戦の主導権は僅かにヨミ側にある。
「博士。現時点ではヨミが優勢です」
「見れば分かる」
博士は背もたれへ身体を預けた。
キット。
これまで何度も観察してきた。
自分がヨミを作る際の参考にまでした存在。
もっと何か特別なものがあると思っていた。
だが。
純粋な性能だけなら、自分の作ったヨミが上回っている。
「思ったほどではないな」
「キットが、ですか?」
「ああ」
博士の興味が、少しずつ薄れていく。
「応用の仕方は面白い。戦闘技術も悪くない」
だが。
それだけなら、自分が作ったものの方が――。
「――ん?」
モニターの端。
一つの数値が、僅かに揺れた。
◇
「今のは何だ」
「確認します」
研究員が画面を切り替える。
「ヨミとメモリーの同期率が……僅かに低下しました」
「誤差では?」
「その可能性も――」
言い終える前に、数値がまた落ちた。
「…………」
「さらに低下」
博士が身を起こす。
「原因は」
「解析中です」
ヨミ。
ベルト。
ワシメモリー。
怪人体。
それぞれの数値が、少しずつ噛み合わなくなっていく。
「何だ、これは」
◇
戦場。
ヨミが翼を羽ばたかせる。
だが。
先ほどまでの加速が出ない。
『……っ』
ヨミの口から、苦しげな声が漏れた。
キットが追いつく。
拳。
ヨミがかわす。
僅かに遅い。
攻撃が身体を掠める。
「飛行速度、低下!」
「攻撃出力も落ちています!」
「疲労か?」
「違います。生体数値だけでは説明できません!」
ヨミが反撃する。
鉤爪。
キットが受ける。
先ほどなら、そのまま押し切れていた。
だが。
今度は止められた。
キットが弾き返す。
拳を叩き込む。
ヨミが大きく吹き飛ぶ。
「…………!」
博士が立ち上がった。
戦況が、明確に変わった。
さっきまで。
ヨミが僅かに押していた。
今は。
キットが押している。
「同期率、さらに低下!」
「メモリー出力とヨミの生体反応が一致しません!」
「ベルトは?」
「正常です!」
「なら、何が――」
博士の目が、複数の数値を追う。
ヨミ本人。
怪人体。
メモリー。
それぞれが、互いを押し返すようにずれていく。
「まさか……」
博士の表情が変わった。
「拒否反応?」
◇
ヨミの飛行が乱れる。
高度が落ちる。
キットが追う。
攻撃。
命中。
ヨミの身体が大きく揺れる。
「博士!」
「分かっている!」
このまま続ければ。
データを取るどころではない。
ヨミそのものを失う可能性がある。
サクラはすでに失った。
ここで第4被験者まで失うわけにはいかない。
博士は通信を開いた。
「ヨミ」
『……はい』
返事にも、僅かな乱れがある。
「時間だ」
『まだ……戦えます』
「戻れ」
『…………』
「退却しろ」
ヨミは、しばらくキットを見ていた。
まだ戦おうとしている。
「命令だ」
博士が重ねる。
数秒の沈黙。
『……了解』
ヨミがキットから距離を取った。
◇
「ヨミ、戦域を離脱」
「キットは?」
「追っていません」
「そうか」
博士は椅子へ戻った。
しかし、その視線は退却するヨミではなく、キットのデータへ向いていた。
「…………」
安定している。
鬼ヤンマの力を追加した。
他の生物能力も使っている。
それでも、大きな乱れがない。
一方。
ヨミ。
同期率低下。
能力出力低下。
拒否反応。
「なぜだ……」
研究員が振り返る。
「博士?」
博士は答えない。
ヨミの性能が低かったわけではない。
むしろ。
正常な状態なら、飛行能力も攻撃力もヨミが僅かに上回っていた。
問題は、それを維持できなかったこと。
「こちらの方が、性能は上だった」
博士が呟く。
「なのに……」
キットは戦い続けられる。
ヨミは拒絶した。
◇
施設へ戻る途中。
ヨミから通信が入った。
『博士』
「何だ」
『なぜ戻した』
「聞いていなかったのか」
『拒否反応が起きたからでしょう』
「分かっているなら聞くな」
『なら』
ヨミの声は淡々としていた。
『メモリーを外せば、戦えたんじゃないのか』
「…………」
博士は答えなかった。
『ワシの力が使えないなら、基本体に戻ればいい』
「…………」
『それでも戦えるようには作っていないのか』
博士の眉が僅かに動く。
『俺の基本性能を、もっと上げることはできないのか』
「…………」
研究室に沈黙が落ちた。
ヨミは、自分の身体について聞いている。
もっと戦えるように。
メモリーがなくても。
キットと。
『博士?』
「帰還しろ」
博士が言ったのは、それだけだった。
通信を切る。
◇
博士は再び、二つのデータを並べた。
ヨミ。
キット。
飛行能力。
正常時のヨミが上。
攻撃出力。
正常時のヨミが上。
ただし。
差は大きくない。
キットは、戦闘技術と複数能力の組み合わせでその差を埋めていた。
そこまではいい。
博士にとって、納得できる結果だった。
問題は。
その先。
ヨミ。
拒否反応。
キット。
安定。
「…………」
博士は拳を握った。
ヨミは、一つのメモリーへ身体そのものを特化させている。
それなのに。
拒否する。
一方。
キットは鬼ヤンマ。
それだけではない。
複数の生物の能力を、一つの身体で使っている。
それでも。
安定している。
「なぜだ」
声が低くなる。
「何が違う」
研究員たちは誰も答えない。
答えられない。
博士はキットのデータを拡大した。
あれほど異なる生物の力を組み合わせている。
それなのに。
身体は拒絶しない。
力も落ちない。
少なくとも、今回の戦闘ではヨミのような拒否反応は起きていない。
「向こうは……」
博士が画面を睨む。
「あれほど自然に融合している」
そして。
隣の画面。
自分が作ったヨミ。
「こちらは、一つだぞ……」
たった一つ。
ワシのメモリー。
それだけで身体が拒絶した。
「なぜ、こちらには拒否反応が出る」
自分は失敗したのか。
違う。
ヨミは強かった。
実際に、キットを上回る数値を出した。
なら。
足りないのは何だ。
何を、自分は見落としている。
「…………」
その時。
博士の脳裏に、一つの考えが浮かんだ。
認めたくない。
考えたくもない。
だが。
結果だけを見れば、その可能性を否定できない。
「まさか……」
握った拳に、さらに力が入る。
怒りなのか。
屈辱なのか。
博士自身にも分からなかった。
「私の技術が……」
画面の中。
キットがいる。
自分が観察し。
解析し。
再現しようとした存在。
そのキットは、今も安定した数値を示している。
博士は奥歯を噛み締めた。
「向こうより劣るというのか……?」
誰も答えなかった。
研究員たちは目を伏せるだけだった。
答えなど。
まだ誰にも分からない。
ヨミの身体がなぜメモリーを拒絶したのか。
キットはなぜ、複数の能力を抱えながら安定していられるのか。
何が違う。
技術か。
身体か。
メモリーか。
それとも。
自分がまだ知らない、何か。
「…………」
博士はゆっくりと椅子へ座った。
目の前には、二つの戦闘データ。
一方は、自分が作った。
一方は、自分がまだ理解できない。
そして。
理解できないものがあるという事実そのものが。
何より気に入らなかった。
「解析を続けろ」
博士が低く命じた。
「ヨミの拒否反応。発生前後の全データを洗い直せ」
「了解しました」
「キット側の記録もだ。戦闘開始から終了まで、使用した能力、生体変化、出力推移――取れるものは全て比較しろ」
「はい」
研究員たちが動き始める。
モニターへ再び大量の数値が流れた。
博士はその中央で。
ただ一人。
キットの映像を見つめていた。
「次は……」
小さく呟く。
「必ず突き止める」
ヨミの拒否反応をなくす。
それだけではない。
なぜキットにはできて。
自分にはできないのか。
その理由を。
「私の方が劣っているなど……」
博士の目が細くなる。
「認めるものか」
映像の中。
キットが遠ざかっていく。
博士は最後まで、その姿から目を逸らさなかった。
第三被験者は失った。
第4被験者には、新たな欠陥が見つかった。
今回も。
完全な成功ではなかった。
だが。
だからこそ。
次の実験が始まる。
博士にとって失敗とは。
諦める理由ではない。
次に何を壊し。
何を作り直せばいいのかを示す。
ただのデータだった。
※本作は、作者とChatGPT(AI)による合作作品です。物語の企画・原案・世界観・キャラクター設定・物語構成・展開の方向性など、作品の根幹となる部分は作者が制作しています。それらの原案や設定、作者との相談・修正・指示をもとに、ChatGPTが文章化、表現の調整、推敲などを担当しています。作者とAIが互いに案を出し、検討と修正を重ねながら、一つの物語として完成させています。




