ごじゅなな
眠りたい一心で独自の魔法を産み出していたブランジェは“起きているふり”魔法の精度を日々上げる努力をしていた。物静かな令嬢が益々静かになってしまったことに学園の生徒も教師もブランジェがデイビス殿下との婚約破棄に悲しんでいるのだと解釈し、ブランジェの親友であるカリンチュア・オーガスが来るまでは静かに見守っていこうとの結論に達した。
“カリンは帰って来ないし、眠る場所は見つからないし、退屈。やっぱり屋敷に帰ってヒー兄さまのハンモックで寝ようかな。母さまもやっと社交に戻っていったし。”
ざわざわと落ち着かない学園の中でブランジェだけは相変わらず惰眠のことだけを考えていた。
心地よい眠りを求めてブランジェは、学園の裏にある森に入っていた。遊歩道が整備された森は一部の生徒達の憩いの場であり、訓練場である。
ある程度の結界は張られているが魔力の保有量が多い生徒達の森は、生徒達の魔力の影響を受けて魔素と言う人族にとっての毒素が堪りやすく、魔素の濃度が濃いと魔獣と呼ばれる化け物が生まれやすい。
現れた魔獣の強さはピンからキリであるが、森の警護をしている者達から「本日は魔素濃度が薄いので下位ランク魔獣しか出ないでしょう」との言葉が出されていた。
危険度が低い時は遊歩道散策が許されている。ならば、森のベンチで休めるのでは?多少の強さを誇る魔獣が現れてもブランジェは寝ている間は絶対防御の魔法結界が成されるのでへっちゃらだった。
今日と言う日は、絶対に寝溜めするのだと朝からブランジェは張り切っていた。ある程度のレベルのレポートさえ提出していれば無理に授業に出る必要はない。婚約破棄騒動後何かと騒がしかった周囲のお陰で夜以外の眠りを満喫出来ていなかった。母親のビエラもブランジェの縁談を纏めることやマナーの見直しの中でそろそろ娘に眠る時間を与えなくては魔力の暴走や酔いが起こる危険性が分かっていた。勿論、学園には前もってブランジェの一時的な授業免除申請を出していたのだが、そんなことは知る由もないブランジェは寝る間を惜しんでレポート作成に明け暮れていたのだった。
森の少し奥に丁度よい大きさの切り株があった。ブランジェ一人余裕で横になれる大きさの切り株だ。
大分奥に来ている自覚はあったが、彼女の睡眠欲が勝っていた。
ブランジェは空間から大きめの寝袋と枕を出す。
「よいしょ。」
寝袋は、ブランジェがより良い外寝を追求した結果作り出したものだ。
幼い頃からより良い睡眠のために自分好みの寝具を考え生み出すことが大好きだった。最高級と言うよりも自分にとって最高のふわふわを追求して求めた綿はラーゼフォン公爵領の中でも貧しいとされた地域の救世主として知られているものだ。自分の寝具に相応しい木綿と絹を生産することも自分の使命だと考えていたブランジェの望みを叶えたのは豊穣の神の加護を持つ母ビエラである。
娘の望む綿花を生産するための畑に相応しい土地、最高級品である魔蚕の養蚕に必要な桑の木を育てるのに相応しい土地。それらを加護の導きにより示したのはビエラで、その功を娘に譲ったのも娘と公爵家のためである。
社交界の花と言われるビエラは、優秀な実業家でもあった。
「よし、準備できた。」
この時間は授業中だから誰も来ないはずだと彼女は考えていた。少々甘い考えだったが、確かに学生は来ない森の奥であることは事実だった。ブランジェは眠りに飢えていたのである。
「ダクネス、おやすみなさい。」
いつの間にか枕元にいた黒猫に挨拶をしてブランジェは寝入る。無愛想だが可愛いにゃんこのダクネスをブランジェはことのほか気に入っていた。
5分もしない内に寝息をたて始めた彼女の顔にかかる柔らかい髪を優しくよける手は、猫の形から骨ばった大きな人の手に変化した。漆黒の髪と瞳を持つ美しい神ダクネスである。
『この者の眠りを妨げることは、我が許さぬ。』
森の魔獣に告げるように彼は再び猫の姿となりブランジェの寝袋へ入っていった。




