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番外:ゴールデンレトリバーのオール

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ありがとうございます。

走る、走る。戦場から離れるために、走る。

体力のない老人や怪我をした者は、若者や大した傷を負ってない者が肩を貸し、負ぶって、走る。


「頑張れ! 頑張れ! 森はすぐそこだ!」


俺たちを上手いこと戦場から離脱させた戦士長殿が声を励まして呼びかける。


「せっかく逃げのびたんだ、誰一人として脱落させるな!」


老齢の巫女を背負った戦士長殿が叫ぶ。


目の前すら手探りしなければならない大雨の降った日。

俺等、110匹のコボルトはまんまとゴブリンどもから逃げおおせたのだった。





森にはいって3か月ほど経った頃。

戦士長殿が死んだ。


巨大な魔物に襲われたのだ。あれこそが伝説にあるラズゥであろう。

食べるものがなく弱っていたとはいえ、戦士長殿は群を抜いた実力の持ち主であった。それがイトモあっさりと殺されてしまったのだ。

戦士長殿だけではない。俺よりも大人のオスは、みんなを逃がすためにラズゥに立ち向かって、誰一人として帰ってこなかった。


この日。15匹もの戦士が死んだ。


そして、若輩とされていた俺が群れのリーダーになることが決まった。





どんどん死んでゆく。

老人や怪我人が死んでゆく。


「食べ物は動けるみんなでわけなさい」


そう言って、餓死してゆく。


その数はもう32匹だ。


自分の力不足が情けない。


うじうじ考え込んでいると、チッチに「顔が暗い」と無理矢理に笑顔にさせられた。


おっちょこちょいのチッチは、みんなにとって妹みたいな存在だ。

そんなチッチになぐめられるなんて…。


それでも、チッチのクルンと丸まった尻尾を見ていたら元気がでてきた。


そうだな。リーダーの俺が仏頂面ぶっちょうづらをしていたら、他のみんなまで伝染してしまう。

俺は無理にでも笑顔をつくるようにした。





老巫女のベルダがお告げを聴いた。


この集落からしばらく行った先にある丘に、女神の御使い様が顕現けんげんなされるらしい。


丘、か。そこまで辿り着くには、ラズゥの縄張りを抜けないとならない。


だが、もはや躊躇っている余裕なんてなかった。

既に仲間の数は51匹にまで減っているのだ。このままでも餓えて死を待つだけだ。


一縷いちるの望みに全てをかける。


話し合いの末、五体満足な若い連中はオスもメスも関係なく引き連れて行くことに決まった。

もしもラズゥに襲われたのなら、身をもって御使い様の盾になるために人数が必要だったのだ。

ある意味で、死を覚悟した道行きだった。


そうして。


丘には御使い様がいた。


俺たちとは姿が違う。毛もないし、考えていたよりも……言ってはなんだが貧相だ。

本当にこのかたが俺たちを助けてくれるのだろうか?


不安に思いつつも、俺たちは集落へと引き返すことになった。


だが、思ったように進めない。

御使い様の足が遅いのだ。


このままだと日が暮れてしまう。

不味いな、と危惧をおぼえていた時だった。


俺たちはラズゥに襲われた。


「命を捨てろ!」


魔物に挑みかかる。


もちろんかなうはずがない。足止めすらできずにゲンタとクリームが殺された。


御使い様はと見れば、棒立ちになっていた。

チッチが手を引いているものの、動く気配がない。


早く逃げてくれ! 俺たちの命が無駄になってしまう!


「フリーズ!」


御使い様が叫んだ。


強烈な冷気に、思わず顔を背けてしまう。


何が起きたのか?

ラズゥは凍り付いていた。

あの強力無比な魔物が息絶えたのだ。


「御使い様!」


チッチの悲鳴で、俺たちは振り向いた。


御使い様が倒れていた。

間違いない。このかたがラズゥを倒したのだ!


救世主。

族滅に瀕しているコボルトを救ってくださるお方!


俺たちは御使い様の無事を確認すべく駆け寄った。





まさしく救世主だった。


御使い様は俺たちに森で食べられるものを教えてくださった。

ラズゥを共闘して倒したと世界に認識されたのか、若い連中のレベルも飛躍して、大型の獣も倒せるようになっていた。


だが、その御使い様は忽然と消えてしまわれた。


俺たちがしっかりとうやまわなかったので、機嫌を損ねて天界に帰ってしまわれたのだろうか?


尻尾を垂れながらも、俺たちは生きるために日々を過ごした。


夏が過ぎ。秋が過ぎ。冬が過ぎ。

そして春が来て。


俺とチッチは自然と結ばれた。

春はコボルトにとっての発情期とあって、他にも多くのカップルができた。そんななかでも意外だったのは、姉御肌のフジとオス連中の弟分扱いだったラウンドがくっついたことだ。


ん? 俺とチッチの年の差カップルも意外だったと? ほっといてくれ!


やがて浮かれた春も過ぎて。

獲物が少なくなった夏をどうにかしのいで。

秋は森のめぐみに頼り。


ほとんど食料の備蓄もないままに、再び冬を迎えてしまった。


俺は残り少ない食料をまえに後悔しきりだった。


もっとこうしていれば、ああしていれば、と思わずにはいられない。

しかも、みんなの精神的な支柱であった老巫女ベルダが弱っていた。余命いくばくもないだろう。


誰もが下を向いていた。

チッチでさえも俯いて、御使い様の降臨された丘の方向を眺めることがしばしばだった。

フジが言っていたが、1匹で丘にまで日参しているらしい。

俺たちは強くなったから道のりに不安はないが……。明日からは俺も一緒に行こう。


そう思い立った日。

チッチが御使い様を連れてきたのだ!


俺たちは御使い様に心の底から詫びた。

すると、彼のお方は申されたのだ。女神様のご用命で天界に急遽、帰らねばならなかったのだ、と。


よかった。俺たちに怒ったわけじゃなかった。


それからは、奇跡の連続だった。


御使い様は、寒さに身震いする俺たちに天上の着物を与えてくだされた。

そして…そして! 山のように大量の食糧をくださったのだ!


ああ、これで長い冬を越せる。


久方ぶりに、俺たちは腹いっぱいになるまで飲み食いした。

みんな、屈託なく笑った。


けれど、次の日。

老巫女ベルダが亡くなったのを俺たちは知った。


恐れ多くも、御使い様がベルダの埋葬を手伝ってくださった。


そうして、御使い様が衝撃をもたらした。

若いメスが…チッチも含めて妊娠していると!


い、いや…。やることはやっていたし、妊娠してもおかしくはない。


あわあわしているうちに、御使い様の提案で結婚の儀をすることになった。


チッチは……とても美しかった。

正直、惚れ直した。


だが、その日のできごとはまだ続いた。


御使い様が老いたコボルトと幼い兄妹のコボルトを連れて戻ってきたのだ。


老コボルトからもたらされた平原でのコボルト族の扱いは、奴隷よりもひどいものだった。

食料にされているというのだ…。


つらかった。平原に残された同胞のことを考えると、今、こうして安穏としている自分自身がひどく汚く思えた。

現状を知っていながら、助けに行けない……行かない、己に怒りすら感じた。


だから、だろうか。

老コボルトが、あのマズーリだと知って、俺は胸の怒りをぶつけてしまった。

みんなも同じだったのだろうか? マズーリを責めた。


だけど、御使い様だけは違った。

マズーリを追って行ってしまわれた。


御使い様に己の汚い部分を見られて、嫌われたのでは? そんな不安があった。

誰もが怯えて尻尾を力なく垂れた。


だから御使い様が戻ってきてくれたことに安堵した。

同時に、俺は決めた。

平原に戻ろう、と。戻って、何が出来るかなんて分からない。それでも決めたのだ。





立派な家に、井戸、何よりも風呂がある。


生活は格段によくなった。

テントと違って家のなかは温かい。メス達も安心して子供を産めると喜んでいる。


そんなメス達を他所よそに、オス達の顔は浮かなかった。


俺もそうだ。


何時、平原に行くとみんなに切り出そう。そのタイミングばかりを考えてしまう。


ある晩のことだ。

俺は見張り番をしていた。


吐く息が白い。鼻や口のまわりにおりるしもを手の平で払い落す。


キシキシと雪を踏む音が近づいて来る。


「リーダー」


「どうした? お前の番は昨日だったろ?」


遣って来たのはラウンドだった。


「2匹っ切りで話したいことがあって。ボク…同胞を助けに、平原に戻ろうと思うんだ。もちろん、みんなと一緒になんて考えてないよ。1匹でさ、ボクだけで行こうと思ってる。たださ、リーダーだけには言っておこうと思って」


ククク、と俺は笑ってしまった。

なんだ、同じことを考えてるのが他にもいたのか。


「奇遇だな、俺も同じことを思ってた」


「リーダーも?」


「ああ。ラウンド、平原に戻ろう。同胞を助けるために。2匹もいれば、充分だろうさ」


「うん!」


嬉し気にラウンドはうなずいた。


しかし、2匹だけというわけにはいかなかった。


何故なら、俺が見張り番をしていたりして1匹になると、オスが「相談したいことがある」と寄って来て、ラウンドと同じことを口にしたからだ。


結局、それは全てのオスに及んだ。


「馬鹿ばっかりだ」


俺たちは笑いあった。

そして決めた。メスが子供を産んだのなら、平原に出立しようと。


やがて、メス達が赤ん坊を産んだ。

俺たちオスは湯を沸かすことぐらいしか手伝えなかったが、それでも死産がなかったのは御使い様の祝福だろうか?

御使い様の植えてくださった『薬草』が忽然と消えていたので、メスの産後の肥立ちに問題がないのもよかった。


赤ン坊は小さかった。


抱いた瞬間に涙があふれた。


そして、こうも思えた。

残せた、と。

コボルトの血を残せた。これで俺が平原でどうなろうと構わなくなった、と。


10日ほど経って、俺たちオスはメスに切り出した。


「平原に行く。同胞を助けに行く」


メス達は怒った。特にフジは烈火のごとく怒った。


それでもオス達の決心がひるがえらないと察すると、旅の準備を手伝ってくれて、送り出してくれた。


「チッチ、メス達をよろしくな」


「うん」


「赤ン坊を頼む」


「うん」


「それじゃあ…行ってくる」


チッチは何かを言いかけて。


「うん」


ちょっと悲し気に笑ってくれた。


「行くぞ!」


「「「「「 おお! 」」」」」


俺たちは平原に行く。

平原に戻る。


同胞コボルトを救うために。

己の誇りを取り戻すために。


産まれた赤ン坊に恥じない父親になるために!


俺たちは…!

なんか、アニメでよくある総集編みたいになっちゃいました。

本当はもっとチッチとの遣り取りや、他のコボルトも書けたらいいんですけど。

なにぶん、時間がなくて。

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