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35:畑をつくろう。そんで余りのシュールさにドン引くオッサン

3月になりましたね。

陽ざしも暖かくなってきて、なんかウキウキします。

「名前は何ていうんだい?」


僕はチッチの腕の中でスヤスヤと眠っている赤ん坊を見ながら訊いた。

まるっきり仔犬なのだ。これから手足が伸びてくるんだろう。


「フィリリです」


「可愛らしい名前だね」


「オスなんですけどね」


「ご、ごめん」


僕が慌てて謝ると、チッチは「ふふっ」と笑った。


「でも、今は赤ちゃんだから可愛くてもいいんですよ」


ね~、とチッチは赤ン坊の頬っぺたを指先で突っつく。


…なんか変わった。雰囲気が落ち着いたというか。これが母になるということなんだろうか?


「本当は、御使い様に名前を決めてもらいたかったんですけどね。みーんな、言ってたんですよ」


みーんな、は無理だろ。なんといっても今回は35匹も産まれているのだ。チッチは1匹だったけど、双子を産んだコボルトが大勢いた。さすがに三つ子はいなかったけど、コボルトの出産に双子は珍しくないみたいだった。


35匹の名付け。10匹の化けダヌキにすら一郎いちろう兵衛べえやら十郎じゅうろう兵衛べえなんて申し訳ない名前を付けているというのに…。


僕はそそくさとチッチ達のいる部屋から外に出た。

久しぶりの親子の時間だから、と自分に言い訳して…。


夜だというのに、外は温かい。

地球でいえば5月の終わりか6月の始めあたりの陽気だろうか。


「御使い様」


「フジか。君も疲れてるんだろ、見張りは僕がしとくから他のみんなと寝てな」


フジ達はオスが居なくなった分、狩りをして見張りをして、さらには赤ン坊のお守りもしているのだ。

みんながみんな、クタクタに疲れ果ててしまっているのが一見して分かった。


「ありがとうございます。ただ、チッチのことでお礼を言っておきたくて」


「あれは万能薬草を世界樹の根元に植えてしまった僕が悪いんだ。お礼を言われるどころか、僕が謝ることだよ」


「ですが」


と言おうとするフジ姐さんの頭を僕はポンと軽く撫でた。


「さっきも、みんなと同じことを言い合ったばかりじゃないか。また、ここで頭を下げ合うのかい?」


僕が悪かった。いいえ、私たちが。と、ついさっきまで他のコボルトともペコペコ頭を下げ合っていたのだ。


フジ姐さんは「ふふ」と上品に笑った。

「そうですね」


「フジも赤ン坊のとこに行ってあげな」


「はい、では失礼します」


フジが去って、1人になった僕はマップを監視しながら、これからどうすべきか考えた。


第一に、メス達の負担を減らさないといけない。


彼女たちは、まず狩りで疲れ切っている。前にコボルトが言っていたように、この近辺には獲物になるような動物がいなくなっていた。狩りに遠出しても、たいがいが空振りに終わっているとも聞いている。


僕が残していった食料が残っているはずもなく、今は虫やチラホラ出始めた果実を口にして糊口ここうを凌いでいる状態だった。乳の出が悪くなっているメスもいることだろう。


もちろん、当座をしのぐために食料は出す。けれど、この陽気だ。肉や野菜が腐敗するのは早い。


だとすると。


畑、か。近場を切りひらいて耕作してもらおう。

幸いなことに、種子は種類も様々、豊富にアイテムボックスにある。


けれど、収穫できるようになるまでは時間がかかるわけで…。


う~ん。いざとなれば缶詰を大量にだそう。


で、だ。


次は集落の安全。言いかえれば、見張り番をどうにかしないといけない。

常に嗅覚をとぎすませて緊張を強いられる見張り番は、メス達には大きな負担だ。しかも、東西南北に配置して常に4人以上の人手をとられている。集落には20匹しかメスがいないのに、だ。


この問題をどうするか?


ゴーレムでも造れたら見回りをしてもらえるんだけど。そんな技術は…ない!


結界でも張れたら……張れる…か?


僕は物は試しとやってみた。


イメージは……バリアーか?


「結界」


ピン! と僕を囲むように円形のカプセルが発生した。感覚で分かるけど、しっかりと地中にも効果は及んでいる。


でもなぁ、と僕は結界を解いた。


MPマナを常に消費するな、結界は。

僕が居るうちはいい。集落全体を守るぐらいの結界は余裕で張っていられる。しかし、これが地球に戻ったらどうか? 当然だけど結界はなくなるだろう。


それから子育ては……コボルト達に任せるしかないな。

男だからとかいう以前に、種族が違うのだ。余計なことはしないほうが良い。


そして。以上の2つの問題をすみやかに解決しなくてはいけない。


「手遅れになるからな」


ボソリと呟く。


オスのコボルト達が出立して30日。犠牲どころか…全滅している可能性だってある。


「絶対に生きてろよ、ゲンコしてやるからな…」


僕はまんじりともせずに夜を過ごした。






ということで


「畑だ!」


おくるみに赤ん坊を包んで抱っこしたり、んぶしたりしているメスを引き連れて、僕は声を発した。


「御使い様、しー!」


静かにして、と老コボルトのマズーリが助け出した幼いコボルトの妹のほうに注意されてしまう。

因みに兄の名前はジング。僕の隣りで腕を組んでいる。オス達にメスを守れといわれたらしく、オスの僕を警戒しているみたいだった。一方で妹の名前はネッサ。しっかり者で赤ン坊のお守りも手伝っているとのことだ。


「ごめん」


謝った僕は、ズラリと揃ったみんなを見回した。


「というか、何で赤ん坊を連れてるんだい?」


「御使い様のご威光を浴びせて子を健康にするためです」


チッチが言って、みんながウンウンとうなずく。


ご威光、て……僕はただのオッサンだぞ。

まぁ、そんなことを口にしても、彼女たちは「まーたまた」と笑い飛ばすだけだろう。


僕は改めて「畑をつくります」と言った。


けど。


「畑って、何ですか?」


フジ姐さんに訊かれてしまった。


そういえば、コボルトは平原で暮らしていたんだった。彼等は平原を駆けて小動物を狩っていた狩猟民族だ。耕作なんてしたことがないのだろう。いいや、それでも耕作ぐらいは知っていたろう。ただし、ゴブリンに支配される前だ。支配されてからは、ただ食料を与えられるだけの奴隷兵士として使われていたのだろうから、耕作なんてチッチ達の世代は聞いたことすらなくて当然かもしれない。


「え~と、ですね」


僕は説明しようとして


「とりあえず、やって見せるよ」


実際にみせたほうが手っ取り早い。


僕はユニット・ハウスを建てた時と同じようにズンズンと木を斬り倒した。ただし、赤ちゃんが居るのでビックリさせないよう、コボルト達の周囲には大きく防音の結界をはってある。


倒木と切り株はアイテムボックスに収納。歩いたそばからワームの呪文で地面を耕す。


ふ、とメス達を振り向けば、みんながみんな腕をさすっていた。気持ち悪いとでも言ってるんだろう。


気にすることなく、森を切り拓いて畑にしていく。

広さはあれば、あっただけ良い。ということで、真・世界樹のそびえている丘を中心にしてグルリと畑にしてしまった。


「さて、このフカフカになった地面が畑というものです」


コボルト達が遣って来て、おそるおそるといった感じで畑に踏み込む。


「ほんとだ、フカフカしてる!」


なんか楽しいみたいで、その場で足踏みしてるけど、そんなことされたらせっかく耕したのに踏みしめられちゃうから。


けど、僕はみんなを止めたりしなかった。


楽しそうだったからだ。久しぶりに笑ったんだろうな、と思えたからしたいようにさせておいた。


みんなが満足したらしいところで、アイテムボックスから種をとりだす。


「これが食べられる植物、トマトという果実の種です」


パラリラ、と撒き散らす。

うねとか盛ったほうがいいんだろうけど。僕は素人だ。さらにコボルト達は素人以下だ。難しいことをレクチャーしたところで理解できないだろう。


ここからが見せ場だ。


「大きくな~れ」


僕はおもむろに両腕を大きく上下に振った。


すると……ニョキ、と地面から幾つも芽がでた。


「わあ!」


興味津々で見ていたコボルト達が歓声をあげる。


ふふっふ。実はこれ、魔法なんて使ってないのだ。コボルトでも同じことができないと意味がないからね。とはいえ、当然だけど種も仕掛けもある。


「みんなも、やって」


僕が言えば、みんなも上下に手を振った。


……新興宗教みたいになったな。


ニョキ、と出た芽が、ニョキニョキ、と伸びる。


面白くなったのだろう。「大きくな~れ、大きくな~れ」声をそろえて腕を振る。


伸びたトマトの茎ががっしりと太くなって、僕の胸元ぐらいの高さにまでなった。


そろそろ花が咲くかな? と思ったら。


グングン、グングン、トマトは留まることなく育った?


え? え? と思ううちにも、トマトは3メートルほどもある立派な木に育った。


ッて「木?」


みんなは、まだまだ腕を振っている。


な、何が起きてるんだ?


僕は昨夜、種と仕掛けをほどこしておいた真・世界樹を振り向いた。


あの大樹を中心にして広範囲に結界が敷かれるように細工したのだ。


①コボルトに対して害意のある生物の侵入を禁止する。

②結界内は常に温暖で過ごしやすく。

③畑の植物に大気中にただよう魔力マナを送ることで、成長を促進する。

④蚊や蝿やノミやシラミにダニ、または植物を食い荒らす害虫の排除。


以上の4点が結界内で働くようになっている。

目を凝らしてよくよく見れば、空にぼんやりと膜が広がっているのが分かる。今のところは半径100メートルほどでしかないけれど、真・世界樹の成長に従って範囲は広がるはずだ。


この結界をつくったあとで、僕は真・世界樹にそのまま譲渡したのだ。

「あげるね」「頼むよ」といった感じで。


これが上手くいった。

というか上手くいく確信はあったのだ。理由は、世界樹を植えたのはミカのはずだから。世界樹というのは、僕が生き返るポイントなんだと思う。それが証拠に、僕は必ず世界樹の根元で生き返る。そんな世界樹と僕は、ミカという女神に生み出された、いわば兄弟なのだ。


だから、頼めば引き受けてくれるだろうという確信めいたものがあったのだ。


しかも真・世界樹は鑑定の説明にあったように朝露に多大な魔力マナを含んでいる。この魔力マナを結界の維持に使うようにしているから、半永久的に結界はこの土地とコボルトを守り続ける。


でも、トマトが木になるような仕掛けはしてないぞ?

まさか? 成長を促進させることで、進化も促してたり…しちゃってるのか?


真・世界樹が陽ざしを浴びてキラキラと光っている。


なんだか喜んでいるような…?

あれか? 結界を譲渡する時の「あげるね」のあとで報酬のつもりでMPマナを思いっきり流し込んだのが……作用してたりするのか、な?


そうです、その通りです。と言わんばかりに葉擦れの音がココまで届く。


僕はニヒルに「ふ」と口許を引き上げた。


世界樹だから。しかも真、だから。

元からああいう感じだったに違いない。僕のせいじゃないはずだ。


「大きくな~れ、大きくな~れ」


遂にはトマトの木に鈴なりに実がなった。

木、に真っ赤なトマトがみのっているのだ。


「シュールすぎる…」

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