29:最高のダイエット食、そんで稲塚ユーリィを診ることになったオッサン
人の噂も75日。
どうせ、暫くしたら動画とやらも話題にならなくなるだろう。
そう僕は開き直った。
それで、今は帰宅した瑞樹さんと、香とミカと4人で食事中だ。
「ん~、おいしい」
瑞樹さんが片頬をおさえてニコニコしている。
香は物も言わずに2皿目に突入中だ。
そしてミカはといえば……珍しくゲームもしないで食べてくれている。
まぁ、本体が携帯できない奴だから、ながらが出来ないんだろう。
けど、僕の知っているミカならゲームのためにご飯を片手にリビングに行きそうなものだけど。
「ふ~ん…コウヘイ? なかなか美味しいものできるようになったじゃない」
あれ? ミカはカレーが好きなのかい?
僕は心のなかでミカに話しかける。
「カレー云々じゃなくてさぁ、純粋に美味しいって言ってンの」
おお! 初めてそんなこと言ってくれたね。
嬉しくて顔がほころんでしまう。
同席している瑞樹さんや香からしたら、ミカが独り言をしてるみたいだろう。
最初の頃は、それでギョっとされたりもしたけれど、今はテレパシー? で会話をしていると知っているからスルーだ。
「確かに美味しくなったよね、昨日よりも確実に美味しいもん」
「どうしてかしら?」
瑞樹さんの疑問に
「魔力がこもってるから」
ミカが端的に答えた。
え? 魔力?
「なにさ、コウヘイったら自覚なかったの? 料理スキルの上昇に併せて、つくる料理に込められる魔力の量が多くなってんの。そンで味も良くなってるってわけ」
もしかして、美味しくな~れの念が魔力になってた?
いやいや、それよりも。人体に害はないんだろうね?
思わず瑞樹さんと香を見れば、2人も心配そうにしている。
ここでハッキリと毒にならないか口にしないのは、僕に対して遠慮しているんだろう。
「害? そんなのあるはずないじゃン? むしろ? 魔力のおかげで体調がよくなってるはずだけど?」
とミカが蛯名家の面々に目をやる。
「そういえば、自転車に乗っても疲れにくくなったかも」
「母さんもお化粧のノリがよくなったかも」
「と、いうこと。でも問題もあンのよね」
ミカの言葉に、僕たちは緊張した。
そりゃ、魔力なんて訳の分からない代物をこめられて、人体に良いことばかりのはずがない。
むしろ反動だってあるはずで…。
「食材が魔力に染まってるから、基本的にカロリー? エネルギー? にならなくなるンよ」
それって、つまり?
「だからぁ! たくさん食べないと死んじゃうってこと」
ああ、そりゃ一大事だ。
コボルトに僕の手料理はあんまり食べさせられないな。
なんて僕は考えたのだけど、女性の瑞樹さんと香は違う感想を持ったみたいだ。
「こんなに美味しいのに低カロリー?」
「食べても食べても太らないの?」
「母さん!」
「香!」
「「 コウヘイさん、お代わり 」」
今まで2人は我慢していたみたいだ。
夕飯はタガが外れたみたいに食べに食べて、結構な量をつくったカレーは空っぽになってしまった。
…でもさ、お米は電子ジャーで炊いてるから太ると思うんだよね。
言えないけど…。
リリリリン、と食事終わりでまったりしている蛯名家のリビングに電話の音が鳴った。
瑞樹さんの携帯電話だ。
ココはギリギリ電波の範囲内らしい。
瑞樹さんが年季の入ったガラケーを耳にあてがう。
「はい、蛯名ですが」
そう応えた瑞樹さんの顔が、みるみるうちに険しいものとなってゆく。
「わかりました、直ぐに伺います」
電話を切って、ポケットに仕舞う。
「どうしたの、母さん?」
「ユーリィ君の体調が悪化したって」
ユーリィ君というのは、前にも言ったと思うけど瑞樹さんが看護士として世話をしている組長・稲塚の孫のことだ。
ユーリィという名前から分かる通りにロシア男性とのハーフで、両親はロシアの事故で亡くなっているらしい。年齢は香と同い年の14歳。
そのロシア事故の怪我で、ユーリィは満足に歩けないほど体が弱っているのだと瑞樹さんから教えてもらっている。
「あの…それで、コウヘイさん、一緒に来てくださいませんか?」
へ? 藪から棒な瑞樹さんからのお誘いである。
「コウヘイさんは不思議な力があると聞いてます。それで、ユーリィ君を診ていただきたいんです」
鑑定のことか? けど、魔力のない人間を鑑定をしても必要最小限のことしか分からないんだよね。
とはいえ何等かは分かるかも知れないわけで…。
僕は悩んだ。
ユーリィ君は子供だ。救うのに能力を使うことに否やはない。
けど……稲塚のトコには大勢の組員がいるんだろうなぁ。そう思ってしまうと、尻が重くなるのだ。
う~ん…。
稲塚にはミカがゲーム機で世話になってるし…。
僕もお金を貰ってるし…。
そして決断した。
「行き、ます…」
「ありがとうございます! 車の用意をしてきますから!」
瑞樹さんは外へと出て行く。
あ~、決めたとはいえ心は重い。
そういえば、車だと瑞樹さんの隣りに座ることになるんだよな。
余計なことを考えてしまったせいで、更に気持ちが重くなる。
「コウヘイさん、ユーリィ君のことお願いね」
「うん」
香に応えた僕は、よっぽど暗い顔をしていたに違いない。
大丈夫? と心配されてしまった。
実は、あんまり大丈夫じゃありません…。
「コウヘイさん、準備いいですか?」
瑞樹さんが呼びに来る。
準備も何も僕には必要ない。強いていえば、汗拭きタオルぐらいだろうか。
「じゃあ、ミカ。行ってきます」
「行ってラっさーい」
ヒラヒラ、とミカが手を振る。
ねぇねぇ、あたしと対戦しようよ。
神に挑むとは、いい度胸だ。
なんていうミカと香の遣り取りを背後に、僕は処刑をまつ罪人のような気分で瑞樹さんの乗り込む軽トラへと向かったのだった。
結局、僕はライオン・ハートを唱えた。
瑞樹さんとの狭い空間での2人きりに耐えられなかったのだ。
あのままだったら、僕はゲロを吐いて死んでいただろう。それで異世界に行ってしまっていただろう。
大袈裟?
それは他人事だから言えることなのだ。
目前に回転する電動ノコギリを置かれて、同じことが言えるだろうか?
ライオン・ハートのおかげで平静でいられた僕は、稲塚の屋敷に行くまでに瑞樹さんからユーリィのことを詳しく訊いた。
稲塚ユーリィ。14歳。
稲塚の娘とロシア男性とのあいだに生まれたハーフだ。
産まれも育ちもロシア。日本語は、母親のおかげで片言なら話せるらしい。
らしい、というのは口を利くことも出来ないほどに衰弱しているからだ。
ただ、たまに気分のいい時に僕の手料理を食べて「オイシイ」と言ったのを聞いたことがあると瑞樹さんは言った。
ユーリィは10歳の時に空港でテロにあった。
それは家族で日本の稲塚に会いに行こうとしていた時らしい。
それまで稲塚とユーリィ達家族は縁を断っていたのだ。ロシア人と結婚をした娘を稲塚が許さず、長いあいだ絶交していたのだ。
けれど、ユーリィが10歳になったことで、娘の方から父親に会いに行こうとしていたんだとか。
実際のところ。テロに巻き込まれなければ、稲塚と娘夫婦はユーリィを介して仲直りしたかもしれない。
でも、テロにあってしまった。
死者50名。重軽傷者180名という大きなテロだった。
稲塚の娘は亡くなった。
夫であるロシア男性も亡くなった。
ユーリィの父親に親戚縁者はなく、引き取り手がなくなって暗い病院の1室に寝かされていたユーリィを、稲塚自らが引き取りに行ったらしい。
「その頃はまだ、ユーリィ君は元気だったと聞いてます」
それが段々と衰弱した。
多くの医者に診てもらった。
名医といわれる人にも診てもらった。
それでも原因が分からずじまいだった。
この辺りから、稲塚の銭ゲバが始まったらしいのは、医者に診せるためのお金が必要だったからだろう。
そんな孫可愛さで血迷ったところを、あの魔術師殿に付け込まれたのだ。
瑞樹さんは、香と年齢の近いユーリィに切ないものを感じている様子だ。
とはいえ、僕が同行してどうなるわけでもない気がする。
本業の医者がお手上げなのだから。
せめてヒールでも掛けられたらいいけど、魔法は魔力に反応して初めて効果が発動する。
だから、普通の人間のユーリィにヒールは意味ないのだ。
瑞樹さんの操る軽トラは町を抜けて、街にはいった。
その街の駅に近い一等地。
そこに稲塚の屋敷はあった。いいや、屋敷じゃない。ヤクザといえば日本家屋の屋敷だと僕は思っていたけど、実際は立派なビルだった。
瑞樹さんに聞けば、ここら一帯のビルは稲塚の持ち物らしい。
金持ちか! そりゃ、金持ちだ!
世の中の格差を僕に感じさせながら、軽トラは1階の駐車場へとはいって停車した。
「お待ちしていました」
見覚えのある男が2人、待っていて、僕等をエレベーターで上の階へと案内してくれる。
「その節はお世話になりました」
「終わったことです、気にしないでください」
「坊ちゃんのことを頼みます」
「無責任に任せてくれとは言えません。ですが、できるだけのことはします」
「お頼みします」
チン、とエレベーターの扉が開いた。
すると、そこはもう広々とした靴脱ぎだ。玄関扉とかはない。
フロアの全部が稲塚の住まいなのだろう。
内装はヤクザだけに日本っぽい。旅館みたいともいえる。
「ここからは、わたしが案内します」
さっきの2人よりも身形のいい50代の男が案内をしてくれる。
「ユーリィ君の容態は?」
瑞樹さんが訊く。ヤクザ相手に恐れる素振りさえないのは大したもんだと思う。
「よくは…ありません」
廊下を歩いて、男は障子戸の前で膝をついた。
瑞樹さんも倣うので、僕も真似をして膝をつく。
「蛯名とコウヘイ様がいらっしゃいました」
「通してくれ」
障子戸が開けられる。
ニオイ、がした。
死が近い人間に特有のニオイ。それが部屋の中に充満していた。
僕でさえ分かるのだ。
看護士の瑞樹さんはもちろん、暴力に手を染めているはずの男たちだって分かっているはずだろう。
瑞樹さんがさっそく部屋にはいって、ユーリィを診ている。
そのユーリィは……ガリガリだった。顔しか見えないけど、ほんとうに骨と皮だけだ。
意識もないみたいで、カラカラに干からびてひび割れた唇が薄く開いている。
「よくぞ、いらしって下さった」
稲塚が僕の手を取るようにして迎え入れてくれる。
老人の顔は、前に見た時よりも憔悴していた。
「ここのところ…コウヘイさんの作った料理を食べている時は元気だったんですが。いきなり、に…」
「とりあえず、鑑定てみます」
鑑定をユーリィにかける。
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イネヅカ ユーリィ 【職業:ガクセイ】
種族:人間
性別:♂
年齢:14
状態:昏睡
融合失敗
魔力欠乏
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ん? んん~?
僕は眉を寄せた。




