28:旨すぎるカレーができた。そんで図らずも有名になりつつあるオッサン
ぐええええええ!
七転八倒しながら黄泉がえる。
口からは胃液を、目からは涙をこぼしながら、どうにかこうにか戻ってくる。
「おぉぉ」
起き上がろうともがく。それは、生まれたばかりの野生の動物が、まず第一に生きるためにする行為と同じ。
四つん這いにはなれても、顔が地面についたまま上がらない。尻だけあがった、なんとも情けない格好だ。
と。
ほっぺたを地面につけた僕は、目の前に見覚えのある野草を見た。
タンポポに似た、可愛らしい花。
これって…僕が創造した万能薬草じゃないか? どうしてコッチの世界に?
震える手を伸ばして、花弁の一枚をむしって、口に運ぶ。
甘い。蜜のように甘い幸福が口の中から、体の全体へと広がる。
広がるにつれて、苦しみは嘘のようになくなった。
「…凄いな」
スックと立ち上がる。
苦しみが潮が引くように消えた。
というか!
「毎回、こんなことしてたら死ぬわ!」
なんて自虐をしてみるけど、虚しいだけだ。
それに、どうやら僕にはこんなことをしている暇はないようだった。
何故なら、今も視界の隅に砂時計があるからだ。
してみると、これは異世界から帰ってくるまでの時間ではなく、異世界から帰ってミカにゲーム機を届けるまで、のタイムリミットらしい。
コッチの世界に万能薬草があったのは疑問だけど、まぁ、不可思議は今更だ。
そう片付けて
「身体能力向上」
僕は丘をくだった。
今は、目の前の不可思議よりも、ミカの怒りこそが恐い!
お日様からして、時刻は午後の4時とかそこらだろう。
急いで帰れば、夕食をつくるのも間に合うかもしれない。
まさしく主夫の鏡!
更に急ぐべく、身体能力向上を50パーセントまで引き上げる。
「お? おおう!」
自分の走る速度に意識が追い付かない。
「事故るわああああああああああ」
迫る木々をどうにかこうにか回避して、道路へと出る。
これで障害物はなくなった。
とはいえ、安心はまだできない。
躓いただけで大惨事は確実だからだ。
身体能力は向上されていても、それで体が頑丈になったわけじゃない。このスピードで転ぼうものなら、死ぬかもしれない。
けど……けど!
この風を切る感じは!
「クセになるぅうううううう!」
僕は叫びながら、蛯名家まで駆けたのだった。
さて、この光景は偶然にも動画として撮影されることになった。
経緯はこうだ。
害獣駆除で森に来ていた猟師がいた。彼は漁師をしてはいたが、生業は動画投稿だった。いわゆるY〇uTuberである。
「今日は獲物が獲れませんでした」
男は据え置かれたカメラに向かって喋る。
帰宅途中だった。北海道の田舎も田舎、どうしてこんな田舎にこんなに立派に舗装された道路が必要なんだろうと思える2車線の幅広の車道を軽トラで帰宅する。
「はぁ」
と溜め息をこぼす。
「俺…もうすぐ30なのに、このままでいいのかな……」
2年前に行ったきりの同窓会ではほとんどの連中が結婚していて、なかには子供がいる奴もいた。
『よぉ、柴田。今なにしてんの?』
『へぇ、猟師? Y〇uTuber?』
『すげぇじゃん』
と言いつつも、連中の見下したような呆れたような目が嫌で、もう同窓会には行ってない。
Y〇uTuberといっても、最近は再生数が伸び悩んでる。そうなれば、収入も知れたものだ。
「ああああ! っても、今更働くのもなぁ」
どうせ、あとで編集するのだからということで、思いっきり大きな声で独り言をする。
「どうすりゃ、いいんだあああああ!」
叫んでいる時だった。
開け放った窓から、何か聴こえた気がした。
悲鳴のような? 雄たけびのような?
男は軽トラを止めて、カメラを覗きつつ上半身を捻って背後を振り返った。
何かが居た。
すごい速さでグングンと近づいて来る。
「なんだ、あれ?」
カメラをズームさせる。
おっさん、だった。中年だった。
「どいてどいてどいて、あぶないからああああああ!」
ぶつかる!
と思った時、ピョーン、とオッサンが跳んだ。
商業病というか、男はおっさんの姿を追って車の中でグルリとカメラを動かして、前方へと向ける。
そこには、もう遠くへと走り去っているおっさんの後姿があった。
ドキドキと心臓が高鳴っている。
「ってか、マジか!」
男は叫んで、録画を切った。
「おっさんじゃん? UMA? いやいや、おっさん? 何あれ、なんなん? 録画できてんだろうな!」
その場で確認する。
しっかりと録画できていた。
走りくるおっさんと、走り去るおっさんが。
顔はぶれてしまっていて判別が難しいけれど…。
「スンゴイの撮れちゃったぜえええええ!」
男は軽トラを急がせた。
はやくUPしなくては!
しかしながら、この動画はそれほど再生数を稼げなかった。
何故なら運悪く、この日、もっと不可思議な動画がネットにUPされてしまったからだ。
しかも何10人からも投稿されてしまっていた。
そのため、男の『疾走するオッサン』は埋もれてしまう。
その後、男のこの動画が注目を集めることになるのだが、それには約1年以上も待たなければならないのだった。
「ただいま!」
「ぎりセーフ!」
居間に駆け込んだ僕に、待ってましたとばかりにミカが両手を広げて言った。
ちょうど視界の隅の砂時計も砂を落とし尽くして ミッション・コンプリート! と花火が上がって消滅する。
危なかった…!
「おめ!」
「ちなみに訊くけど、これって間に合わなかったらどーなってたの?」
フフン、とミカは鼻を鳴らした。
「どーなってたと、お、も、う?」
冷や汗がでる。
プレッシャーが半端じゃない。
「い、いや…やっぱりいいです、聞かないことにします」
「なんだ~、聞かないんだ。面白いのに」
ニシシ、と神が歯をむき出しにして笑う。
「つーことで、コウヘイ? ゲーム機出して、テレビにつないで」
「ハイ、ハイ」
アイテムボックスから箱〇とか店員が言っていたゲーム機本体を取り出して、テレビに配線する。
簡単なものだ。
ミカが本体の電源を入れると、テレビにスタート画面が表示される。
「おお」
横で見ていた僕は感心してしまった。
なんせ僕が知っているのはプレイシテ2なのだ。ゲームの進化はすさまじい。
「え~と? ネットにつないで本体のシステムファームウェアをアップデートして、と」
むむん! ミカが唸ると、ゲーム機とネットがつながったらしい。なにやらダウンロードを始めているバーが表示される。
「本当にネットに接続してるんだな」
箱〇の裏の配線部分には電源とHDMIしか刺さってない。ネットには繋がってないはずなのだ。
ここで、ふっと思ってしまった。
「なぁミカ。思ったんだけど、ミカってわざわざゲーム機を用意しなくても遊べるんじゃないのか?」
「遊べるわよ。ってか、そもそもの話、遊んだことにしちゃうことだって可能よ? けどさぁあ? そんなことしても面白くないじゃん? ワタシはこーして無意味なことをしている自分が面白くて楽しんでるんだから、サ」
「神だなぁ」
「そーなンス、神なンス」
アップデートが終わると、ミカは早速、ゲームを始めた。
リアルな人間同士がバンバンと鉄砲を撃ちあう、なんとも血なまぐさいゲームだ。
PTAとかが煩そうだな、そう思いつつしばらくゲームを眺めてから、僕は夕飯の用意を始めるべくキッチンへと足を向けた。
「何をつくろうっかな?」
料理スキルも肉を焼きまくったおかげでレベルが上がったし。
「カレーにするか」
夏だし! 夏といえばカレーだし!
スパイスから調合したいところだけど、残念ながら香辛料の買い置きがない。今日のところは市販のルーで、どこまで美味しくできるか試してみることにしよう。
僕は腕まくりをして、手洗いをすると、さっそく料理を始めた。
包丁を握って、野菜を切って、料理スキルのレベルがあがったことを実感する。
だって、ニンジンを花形に切れてしまうのだ。タマネギを炒めて飴色になった瞬間がピンときてしまうのだ。
こりゃー凄い!
ルーを投入、甘口だ。
美味しくなーれ、と念じながら溶かす。
ここで、取り皿でちょっと味見をば…。
「うん、美味し!」
……むしろ、美味し過ぎる気がする。
なんだろう? ちょっと異常なくらい味がいい。
これは料理スキルが影響しているとみていいだろう。
他に理由がないし…。
料理スキルは技術を向上させるだけじゃなく、何らかの味に関する影響を手作りする料理にもたらしているようだ。
「しかし」
スキル・レベル5で、これだろ? 10とかになったら、どうなるんだ?
自らの料理の腕におののいていると
「ただいまぁ!」
バタバタと香が帰ってきた。
何時ものことながら香は落ち着きがない。
14歳だと、こんなもんだろうか?
「おかえり」
と蚊の鳴くような声で最低限の挨拶だけはする僕だ。
「やっぱり生きてた! カレーの匂いがしてたから、そうじゃないかなぁとは思ったんだけどさ」
ソファにカバンを放り投げた香は「心配して損したよ」なんて意味の分からないことをぼやいている。
「でさ、コウヘイさん。あたし、ガッコでコウヘイさんを見たよ。向日葵畑をダッシュして飛び跳ねてたでしょ?」
まさか、見られてたとは…。年甲斐もなくはしゃいでいるところを見られて恥ずかしい。
「見たのは…香ちゃんだけ?」
声を励まして訊く。
「ガッコのみんなが目撃してましたが?」
「あぁ~」僕はその場でうずくまった。
穴があったら入りたいとはこのことだ!
「まぁまぁ、そんなに落ち込まないでよ。ガッコのみんなにはコウヘイさんのこと言ってないからさ」
その香の言葉に救われた気持ちで、僕はホッと安堵の溜め息をついた。
何時の日か、ミカのことで世間の関心をひくことになるにしても、今はその時じゃないはずだ。
だって、まだミカが地球に来て1ヵ月も経ってないし。
ニュースになるにしたって、10年とか20年とか、それぐらい先でいいはずだ。
そう、僕はまだまだ穏やかに暮らしたいのだ。
それが、自分のポカのせいで世間の耳目を集めることになったら、目も当てられない。
今度から迂闊な真似はしないように心がけよう。
そう思ったのだけど。
「だってさ、喋るまでもないんだもん」
という不穏な香の言葉に僕は顔を上げた。
「コウヘイさん、街に行ったでしょ? そこでのことが何十人からネットにアップされてるもん、視聴回数もとんでもないことになってるよ。あたしも、学校で友達にスマフォで見せてもらったし」
視聴回数? スマフォ? ネット?
嫌な感じに顔から血の気がひくのが分かる。
「それって、これでしょ?」
とミカが言った。
リビングに香と2人して向かうと、大きなテレビ画面に動画が映しだされていた。
それは、僕だった。あのヤクザ者に襲われて、銃撃されている僕の姿が映しだされていた。
「な、なななな、なんじゃこれ!」
思わず大きな声も出ようというものだ。
「ああ、これこれ」
香が何故だか嬉し気に言ってる。
「こんなグロイの見せられてさ、てっきりコウヘイさん死んじゃったかと思ったよ。焦って帰って来て損したもん。カレーじゃなかったら許さないとこだよ、ホント」
と睨まれた。
まぁ…一応は死んだんだけどね……。
「けど、ウチってネット回線ないはずなのに、どーなってんの?」
「ワタシは神」
「さっすが、ミカ様!」
「っでしょ?」
フフンとミカがちょろくも胸を張ってるけど、僕はそれどころじゃない。
だって画面の僕は顔までしっかりと映ってるんだ。普通はモザイクとかあるもんじゃないのか?
そんな僕は遂に3発目の銃弾を心臓に受けると、溶けるように空間に消えた。
まるっきり特撮物の怪人みたいだ。見ようによっては安いCGっぽいけど、周囲の騒ぎと銃を持った男の姿がリアルで、やっぱり作り物には思えない雰囲気がある。
「なに? コウヘイさんってば悪の秘密結社とでも戦ってんの?」
何処がツボに嵌まったのか、ケラケラと香は笑ってる。
「ちなみに現在の視聴回数は5万越えてるよ? 投稿されたのがお昼ぐらいだから、すんごい伸びだよ!」
いやいやいや、嬉しくない、ちっとも嬉しくないから!
誰がこんなものをネットにアップしたんだ?!
と思ったけど。
そういえば……大勢の人が僕にスマフォを向けていたっけ。
「他にも同じような動画がいっぱいあるけど、軒並み視聴回数がグングンいってるから!」
「いっぱい!」
ガツンと頭を石で殴られたような衝撃だ。クラクラする。
そうだ!
「削除!」
僕は思わず口に出した。
けど、現代っ子たる香は首を振った。
「申請したら削除してくれるかもだけど、どーせ無駄だよ。削除されても、新しくアップされるだけだよ? んなことよりコウヘイさん、これで有名人じゃない」
僕は有名人になんかなりたくないし! という主張を込めて激しく首を振る。
「コウヘイ、コウヘイ」
ミカがお気楽な感じで僕の名前を呼んだ。
「忙しくなりそうね」
ムフフ、と女神は笑った。




