番外:オオシゲ・ミキヤスという男
書き溜めがなくなりました。
ので、即興で書いております。
オオシゲ・ミキヤス
自分が不幸だなんてのは、幸福を知らなけりゃあ、知りようがない。
俺は、そんな境遇で幼少期を過ごした。
どんな境遇だったかって?
ひと言でいうのなら、クソ溜めだ。
親父はいなかった。死んだ、のではない。他に女をつくって出て行ったんだろう。それは母親の言動で分かった。
「あんたの面を見てるとムカつくのよ!」
事あるごとに殴られ
「ごめんね、愛してるの」
その度に抱きしめられたから。
そんな俺はといえば、物心ついた頃から押し入れで生活をしていた。
食事もトイレも押し入れだ。
夜の仕事をしていた母親が帰って来て、襖を開けるまで、俺はひとり。
勝手に押し入れから出ようものなら、容赦のない折檻が待っているので、大人しく闇の中で縮こまっているのがガキの頃の俺だった。
俺は何歳になっていたのだろう?
たぶん、10歳にはなっていなかった、そんな時分だった。
母親が男をつくった。
それまでも幾度か男をつくっては部屋に連れ込んでいたが、今度は本気で惚れているようだった。
だんだんと部屋に母親が帰ってくることが少なくなり、俺は食うものも水も与えられず、押し入れの中で死を待つだけのようになっていた。
何度も生死の境をさまよった。
夏のことだったから、脱水症状も起きていた。
死にたくない……死にたくない…!
俺は禁忌を破った。
押し入れから、這い出たのだ。
部屋は綺麗に片付いていた。
今思い返すと、分かる。
母親は、俺という存在をいないものとして生活していたのだと。
完全に1人住まいの女の部屋だった。
そんななかで、俺は生きるために水分を探し、どうにかこうにか風呂場を見つけて湯船にはっていた水を飲み、食べ物はスナック菓子をみつけて、それを貪った。
水を飲み。
食い物をくい。
人心地ついた俺は、眠ってしまった。
「どうして、外に出てるの?」
母親だった。
帰宅した母親が、俺を見下ろしていた。
殴られる!
俺は体を緊張させたけど、そんな事態にはならなかった。
母親は、その場で蹲って泣き始めたのだ。
男に捨てられたのだろう。
俺は恐る恐る、母親の頭に手をおいて、撫でた。
昔。ほんとうに昔。
母親に撫でられて気持ちよかったのを憶えていたから、同じことをしてやろうと思ったのだ。
母親はビックリしたように俺を見て。
それから、俺に抱き着いてきた。
俺は……驚いていた。
母親は俺にとって神にも等しい絶対の存在だった。そんな存在が、俺にすがりついているのだ。助けを求めるみたいに泣いているのだ。
俺は学んだ。
絶対なんてものはない、と。
誑しこむということを。
弱みに付け込む、ということを。
この時に学んだ。
それから母親は家のなかに限って自由にしていいと言ってくれた。
俺は学校に行ってなかったので、テレビを見て世の中を知り、ファッション雑誌を見て女の欲望を知った。
そして俺は食事もつくるようになった。
母親の為に。
媚びを売って、おもねる為に、帰宅した母親に食事をつくって待っているようになった。
「もう俺を押し入れに閉じ込めないでくれ」
「他に男をつくって捨てるようなことをしないでくれ」
「俺を…愛してくれ」
そんな想いを込めて食事をつくり、最後に必ず俺の血を混ぜ込んだ。
血を混ぜ込んだのに意味なんてない。
そうしたいからそうしただけ。
強いていうなら、繋がりが欲しかったからだろうか?
母親は、それからというものキチンと毎日帰宅するようになった。
俺が学校に行ってないことを除けば、まっとうな母子だったろう。
もっとも俺が12歳になった時に、俺たちは母子ではなくなった。
畜生獣にも劣る関係になった。
俺は……そんな関係に嫌気が差していた。
毎夜のように求められる。
心底から面倒くさかった。
だから、俺は捨てることにした。
俺にとって母親はもう用済みだったのだ。
絶対な存在ではなくなった、要らないモノだった。
だから、母親を殺した。
ビルから飛び降りるように暗示をかけた。
この頃には、俺は俺が特別な力を持っていると理解していた。
食事や水分に自分の血を混ぜ込んで与えた相手を、思うように操れる。それを感覚として理解していた。
それは時間をかけて血を与えるほどに、暗示を深くかけて、自在にできることも分かっていた。
母親が死んだ…いいや。殺した俺は、その母親がゆいいつ部屋に連れて来て俺を紹介した女友達のトコロに転がりこんだ。
その女はキャバレーの雇われママをしていた。
若い男、というよりも幼い少年を性的に好むような変態だ。
そんな変態性を見抜いていた母親は、自慢するつもりで俺を紹介したのだった。
俺は女に引き取られた。
…違うな。
女が、俺を手に入れたのだ。
なんせ俺は戸籍がない。
女は母親と同じように俺を家におしこめて、俺を性欲発散の相手として扱った。
俺は従順だった。
女の望む俺を演じた。
もっとも、それは1週間もしないうちに逆転した。
母親と同じように食事に混ぜ込んだ血で、女を服従させたのだ。
それから俺は女の隠し子として、キャバレーで働く女どもに紹介された。
幸いなことに、親父に似たらしい俺は面がいい。
しかも猫を被った俺は、女どもが思い描く純情な穢れない少年を演じたこともあって、直ぐに気に入られた。
「僕がつくったんですけど、よければ食べてください」
毎日のように手作りしたクッキーやケーキを差し入れた。
女どもは喜んで食べた。
俺の血が入っているとも知らずに。
そうして1か月もしないうちに、俺はキャバレーで働いていた女どもを残らず洗脳した。
金も女も、好きになるようになった。
俺は14歳だった。
しかし
「こんなものじゃ、満足できない」
俺は宗教を立ち上げることにした。
女どもを使い、俺を宗祖として宗教法人をつくったのだ。
思えば、この頃が人生の絶頂だった。
金は何もしないで向こうからガバガバとはいってきた。
女は気に入ったのを好きに手をだせた。
俺は特別なのだ!
選ばれた存在なのだ!
有頂天だった。
だが、ある日。
俺の絶頂は終わる。
17歳の時だった。
「麻生美琴と申します」
女が来たのだ。
20代の後半だろう女は、生活に疲れた様子の貧相な様子だった。
俺好みの女じゃない。
それでも無下にはできない。
なんせ1000万近くの献金をしていたのだ。
だからこそ、俺は女の相談したいという申し込みを受け入れて、1対1で会っていた。
「大茂ミキヤスです」
俺は名前を名乗った。
大茂というのは母親の姓。ミキヤスというのは、これも母親が俺に向けていた名前だ。
思えば、他人に名乗りをしたのはこれが初めてだったかもしれない。
女がソッと笑った。
何が可笑しいのか?
俺はイラッときたものの、上客である女には下手にでることにした。
「それで。相談とは?」
「実は相談したいことなんてないんです」
「はぁ?」
さすがに不満が顔に出てしまう。
「まぁ、そんな顔をしないで。とりあえず、私の話を聞いてくださいな」
女は話した。
自分は政府の祓魔師だと。それは遡れば陰陽師に基づく術をおさめた人間で、各地に出現する魑魅魍魎を退治し、大陸から遣ってくる様々な術師を追い払うのが仕事なのだ、と。
「は、はぁ…」
俺は呆れていた。まるっきり少年漫画の世界だ。
「祓魔師というのは誰でもなれるものではありません。特別な素質が要るんです。私たちはソレを魔力と呼んでいます」
「魔力をもっている人間は、一般の方だと1万人に1人は居るでしょう」
「ですが、魔力があるからといって祓魔師になれるわけではありません。術を使うには、まず『死』を経験する必要があるのです。私たちはその『死』を修行によって疑似的に経験するのですが」
「あなたは、どうやって死を経験したのですか?」
女がジッと俺を見る。
「さ、さぁ。何のことですか?」
俺は冷や汗をかきながら白を切った。ガキの頃に押し入れで死にかけたことが思い出される。
「まぁ、いいでしょう。それで、ですね。私たちは暫く前から、あなたのことを注目し、監視していました。そうして下した判断が、あなたが魔術を使っているということです」
「バカバカしい! わたしをからかうのなら、話しはこれまで。お金はお返しするので、帰っていただきたい!」
俺は席を立ちあがった。
しかし
「オオシゲ・ミキヤス!」
女に名前を呼ばれた途端に、俺は金縛りにあった。
「ほんとうに真名だったのね。これであなたが外の国から来た魔術師だという疑いは晴れたわ」
「まな…だと?」
「そうよ? 真実の名前で真名。個人を縛る魂につながった名前。魔術をかじった人間なら、絶対に教えない秘密。あなたはもう、私に逆らえないの、隷属するしかないのよ?」
こうして俺の天下は崩れた。
俺の造りあげた宗教法人は解散され、洗脳していた信者も解放を余儀なくされた。
それからというもの、女は俺を手下として引き連れ、各地を回った。
俺は下男のように扱われた。
女にとって、正式に魔術を習ってない俺は戦力にこそならないものの、絶対に逆らわない、逆らえない、態のいい下働きだったのだ。
しかし、俺は反撃の機会をうかがっていた。
そして女のウィーク・ポイントを見つけた。
女は孤独だった。なまじ有能なだけに、単独行動が多かった。
そのくせ、孤独を嫌っていた。
毎晩、深酒をしていた。
「ソウゴ…」
ある晩、酔いつぶれた女が口にした名前だ。
俺は2年…女に従順に仕えて、遂にソウゴの正体を知った。
そいつは女の子供の名前だった。
死んだ息子の名前だと、女から聞いた。
祓魔師になるための『死』を経験する儀式で、死んでしまったのだ。
俺は女の弱みに付け込んだ。
傷口を舐めるようにして女を労わって慰めた。
俺の一生は女と共にあった。
魔術で催眠や洗脳をしなくとも、口八丁で女を落とすなんて2年もあれば充分だった。
やがて女は俺に依存するようになった。
「祓魔師なんてやめよう」
頃合いや良しと見定めて、俺は女に持ち掛けた。
「でも、はぐれは許されないわ。追手が来るもの」
「なら、逃げよう。一緒に何処までも」
女は絶対に俺に真名を教えなかった。麻生美琴というのは、偽名だった。だから、俺は女を殺すことにした。
逃げる途中で、女は思ったように追っ手の祓魔師に討たれた。
「…助けて」
涙ながらに懇願する女に、俺は嘲笑って言ってやったものだ。
「死ね、ババア」と。
あの時の絶望した顔は忘れられない。
最高だった。
それから俺はロシアへと逃げた。
そこで地下に潜伏して、ほとぼりが冷めるのを待った。
今度こそ目立たないようにしながら…。
俺が32才になった時だった。
噂を聞いた。
ロシアの魔術師協会のひとつが賢者の石を開発したというものだ。
しかし、それは東西の協会同士の争いで失われたとか。
賢者の石。それは魔術を孕んだ石のことだ。
普通、術師は己の体内の魔力を魔術に変換する。だが、賢者の石があれば、体内の魔力が枯渇しても代わりとなって、魔術の行使が可能となるのだ。
暇だった俺は、その争いのあった跡地へと足を運んだ。
そして、見つけてしまったのだ。
争いに巻き込まれた日本人のガキの体内に賢者の石が埋め込まれたのを。
俺は、そのガキを追って、久方ぶりに日本の地を踏んだ。
今度こそ、政府の祓魔師に目をつけられるわけにはいかない。
俺は慎重にも慎重を期して、ガキの祖父のヤクザ組織にもぐりこんだ。
3年。3年もの間、俺は極道者に身をやつして組織を乗っ取った。
そうして、いざ、ガキを殺そう。明日にでも賢者の石を俺のものにしよう。
そう思い定めていた時に……出会ってしまったのだ。
その男は、どこからどうみても冴えない中年だった。
しかし、その中年は己の怪我を治してみせた。
最初は見間違えたかと思った。だが、中年は何度も何度も大怪我を治してみせたのだ。
そして、なんと俺の真名をも見抜いた。
再び隷属の日々かと思った。
だが、絶望はしなかった。時間さえあれば、この中年も自在にしてみせる。自信があったのだ。
が、中年は俺なぞ要らないと言いやがった。
屈辱だった。
これほどまで憎しみをおぼえたのは初めてだった。
俺は逃げなかった。
街に潜伏し、鉄砲玉として金玉を潰された男をトコトンまで洗脳して憎しみを倍加させた。
問題は何時、中年に仕掛けるかということだ。
時期を見計らっていると、偶然にも街の駅前で中年男を発見した。
殺るなら今だった。
人目があれば、政府の祓魔師である中年は容易に魔術を使えないだろう。
そう考えた。
祓魔師は、世をはばかる存在なのだ。
そうして、鉄砲玉は見事に仕事を果たした。
銃弾には細工がしてある。
魔力を吸い取るのだ。
これは、あの女を殺した致命のものだ。
魔力がなければ、治癒の魔術も使えまい。
俺は、憎い相手の死に顔を見物しようと顔を建物の陰から覗かせた。
中年は……俺を見ていた。
まるで、ココに隠れているのを知っているように。
奴の唇が動く。
動いて……俺は…………。




