13:悔し泣きするほどに姉妹がムカついて羨ましくて感心したから、そんで助けることにしちゃった考えなしのオッサン
ああ、うん……。
僕は何を誤魔化そうとしてたんだろう。
智花と香は驚きのあまり棒立ちになってる。
ミカは更にぶっちゃけた。
「んで、ワタシは異世界からの神で、こっちのコウヘイはワタシの御使い。で、あんた等はコウヘイのハーレム要員。OK?」
と問われて、OKと返せる人間がいるだろうか。
「神…様?」
「しょ、証拠はあんの!?」
神という衝撃に、ハーレムという単語はスルーされたみたいだ。
というか、この期に及んでも反発する香は、むしろ尊敬できる。
ふふん、とミカは鼻を鳴らした。
「見せたンさい、コウヘイ」
「え? こっちに振るの?」
「だって、メンドーだしぃ。取り合えず、魔法でも見せたらいいンじゃない?」
実際にコッチの世界で魔法が使えるのか?
答えは使える、だ。
ハッキリと分かる。コッチの世界に戻って分かったことがある。
この世界は…星は魔力に満ち満ちていた。
今まで魔法を使える人間がいなかったせいだろう。濃密な魔力が立ち込めているのだ。
魔力があるということは、魔法だって使えるはず。
そして。魔法を使うのに最も必要なのはイメージ、想像力。
こうなる。
こうしてみせる。
思い込みを魔力にのせて相手にぶつけ、その魔力によって現実を上書きする。そうして効果が及んだ現象こそが魔法だ。
ちょうど、と言ったら悪いけれど。
男たちに抵抗したせいで、智花の膝が擦りむけて血が出ていた。
この傷を治そう。
僕は智花の膝に手の平をあてがった。
傷が治る、痕すら残さずに治癒する。イメージする、思い描く。
「ヒール」
…………。
あれ? 傷が治らない。
失敗か?
「ヒール」
……何も起きない。
こうなると、絵面的に非常にまずい。
うら若い乙女の素足に40のオッサンが手の平を添えているのだ。しかも「ヒール」とか唱えちゃってるし。
犯罪かな?
智花も香も、どん引きの顔をしている。
「あんさぁ、こっちの世界の人間には魔力因子がないんだから、治癒魔法なんて効果でないよ?」
ミカが呆れ果てたといわんばかりに言う。
「治癒魔法なンてのは、相手の魔力を利用して効果を発揮させるもんなんだからさぁ」
…そういうことは、はやく教えて欲しかった。
「お、おほん」
と、僕は咳払いをして、威儀を正した。
姉妹の視線は冷たい。
今度こそ、決める。というか、決めないと心が折れる。
僕は手の平を空に向けた。
不退転の決意をもってイメージする。想像する。
1分どころか30秒も経たずに青空に黒雲が集まり始めた。
それは異様な光景だったろう。どう見ても自然の動きじゃないのだから。まるで虫が集まるような、そんな不気味極まる様子だった。しかも黒雲の広がる範囲は目視で5メートル四方でしかないのだ。
「雨よ」
唱えた途端だった。黒雲が、ザアザアと雨を降らせた。
智花と香が、目を見開いている。
よしよし! まさかの大成功だ! 後がないという状況が僕に2度目の奇跡をもたらした!
「散れ」
再び唱えれば、黒雲はそれが幻だったかのように掻き消えた。
自分で行使しておいてなんだけど、すごいな魔法!
この魔法があれば、うどんの国で毎年恒例の水不足も解消できそうだ。
「あら~、マジで優秀じゃないのコウヘイったら」
馬上のミカが手を伸ばして、僕の頭を「よしよし」と撫でる。
恥ずかしい。けど、ミカに生み出された御使いとしての性質なのか、逃げたいとまでは思わない…。クヤシイ!
それからミカはパンパンと手を叩いた。
ビクリと跳びあがった智花と香が錆びついた人形みたいにコッチを振り向く。
「どうよ?」
ミカはどや顔だ。
「神…様なんだ……」
香の慄いている様子に、ミカは得意絶頂だ。
そんな鼻を膨らませているミカに
「お願いです!」
香が土下座した。
「あたしたちを助けてください!」
競馬。日本における公営ギャンブルのうちのひとつである日本競馬は大きく2つに分けることができる。中央競馬と地方競馬である。
中央競馬とはJRA(日本中央競馬会)が運営しており、世間に喧伝されるような華やかなレース、例えば天皇賞やジャパンカップなどは中央競馬の開催である。
対して地方競馬はNAR(地方競馬全国協会)という組織が統括こそしているが、主催するのは競馬場をもっている地方公共団体である。
さて。話は変わるが、日本の馬券の売り上げはバブル崩壊以後、悪化の一途をたどっていた。かつて1年で4兆を超える額を売り上げていたJRAでも、最悪な年で6割の2兆3000億にまで落ち込んだのだ。
もっともこれは近年になって変わりつつある。前年比の売り上げを上回るのが数年続くようになってきているのだ。
そうなると地方競馬はどうか?
これも売り上げは回復基調にある。
というのも、かつて60か所をこえるほどあった地方競馬場が、不況と赤字とで、17か所にまで減少したのだ。
これで売り上げが回復しないはずがない。
しかし、これは本当に回復といえるのか?
実際。こうした競馬場の廃止で最も煽りを食らったのは、馬を育てる牧場だった。
個人で経営していたような中小の牧場は次々と倒産し、場産地といわれるような場所そのものがなくなったことすらある。
「私たちの母も、牧場を経営しています。もっとも、最後の望みをかけていた馬が死産して、もう従業員もいませんし、看板をおろすだけですけど…」
「さっきの男たちは借金取りといったところか…」
「はい。どうしようもなくなって、ああいうところしかお金を貸してくれなくなってしまって…」
「母さん……入院してるんです。どうか、助けてください!」
ふふん、とミカが鼻で笑った。
「そンで、どうしてワタシが助けないとならないわけ?」
「だって、神様なんでしょ?」
「ええ、神よ? だから何?」
だよな。ミカだったら、そう言うわな。
「力があるんだから、助けてくれたっていいじゃないのよ!」
香が詰るように言うけど、これには僕がちょっと苛ついた。
身勝手すぎるだろう。力があるから困っている人を助けないとならないなんて、そんなことを言ったら、日本人のほとんどは発展途上国に見返りなく協力しないといけなくなる。
ミカのことだから、機嫌を悪くして踵を返すんじゃないか? そう思っていたのだけど、案に相違して金髪女神は嬉しそうに笑った。いいや、嘲弄ったのか?
「そういえば日本のことわざであったっけ、袖振りあうも、て。ええ、いいわよ。助けてあげる。けど、願うのは一つ」
「ひとつ、ですか?」
智花の問いにミカは大きく頷いた。
「そ、ひとつ。もちろんだけど、2人でだから。あと、願いを無限に叶えるようにとかそういう小賢しいことは無しね」
ミカが嘲笑った理由が分かった。
智花と香。2人は何を願うのだろう。
母親は病気で、家にはヤクザ者が借金取りに押し掛けてくるような追い詰められた状況だ。
まぁ、そうとなれば願いは決まっている。
お金、だ。
母親の病気を治したところで、借金がなくなるわけではないのだから。
でも、そうなれば、2人は母親を見捨てた罪悪感で苦しむことになるだろう。
一生を後悔して生きるのだ。
そうして。
相談していた智花と香が願ったものは、僕のゲスイ考えとは違っていた。
「「母の病を治してください」」
「なんで?! 母親の病気を治したところで、借金はなくならないんだぞ?!」
僕の悲鳴めいた疑問に、智花は答えた。
「母は、たった1人の肉親ですから」
はは。ハハハ!
気付けば、僕の口から笑い声が漏れていた。
「ハハハハハハ!」
涙のこぼれる顔を片手で隠して、天を仰いで大笑いする。
なんて馬鹿な…世間知らずな答えだろう。
母親を選んだ君たちは、さっきの男たちに奴隷のように扱われるに決まっているのに。
ああいう連中だ。それこそ姉妹が『使い物にならなく』なるまで絞られるだろう。なにくれと文句をつけて、借金は増やされて、逃げられなくなるだろう。それこそ5年…10年……10年後まで、そんな生活をしていて生きていられるか? 要するに、死ぬまで金のために道具のように生かされるのだ。
分かってない。
分かってないからこその選択。
けれど…。
心底から羨ましかった。
こんな娘をもった母親が。
心底から感心していた。
こんな娘に育てた母親を。
そうして。同じくらい。いいいや、それ以上に憎らしく思った。
こんな娘に慕われる母親を。
どうしてこんな感情があふれるのか? 自分でも分からない。
スズカ…チエ…。
頭が割れるように痛む。
「わかった。借金は僕が何とかしよう」
涙を払って、僕は宣言した。
「ちょっとぉ!」
ミカがむくれるけど
「頼むよ」
と僕が手を合わせれば、ミカは渋々といった感じで了解してくれた。
「ハァーァ、せっかく面白くなりそうだったのに。けど、約束は約束だし」
パチン、とミカが指を鳴らす。
「はい、これであんた等の母親の病気は治ったから」
「ホントですか?」
「嘘ついたってしょーがないじゃん」
ミカが投げやりに言う。
そうなれば、次は僕の番だ。
借金は……。
さて、どうしよう?




