12:ハーレムを目指せとミカは言った。そんで無理ですと泣きをいれる対人恐怖症のアラフォーオッサン
車の姿が見えなくなる。
「イエ~! カッコよかったよ、コウヘイ」
カッポカッポとペガを歩ませたミカが僕の頭をポンポンと叩く。
それで緊張が解けた。
「ひゃぇああああ」
再び腰が抜けた僕は、膝から崩れるようにして座り込んだ。
どうして、あんなジャッキーもかくやの身動きができたのか。わけがわからない。
「これが…御使いということか?」
今更になってドキドキと不安を訴えている心臓をおさえながら、僕は馬上のミカを見上げた。
ニッ、と金髪の少女が笑う。
「そーいうこと。あのコウヘイならアニメみたいに銃弾だって刀で斬れるはずだよん」
冗談じゃない、そんな目にあいたかない。
「あの…大丈夫ですか?」
声が掛けられた。
ヤクザ連中に捕まっていた女の子のうちの年上のほうだ。
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エビナ トモカ 【職業:騎手】
種族:人間
性別:♀
年齢:19
状態:疲弊・ストレス
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その背後で隠れるように縮こまっている年下の方は
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エビナ カオリ 【職業:学生】
種族:人間
性別:♀
年齢:14
状態:疲弊・ストレス
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苗字が同じだ。おそらく姉妹だろう。
田舎の子らしく純朴そうな顔は、それだけで好感が持てる。美人、ではない。それでも化粧をしたのなら、すれ違った男の10人中6人は振り返る女性に化けることができそうな、そんなメリハリのある顔立ちをしている。縄文系、昔で言うところのソース顔だ。
とはいえ。僕にとっての彼女たちは『恐怖』の対象でしかない。
僕はトモカちゃんの差し出す手から逃げるように尻餅をつきながら後退さった。
「え?」
と、トモカちゃんが当惑の表情になる。
「じ、自分で立てるかりゃ、お構いなきゅ」
噛みまくりだ。
羞恥に顔を赤くした僕は、それでも立てずにいた。
すると。ペガが僕の後ろ襟をパクンと噛んで引っ張り上げてくれた。
「ありがとう、ペガ」
「ブヒュヒュン」
「ちょっとぉ! そうじゃないでしょ!」
ミカがお冠だった。
「テンプレなの! これはテ・ン・プ・レなの!」
テ・ン・プ・レ、の部分はヘッドバンキングみたいに頭を振りながらの発言だ。長い髪がバッサバッサと上下して見応えがある。
なんてことを考えていると。ビシリ! と音が聞こえそうなほどの勢いでミカが僕に指を突きつけた。
「女の子を助けたんだから、尻込みしてないで、ハーレム要員にしなさいよね!」
「ハーレム?」
なんだそりゃ?
「助けた女の子を愛人にするの! 惚れられて、仕方ないなぁとかなんとか言いながら、最終的には100人ぐらい愛人をつくんの!」
愛人という単語でようやくハーレムの意味が分かった。
なんてことを言い出すんだ!
僕はあわあわしながら「しー! しー!」と口許で左右の人差し指を交差させたバッテンをつくりながら、それ以上はイケナイとジャスチャーした。背後にいる2人の女子からの視線が痛い。
そもそも僕はもうおっさんなのだ。中年なのだ。たぶんだけど、30代どころか40に突入してると思う。そんな年齢のおっさんにハーレムとか無理だから。性的な意味でも、精神的な意味でも。つーか、相手は未成年だし!
というかさ。
僕はトモカちゃんとカオリちゃんを視界に入れないようにしながら、なるたけ小声で訊いた。
「僕が奥さんとかもらっても、ミカは怒らないのかい?」
「べっつに~。怒んないよ」
僕が小声だというのに、ミカは平常運転の声だ。
「けど、コボルトたちの時は…怒ったよな?」
「そりゃそうでしょ? ワタシと話してるのに他の奴のことを考えるとか、ムカつくに決まってンじゃん」
つまり、だ。妻…ハーレムをつくってもいいけど、一番に優先するのはミカ。そして、それは当然のこと、と。そういうことか。
「だから、ハーレムつくるの! ハーレムハーレムハーレム!」
いやいや無理無理、つくらないから!
傍から見たら、我が娘にとんでもないことを教えて口走らせている、変態親父だ!
僕があわあわしつつ、何とか馬上のミカを黙らせようとしていると
「あの~」
と背後から声をかけられた。
ビクンと背筋が伸びてしまう。
恐くて振り向くことも出来ない。
そんな情けない様子にミカは肩を竦めた。
「仕方ないなぁ」と言いながら指をくるくると金髪の横で回して。
「ん! 今、コウヘイに魔法をあげたからサ。それ使いなよ」
魔法? と思ってステータスを見れば『マホウ:ライオン・ハート』というのが追加されてる。
「ライオン・ハート」
そう口にした途端に、魔法が発動したのが理解できた。
なんせ恐怖が一瞬にして霧消したのだ。それどころか、微妙にテンションが上がって、高揚感がある。
強気になった僕はトモカを振り返った。
「いや、これは失礼をしました。この子は見ての通り、日本の外から来た子でしてね。今、この国は一夫一妻制だと説明していたところなんですよ」
「そうだったんですか」
と表面上は納得してくれた大人のトモカはともかく、14歳の難しい年頃のカオリはあからさまに疑った顔をしている。
さいてぇ。とかいう声が聞こえた気がするけど、聞こえない。
気にしたら負けだ。鉄面皮でつらぬく。
そんな僕に、トモカは頭を下げた。
「助けていただいて、ありがとうございました」
ほら、あんたも! とトモカはカオリの頭を押さえつけるようにして頭を下げさせる。
「私は蛯名智花といいます。こっちのは香です」
「僕は…」苗字がないんだよなぁ。
「コウヘイ、です。で、馬に乗ってるのが」
「ミカ」
如何にも偉そうに智花と香を見下ろしてミカが名乗る。
そんなミカの態度に香は反発をおぼえたみたいだった。
「ねぇ、あんた。その馬、さっき空から落ちてきたわよね? それに魔法とかって」
「あははは、魔法なんて冗談に決まってるじゃないか。それに馬が空から落ちてくるはず」
「うん、だってこれペガサスだし。ほら」
ミカがペガを促して、翼がバサリと優雅に広がる。
ああ、うん……。
僕は何を誤魔化そうとしてたんだろう。




