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勇者様、私との婚約は世界を救ったあとで破棄してください  作者: 週休七日


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9/20

私たちは、代金ではありません

 オルド大司教は、北方へ入る最後の大きな町で待っていた。


 宿の前に神殿の馬車が停まっていた。


 つないだ手を、反射的に放しかける。


 アレンは放さなかった。


「隠す必要はない」


 私は握り直した。


 大司教は食堂の奥にいた。

 王都で見たのと同じ、穏やかな顔だった。


 手元を見て、目を細める。


「順調なようで、安心しました」


 私は座る前に聞いた。


「何が、ですか」


 机には北方の地図があった。

 黒い染みが、幾つもの村を覆っていた。


「裂け目は予測より速く広がっています。これ以上の寄り道は――」

「代償について説明してください」


 アレンが遮った。


 大司教は私たちを見比べた。


 やがて、うなずく。


「先代聖女の説明は、事実です」


 私は膝の上で両手を握った。


 否定してほしかったのだと分かった。


 誤った伝承だ。

 今は改善されている。


 そう言われることを、まだ期待していた。


「封じの核になるのは、二つの適性を持つ者が、互いと生きる未来を望むことです。その心と、そこへ至る記憶を用います」


「どうして、最初に教えなかったんですか」

「知れば、恐れるからです」

「当然でしょう」


 大司教は指を組んだ。


「互いを避け、封じを完成させられなかった代があります。魔王の身体を倒しても、新しいものが生まれた。多くの民が失われた」


「だから、次の二人には黙っておくと?」


「同じ犠牲を繰り返さないためです。命を捨てろと申し上げているのではない。お二人は、生きて帰れる」


「忘れるだけなら、安いと言いたいんですか」


「そのような言い方はしていません」


「言い方を整えただけです」


 返す気のない借金を、返済時期の再検討にする。

 奪う土地を、境界の再調整にする。


 失わせる恋を、帰還後の混乱にする。


 よく知っている仕事だった。


「私たちは、何を失うのかも知らずに、ここまで来ました」


「だからこそ、自然に結びつくことが――」


「自然?」


 大きな声が出た。


 後ろの神官兵が動いた。

 アレンが半歩、私の前へ出る。


「婚約式も、一つしかない寝台も、用意した台詞も。必要な準備だったんですか」


「互いを知る機会が増えるよう、配慮はしました」


 胃の奥が冷たくなった。


 川辺の告白まで、予定の中にあったのだろうか。


「ノエル」


 アレンが呼んだ。


 顔を上げられなかった。


「俺が橋を直したのは、この人に言われたからじゃない」


 大司教が口を開きかけた。


 アレンは続けた。


「君が子供を数えたことも、俺の悪い夢につき合ったことも。誰かの台本ではない」


 私は、ようやく彼を見た。


 彼は大司教へ向き直った。


「会うきっかけを作ったことまで、なかったことにはできない。でも、そのあとの全部を、あなたの手柄にするな」


 静けさが落ちた。


 大司教は王家の命令書を広げた。


 北方要塞へ集結し、討伐の準備を行うこと。


「詳しい説明は要塞でいたします。それまでは別々にお休みください。旅の記録も提出を」


 私は鞄を抱えた。


「これは私のものです」

「儀式に関わる内容が――」

「私の恋まで、あなたの管理する資料にしないでください」


 ダグが命令書を読んだ。


「集結命令は承りました。ただ、私物の提出は記載されていません」


「協力を求めています」

「では、拒否もできると理解します」


 彼は私の前に立った。


 要塞へは行くことになった。


 アレンは剣を抜かなかった。

 命令を聞いて立っている兵士まで、敵と決めたくなかったのだと思う。


 馬車へ乗る前、彼が私へ言った。


「さっきの告白は、取り消さない」


 私は、大司教の前で初めて、婚約者らしく笑った。


「私もです」

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