初めまして、婚約者だった人
隣町の食堂を、再会の場所に選んだ。
旅では行ったことのない店だった。
川は見えない。
焼き林檎の菓子もない。
自慢の料理は豆の煮込みと、やたら大きなパンだという。
私は少し早く着いた。
これは試験ではない。
思い出せるか確かめる日でもない。
話してみたい人と、食事をするだけだ。
入口の鈴が鳴った。
アレンが入ってきた。
灰色の上着。
肩を固定する布は、もうない。
腰に剣も下げていなかった。
「お待たせしました」
「いえ。私も、今……」
言いかけてやめる。
「少し前から、いました」
彼が、ほっとしたように笑った。
「俺も、店の前を一度通り過ぎました」
「なぜですか」
「早すぎると思って」
「早く来れば、座れたのに」
「今、そう思っています」
私は笑った。
彼も笑った。
何も思い出さなかった。
けれど、笑いやすい人だと思った。
近況を話した。
私は代筆を再開している。
彼は父親のところで、大工を教わり直している。
「教わり直すんですか」
「昔、少し手伝っていた程度で、一人前になるつもりだったのかと言われました」
「お元気なお父様ですね」
「元気すぎます」
少し赤くなった。
格好の悪いことも、だいたい事実。
手紙を思い出した。
「日記を読みました」
彼の表情が変わる。
「全部でしょうか」
「私の分は」
「どのあたりまで」
「秘密です」
彼は深く息を吐いた。
「俺も、自分の残したものを読みました」
私は緊張した。
「それで、会ってくださったんですか」
「きっかけではあります」
少し考えて、続けた。
「でも、今回の手紙に、今はお母さんの店でよく叱られていると書いてあったでしょう」
「はい」
「昔の自分を説明するより先に、それを書く人と話してみたくなりました」
私は杯に触れた。
水が冷たかった。
照れているのだと分かるまで、少し時間がかかった。
料理が届いた。
パンが、本当に大きかった。
しばらく二人で見る。
「一つでよかったのでは」
私が言うと、アレンはうなずいた。
「前の俺たちなら、分けたのでしょうか」
「たぶん」
少し間が空いた。
私は先に言った。
「でも、今日は二つあります」
彼が顔を上げる。
「そうですね」
それぞれのパンを食べた。
食べきれない分は、持ち帰ることにした。
昔の二人ならどうしたかを考えるより、その方が簡単だった。
*
食後、町を歩いた。
途中で靴の留め具が外れた。
アレンが腰掛けを示す。
「手伝いますか」
「自分でできます」
「分かりました」
少し離れて待った。
手伝いたそうではあった。
でも、手を出さなかった。
私は、留め具を直しながら見上げた。
記録の人物を確認しているのではない。
今、この人が、私の返事を聞いてくれた。
それが嬉しかった。
帰りの辻で、話が途切れた。
アレンが、何か言おうとしてやめる。
私は待った。
「昔の俺なら、上手く言えたのでしょうか」
「日記を読む限り、あまり期待できません」
彼は笑った。
それから真面目な顔になった。
「もう一度、会ってもらえますか」
胸が跳ねた。
「仕事の相談ではなくて」
彼は付け足した。
私はうなずいた。
「はい」
日記の続きを引き受けたわけではなかった。
今日の話を、もう少し続けたかった。
それだけだった。
その夜、新しい帳面を買った。
茶色ではなく、青い表紙を選んだ。
最初の頁に書く。
今日、アレンという人と食事をした。
パンが、とても大きかった。




