↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者様、私との婚約は世界を救ったあとで破棄してください  作者: 週休七日


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
18/20

他人のような、私の恋

 母の家へ戻って、一か月が過ぎた。


 朝、紙を店先へ出す。

 昼、頼まれた手紙を書く。

 夕方、戸を閉める。


 暮らしは、思っていたより早く形を取り戻した。


 世界を救っても、紙の湿気が分かるようになるわけではない。


 母には、保管の仕方が雑だと叱られた。


「偉い人に囲まれて、片づけてもらうのに慣れたでしょう」

「そこは、多少」

「正直なのは結構」


 私は少し笑った。


 帳面は、部屋に置いてあった。


 読まなくてよいと言われると、かえって扱いに困った。


 昔の自分と、比べてしまいそうだった。


 昔の私は、ちゃんと泣けた。

 ちゃんと誰かを愛せた。


 今の私は、それより何かが欠けているのだろうか。


「前と、変わりましたか」


 母へ聞いた。


 彼女は紙を数える手を止めた。


「変わったところもあるでしょうね」

「分かりますか」

「前から、全部は分かっていませんよ」


 顔を上げた。


「娘だからって、頭の中まで知っていたわけじゃない。私に見せずに書くものもあったでしょう。それを黙って置いておくことくらい、前からしています」


 その晩、私は自分の封筒を開いた。


『未来の私へ。

 この人を、好きにならなくてもいいです。


 たぶん、これを書くとき、私はひどい顔をしています。

 立派なことを簡単に言える人だったとは、思わないでください。


 私は、この人を忘れるのが嫌です。

 でも、あなたの人生を、私の続きをするためだけに使わせるのも嫌です。


 日記には、私の恋を書きました。

 命令は、なるべく書かないようにしました。

 うまく分けられていなかったら、あなたの方で線を引いてください。


 私は、好きな人ができて、嬉しかったです。


 あなたにも、誰かといて嬉しくなる日があるといい。

 相手が誰かは、あなたが決めてください。


 ノエル』


 不器用な手紙だった。


 他人の恋文なら、もっと滑らかに書けるはずなのに。


 それから帳面を開いた。


 王城の夜。

 契約書。

 恋人らしい腕の組み方。


 二頁目で笑ってしまった。


 読み進めると、何度か手が止まった。


 剣の腕前より、菓子の分け方。

 顔立ちより、困ったときの眉。

 戦いより、眠れない夜の呼吸。


 この帳面を書いた私は、彼を、ずいぶん見ていたらしい。


 手をつないだ日は、似たことを二度も書いていた。


「一度で、分かりますよ」


 誰もいない部屋で言った。


 胸が苦しくなる箇所もあった。


 けれどそれは、誰かの大切な話を読んだときの痛みに近かった。


 私の中から、場面は戻ってこなかった。


 紙に触れても、その人の温度は分からない。


 そのことを、残酷だと思った。


 同時に、過去の私が、それを知ったうえで手紙を書いたことも分かった。


 私を、自分の恋の読者にしてもいいと思ってくれた。


 同じ役を引き受けることまでは、求めずに。


 最後に、アレンの封筒を開いた。


『ノエルへ。


 今のあなたにとって、俺はよく知らない男だと思います。

 知らない男から長い手紙が来るのは、困るかもしれないので、短く書きます。


 俺は、あなたと旅をしました。

 よく叱られました。

 叱られないようにしたいと思ったことはありますが、いなくなってほしいと思ったことはありません。


 一緒にいた時間が、嬉しかったです。


 話してみてもいいと思ったら、連絡をもらえたら嬉しいです。

 会うなら、あなたの行きたい場所で。

 前に行った場所でなくて、大丈夫です。


 この手紙を書いている俺ではなく、そのとき会う俺を見てください。

 そいつにも、同じことを頼んでおきます。


 アレン』


 一枚で終わっていた。


 裏の隅に、小さく書いてあった。


『日記には、格好の悪いことも書かれていると思います。

 そこは、だいたい事実です』


 笑った。


 少しだけ、涙も出た。


 思い出したからではなかった。


 この手紙を書いた人と、話してみたいと思ったからだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。