婚約破棄の、準備をしよう
世界を救う準備には、剣を研ぐことや、薬を揃えることが含まれる。
私たちの場合は、婚約破棄の手続きも必要だった。
要塞司令官からの報告を受け、王都の使者が到着した。
集結命令は維持する。
ただし、二人を隔離する指示は出していない。
儀式の説明と意思確認には、神殿以外の者も立ち会う。
王家も、婚約を決めた側だ。
味方になったと思うほど、私は単純ではなかった。
それでも、一つの説明だけで話が進む状況ではなくなった。
「婚約については、帰還後、改めて」
「帰還後では駄目です」
私は遮った。
机には、大司教が承認した発表文と、王都の客間で作った契約書が並んでいた。
「私は、まだ起きていない心変わりについて、謝罪するつもりはありません」
使者は発表文を読み、眉を寄せた。
大司教が口を開いた。
「混乱を避けるための、広報上の草案です」
「本人の言葉として発表する指示があります」
私は、その行を示した。
「私たちが恋をしたことを、私たちの過ちにする文章です」
「そのような意図では――」
「では、私たちが書いた方を採用してください」
契約書を前へ出した。
几帳面な署名と、私の署名がある。
「最初から、私たちは結婚を自分で決めたいと言っています。今後の私たちにも、それを認めてください」
アレンが続けた。
「両名の生還と封じの完了が確認された時点で、王家が決めた婚約を終わらせてほしい」
使者は私たちを見比べた。
「現在は、互いに好意を持っていらっしゃると」
「はい」
「それなのに?」
「だからです」
私は答えた。
「好きだった事実を、今後も好きでいなければいけない理由にしたくありません」
言った自分が、一番痛かった。
協議は、すぐには終わらなかった。
療養の費用。
帰還後の居住地。
私的な記録の扱い。
王都への照会も必要になった。
討伐の準備と並行し、何度も書き直した。
確約できない制度改革は、確約できたことにしなかった。
審議すべき項目として記録へ残した。
婚約を終える承認が別便で届いたとき、私は、王家の印を三度確かめた。
大司教の発表文は採用されず、証拠として保管された。
私の未来が、私の知らないところで謝らずに済む。
そのことに、初めて少し安心した。
使者が契約書の最後を読んだ。
「最後の菓子は、半分にする……?」
「生活上の取り決めです」
「公文書にも?」
「そこは不要です」
アレンが横で笑った。
*
私たちは、帰還後の自分たちへ手紙を書くことにした。
リゼが封筒を用意した。
「渡すことは約束します。読むことまでは、約束させません」
「それでお願いします」
帰還後は、それぞれ療養する。
周囲は再会を急かさない。
手紙や日記を読むかどうかは、そのときの本人が決める。
会いたくなったら、連絡する。
会いたくならなかったら、無理をしない。
紙の上では簡単だった。
声に出すと、何度も止まった。
私は茶色い帳面を開いた。
菓子の分け方。
眠れない夜。
初めて名前を呼んだ日。
ここには、私が好きになった人がいる。
でも、これを渡される私には、命令に見えないだろうか。
これだけしてもらったのだから、同じ気持ちになりなさい。
「アレン」
「何だ」
「私は今、自分の未来の返事を、代筆しかけています」
彼が手元の紙を見た。
少しして、一枚を脇へ退けた。
「俺もだ」
私たちは、手紙を書き直した。
昔のように振る舞うための手順は入れなかった。
行った場所も、好物も、日記には残っている。
それをどう扱うかは、読む人へ任せる。
私は封筒に書いた。
『読むかどうかは、あなたが決めてください』
その下へ、一行足した。
『読まなくても、誰にも謝らなくて大丈夫です』
アレンの手紙は、何度も下書きが増えた。
「見せてくれませんか」
「第三条」
「こういうときだけ、正確ですね」
彼は少し笑った。
「今の君に読まれる勇気と、あとの君に渡す勇気は、違う」
その夜、私たちは同じ寝台に腰掛けた。
肩へ寄りかかると、髪に手が触れた。
「今日の分も書くのか」
「全部は書けません」
「そうか」
「でも、全部をなくしたくないです」
彼が抱き寄せた。
紙では残せない温度だった。
私は目を閉じ、それを覚えようとした。




