なくなるものを、選ばせてください
「これも、発言案ですか」
私が尋ねると、リゼは首を振った。
「私が書いたものではありません。神殿の広報部へ送る指示書と、一緒に綴じられていました」
日付は、私たちが王都を出る前。
印刷は討伐完了の報せを受けてから。
発表名義は、聖女本人。
承認欄には、大司教の印があった。
私は文章を読み直した。
取り乱していた。
勘違いしていた。
今は冷静になった。
どの言葉も、帰還した私には反論しにくい。
恋を覚えていない人間へ、前のあなたは思い違いをしていた、と教えるための紙だった。
「この文章を渡されていたら、私、そうだったのかもしれないと思ったでしょうか」
アレンは答えなかった。
答えられなかったのだと思う。
私は紙を裏返した。
「原本を保管してください。写しには、どこで、誰が見つけたかも付けて」
「分かりました」
リゼは、その場で日時を書いた。
私は、違う紙へペンを走らせた。
「何を書く」
アレンが聞いた。
「私の返事です」
以前は、紙に書けば勝てるのかと聞かれた。
今も、それだけで勝てるとは思わない。
でも、私が何も言わなかったことには、させない。
*
その後、別の封じ方を探した。
物資の準備と避難を進めながら、術師たちが古い記録を持ち寄った。
大司教も、要塞司令官の求めで、儀式の全文を提出した。
初代の封じを作った二人は、恋人だった。
異なる界脈へ触れる二人が、互いと生きる未来を望む。
その結び方を鍵に、世界を縫い合わせる術を作った。
聖剣と聖印は、その構造を受け継いでいる。
「友情や、家族への愛情では?」
老いた術師が答えた。
「弱いから使えないのではありません。鍵の形が違うのです。別の結び方を核にするなら、根幹から作り直す必要がある」
「作り直せないんですか」
「探す価値はあります。ですが、今ある知識で、侵食が要塞を越える前に完成させられるとは申し上げられません」
その人の机の下には、家族の避難荷物があった。
一緒に探して、見つからないのだ。
私は、陣紙を並べて裂け目を塞ぐ案を出した。
小さな亀裂を模した試験では、確かに光の流れを遮れた。
けれど、蓄えた力はすぐ尽きた。
「壁は作れます。綻びを縫い直すわけではありません」
私は冷たくなった紙を拾った。
七呼吸ぶんの命は守れる。
世界の傷を、治すものではない。
記録を記憶の代わりに使う案も出した。
術師は日記を読むよう求めなかった。
「文字は、思いを書いたものです。その人の中にある結びつきそのものではない」
紙が燃えることと、人が忘れることは、別だった。
片方だけで代償を負う案では、二つの界脈をつなぐ部分が成立しなかった。
アレンが、それを先に聞いていたと知って、私は怒った。
「私の分まで勝手に持っていかないでください」
「できるか確かめただけだ」
「できたら、提案するつもりだったでしょう」
彼は黙った。
私も、先に同じ質問をしていたので、それ以上は強く言えなかった。
最後に確認した。
「失うのは、一度だけですね」
「はい。儀式成立時までの二人の結びつきを、封じの力へ変えます。未来の関係は対象になりません」
「同じ二人が、また恋をしても?」
「新しい関係です。古い記憶を引き戻すことではない」
封印が摩耗しても、記憶は戻らない。
燃やした薪の形が、火の消えたあとに戻るわけではないのと同じだと説明された。
私は、そのたとえが嫌いになった。
分かりやすかったからだ。
*
母から手紙が届いた。
転送され続けて、角が擦り切れていた。
『王都から届くお前の話は、立派すぎて参考になりません。
食べられていますか。
眠れていますか。
嫌なことを嫌と言えていますか』
私は、何度も読んだ。
『役に立つ娘に育てたつもりはありません。
よく笑って、よく言い返して、毎日帰ってくる娘なら、育てた覚えがあります』
笑おうとして、声が変になった。
アレンが隣に座る。
読んでいいか尋ねたので渡した。
「挨拶をしたいな」
「小言を言われますよ」
「もう言われた」
廊下で子供が笑った。
台所で皿が割れた。
誰かが、怪我はないかと聞いた。
世界は、そういう音を立てていた。
「助けに行きたいです」
私は言った。
「許せたわけではありません。こんな選択しかないのも、嫌です。それでも、ここにいる人たちまで、嫌いにはなれません」
アレンは長い間黙っていた。
それから、うなずいた。
「俺も、行きたい」
「私たちが選んだと言って、何をされたか、なかったことにしないでほしいです」
「させない」
彼が手を握った。
「救うことと、許すことを、同じ返事にしなくていい」
私は、ようやく泣いた。
嫌だった。
それでも助けたかった。
両方を持っていくことにした。




