第三楽章〜軌跡〜
季節は、少しずつ移ろい始めていた。
転移したばかりの頃は、日本と変わらない夏の景色が広がっていたが、今では視聴覚室の窓から見える木々も、もう緑一色ではない。
ミラーの指導は、毎日行われるわけではなかった。
週に一度ほど部室棟を訪れ、奏や若菜たちと話しながら、合奏を見ていく。
それ以外の日は、これまでと同じように、生徒たちだけで練習を続けていた。
ミラーが指揮台に立ち、奏が久しぶりにオーボエを構えた。
「何となく分かってきたわ」
その言葉の通り、ミラーの指揮は日に日に洗練され、演奏を引き立てていった。
「異世界の音楽は、指示が細かいのね。それに、同じ言葉でも表現が変わることがあるのね」
ミラーは楽譜を見ながら続けた。
「pにしても、ただ弱くではなく、繊細に、優しく、といった解釈もできるなんて」
「王都での音楽は、どんな感じなんですか?」
「式典や歌劇で演奏することが多いから、もっと厳かな感じの曲が多いかしら」
「せんせー、ポップスみたいなのはないんですか?」
「ポップス?」
「民謡とか、大衆向けの曲です」
「ああ、なるほどね。そういう音楽は、私はあまり詳しくないかも」
その一言をきっかけに、日本のポップス初見大会が始まった。
「次、これね」
「止まったら負けね」
「このソロ、やりたかったんだ」
気がつけば、初見大会は半日ほど続いていた。
「楽しかったわ。いろんな曲調があったけど……特に民謡かしら。ああいう伝統的な曲が良かったわ」
「そうですね。私もすごく好きです」
奏の言葉に重なるように、アイシャが声を上げた。
「はーい! 私はノリのいい曲が好きです!」
「知ってるよ。いつもノリノリだもんな」
「あ、夏樹先輩ひどい! 私がおバカっぽいじゃないですか!」
アイシャと夏樹の掛け合いに笑いが起こり、その日の部活はそこで終わった。
部活が終わると、ミラーも交えて夕食を取ることになり、みんなで三日月亭へ向かった。
「次は、どこかで演奏する予定とかあるの?」
「考えてなかったですね。この間のお祭りも、村長さんからいただいたお話でしたし」
ミラーの問いに、若菜は少し視線を落とした。
「やっぱり、演奏する機会はあったほうがいいわね……」
ミラーは少し考え込んでから、ふと思い出したように顔を上げた。
「そうだわ。王国音楽祭があるわね」
「王国音楽祭……ですか?」
「ええ。出られるように、私から掛け合ってみるわ」
「また、みんなで合奏できるんですね」
「じゃあ、さっそく選曲会議だな」
その日は、いつもより少し遅い帰りになった。
森へ続く道を歩いていると、木々の向こうに月が浮かんでいた。
「なんだか、意識してなかったけど……この世界にも月があるんですよね」
「お、珍しく知的なこと言うな。明日は雨かな」
「また、そうやってバカにする。夏樹先輩には、この情緒が分からないんですね」
「また始まった。二人とも元気ね」
涼しくなった森の中を、一行はゆっくりと歩いていく。
月明かりとランタンの光が、柔らかくみんなを照らしていた。




