第二楽章~前夜祭~
収穫祭。
それは、自然の恵みと神々に感謝を捧げるための、ルタ村の伝統的な祭りだった。
村では、祭りへ向けた準備が着々と進められていた。
「そういえば、この世界にも神様っているの?」
飾りつけを手伝いながら、夏樹が尋ねた。
「いるよ。王都には大きな教会もある」
「女神様?」
「そう。女神様」
ライムは手にしていた飾りを、建物の軒先へ結びつけた。
「村の祭りも、その女神様に感謝するの?」
「収穫祭で祈るのは、豊作の女神だね」
「へえ。この世界にも、たくさんの神様がいるんだ」
「夏樹たちの世界には、どんな神様がいるの?」
「そうだな。いろいろいるけど――俺は、九十九神っていうのが好きかな」
「つくもがみ?」
「長く大切に使われた道具には、魂が宿るっていう考え方」
ライムは作業の手を止め、少し考えた。
「そうなんだ。だから、みんな楽器を大事にしてるんだね」
「まあ、楽器はそれだけが理由じゃないけどな」
夏樹は少しだけ笑った。
収穫祭へ向けた練習は、日を追うごとに熱を帯びていった。
仕事を終えて部室棟へ戻ると、息をつく間もなく練習が始まる。
窓から差し込んでいた夕陽が消えても、楽器庫から音が途切れることはなかった。
メロディーを任された夏樹は、何度も同じフレーズを吹いていた。
初めのうちは力の入っていた音も、繰り返すうちに少しずつ滑らかになっていく。
その近くでは、アイシャがアレグロ・ヴィーヴォの箇所を何度もさらっていた。
「また、ずれた……」
小さく呟き、楽譜へ鉛筆で印をつける。
普段ならすぐに冗談を言うアイシャも、今は目の前の音符だけを追っていた。
奏は指揮台の前に立ち、楽譜を見ながら何度も腕を振る。
速さが変わるところ。音を入れるところ。全員の息を一つにするところ。
自分では音を出さない代わりに、二十五人の音が始まる瞬間を確かめていた。
ライムは、冒頭の旋律をパートリーダーと練習していた。
異なる世界で生まれた二つの音が、互いの呼吸を探りながら、少しずつ重なっていく。
トールが吹くのは、咆哮のように響くソロだった。
まだ荒削りな音へ、小春のオブリガードが寄り添う。
トールが勢い余って音を外すたび、小春は演奏を止めず、もう一度同じ場所へ彼を連れ戻した。
その足元を、大地のティンパニーが力強く支える。
低い響きが部屋を揺らし、その上へ次々と音が積み重なっていく。
そして若菜のトランペットが、すべての音を突き抜けた。
どこまでも飛んでいけそうなハイトーンが、部室棟の外へ、森の向こうへ、夕暮れの空へ伸びていく。
初めは、それぞれが自分の音を追うだけだった。
けれど、何度も同じ場所で止まり、何度も最初からやり直すうちに、少しずつ互いの音が聞こえるようになっていった。
奏が指揮棒を振り下ろす。
二十五人と、ライムとトール。
その音はもう、誰か一人のものではなかった。
村では、祭りの準備が進んでいた。
明日、この場所に自分たちの音が響く。
若菜は夕暮れの空を見上げた。
収穫祭まで、あと一日。




