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【後日談開始】警察庁特定未開領域犯罪捜査課  作者: 華洛
後日談 休暇

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第2話 軛


 Googleマップで口コミ4.0以上を条件に検索した居酒屋「食が如く」は、ビルの二階にあった。

 階段を上がると、木の引き戸と暖簾が出迎える。中からは酒と料理の匂い、そして客たちの笑い声が漏れてくる。時刻は二十時を回り、店内はほぼ満席だった。

 七罪が引き戸を開けると、店員が愛想よく声をかけてくる。


「いらっしゃいませ。三名様ですか」

「個室を予約してる。逢魔で」

「逢魔様ですね。少々お待ちください」


 店員が予約リストを確認し、奥へと案内する。廊下を進み、突き当たりの個室へ通された。

 四人掛けのテーブルと座布団が敷かれた畳の部屋。窓からは外の通りが見える。

 纏は七罪の後ろに隠れるようにして部屋に入り、窓際の席にすぐさま座った。フードを目深に被り、外の景色を眺め始める。


「ご注文はタブレットからお願いします」


 店員が去り、扉が閉まる。

 ようやく纏の肩の力が抜けた。


『ゴチ☆』


 ホログラムのラプラス――纏のスマートフォンに映る悪魔の仮面のアバターが、両手のボードに「ゴチ」の文字を浮かび上がらせた。


「まあ、いいけど」


 七罪は気だるげに言いながら、澪の方を見た。


「澪も好きなだけ食べていいよ」

「ありがとうございます。逢魔警部」


 澪は律儀に頭を下げた。


「……あのさ」


 七罪は小さくため息をついた。


「仕事中は警部って呼んでいいけど、今はオフなんだから普通に呼びなよ」

「それでは、逢魔さんで」

「別に七罪でも、ラプラスみたいに珍妙な呼び方でもいいよ」

「い、いえ、やっぱり先輩ですので、最低限の礼儀は必要です」

『真面目だね~☆』


 ラプラスがくるくると回転しながら、茶化すような声を上げた。

 澪は少し頬を赤らめながら、テーブルに置かれたタブレットを手に取った。QRコードを読み込み、まずはドリンクを注文する。

 七罪は日本酒魔愚魔、澪は烏龍茶、纏はレッドブルをそれぞれ注文した。

 しばらくして店員が運んできたドリンクを、三人は受け取った。七罪が小さなグラスを持ち上げる。


「じゃあ、乾杯」

「乾杯」

『乾杯☆』


 グラスとコップが軽く触れ合い、乾いた音が鳴った。

 七罪は酒を一口含み、目を細める。味わうというより、喉を通る感覚を確かめているようだった。澪は慎重に烏龍茶を口にする。纏は缶を傾け、一気に半分ほど飲み干した。

 料理を注文し終えた後、澪はふと纏の様子に気づいた。

 纏は窓の外を、じっと見つめている。視線の先には、通りを挟んだ向かい側のコンビニエンスストアがあった。


「あの、遊佐さん。さっきからずっと窓から外を眺めてますが、何か面白いものでも?」


 纏は答えない。


『まだだよ。あと一分。『量子』の計算は嘘を付かない。人間と違ってね。ミオミオも見てなよ☆』


 ラプラスがそう言うと、澪は首を傾げながら窓際へと移動した。纏の隣に腰を下ろし、外を見る。

 コンビニは普通に営業している。客が数人、出入りしている。特に変わった様子はない。

 澪は時計を見た。秒針が進む。

 一分が経過した。

 その瞬間。

 コンビニの出入り口に設置された防犯ランプが、赤く点滅した。

 次の瞬間、覆面をした男たちが店内から飛び出してきた。三人。全員が手に何かを抱えている。慌てた様子で、異なる方向へと走り去っていく。


「――強盗!」


 澪は反射的に立ち上がった。椅子が音を立てる。


「すみません、私、行きます」


 扉へ向かおうとする澪の腕を、七罪が掴んだ。


「駄目」

「なんでですかっ」


 澪の声が上ずる。七罪は気だるげな目のまま、澪を見た。


「はぁ。私たちは何?」

「警察官です!」

「そうじゃなくて……所属しているのは何?」

「特定未開領域犯罪捜査課、です」


 澪は歯噛みしながら答えた。


「そう。私たちに捜査や逮捕の権限があるのは、ダンジョン関連のみ。コンビニ強盗は範囲外」

「っ。でも、強盗が起きたんですよ!」

「大阪府警がどうにかするでしょう」


 遠くから、パトカーのサイレンの音が聞こえてきた。個室の中にいても、はっきりと聞こえる。

 七罪は澪の腕を離した。


「未領域課は、私たちの軛でもある」

「……軛」


 澪はその言葉を繰り返した。


「力はある。でも、使える範囲は決められている。纏の『量子』、迅の『覚』、孔明の『千慮』も」


 七罪の声音に感情の起伏はない。ただ事実を並べるだけ。


「未領域課と、また自らが科した軛があるからこそ、好きにできる。自由なんてものは不自由の中にこそ存在してるの」


 七罪は淡々と続けた。


「澪だって、その力を振るえるのは、ダンジョン関連だからこそ志望したんじゃない?」


 澪は黙った。

 確かに、そうだった。自分の中に流れる魔人の血。その力を「正しく」使える場所として、未領域課を選んだ。


「……逢魔さんもそうなんですか」

「私のは――趣味?」

「趣味、ですか」


 澪は呆然と繰り返した。


「警察でいれば、人の罪や業を見られるでしょう。探偵でも良かったけど、公権力がある分、こっちの方が面白そうだったし」

「不純です」

『シチミンは人間観察に関しては純粋だよ☆』


 ラプラスが軽快に割り込む。


「それに魔人に限らず、人間も縄張りは意識する。他者の領分を犯すと面倒。まあ、その面倒なことの調整をするのは孔明なんだけど」


 七罪は小さく肩をすくめた。

 澪は窓の外を見た。パトカーが数台、コンビニの前に停まっている。

 制服を着た警察官が事情聴取などを始めたようだ。


「それに、下手に介入すると、次から難事件が起きても私たちを呼ばないってケースも出てくるからね」

『懐かし☆』


 ラプラスが両手のボードに文字を浮かべた。


『ボクが善意で情報提供してあげたのに、越権行為とか言って縄張りを主張してきて、あそこは未領域課を呼ばなくなったんだよ☆ あ、でも、署長の娘さんがダンジョンで事件に巻き込まれると、掌を返して依頼してきたんだっけ』

「ああ。あの小物界の大物のような――。他の事件で後始末は県警に任せて移動したから知らないけど、なんだか騒がれていた記憶はある。結局、あの男はどうなったの」


 七罪が問うと、ラプラスは少し間を置いてから答えた。


『死んだよ。プライドを重視して未領域課を呼ばなかったことがマスコミに流れて、犠牲者の家族の一人がブスッと刺しちゃった』

「へぇ。そうなんだ。残念……その場面を見たかった。どんな感情の中で死んだんだろうね」


 七罪は心底残念そうに言った。

 澪の中で、何かが弾けた。

 バンッ、と机を叩く音が個室に響いた。


「逢魔さん――貴方達、魔人はなんなんですっ。人が死んだというのに、その場面を見たかったって……!」


 澪の声が震えていた。

 七罪は澪を見た。気だるげな目は変わらない。


「……魔人について聞きたいの」

「――はい」


 澪は拳を握りしめたまま、七罪を見据えた。


「私は、あの一色彩が言った通り、魔人との混血です。でも、魔人について何も知りません。父親がどんな存在だったのかも、魔人がどういう生き物なのかも、何も」


 澪の声が、わずかに震えた。


「教えてください。魔人とは、何なんですか」


 七罪は少しだけ間を置いてから、小さく頷いた。


「いいよ」


 七罪は日本酒を一口飲んだ。


「食べている間の話のツマミぐらいにはなるだろうし」


 個室の扉が開き、店員が料理を運んできた。焼き鳥、刺身、揚げ物。湯気と香りが部屋に広がる。

 店員が去り、扉が閉まる。

 七罪は箸を手に取り、焼き鳥を一本取った。


「それじゃ……まずは」

「邪魔するぞ」


 七罪が話を始めようとしたところで、迅が扉を開けて入ってきた。

 七罪は迅の顔が腫れているのを見て一度ため息を吐き、迅の横にいる少女を見て、小さく舌打ちをした。チッ、という音が聞こえる。


「あのさ。前職ホストなのに、女一人を引き離せないの?」

「ホストは人間相手の商売だ。魔人は専門外」


 忌々しそうに迅は言った。


「魔人について話すんでしょ? 私も混ぜてよ~」


 迅の横にいた一色彩は、まるで友人の集まりに来たかのような笑顔で部屋に入ってきた。

 その瞬間。

 纏が、フードを深く被り直した。

 そして七罪の左腕に、ぎゅっと、しがみついた。

 小さく震える手。猫耳のついたフードの下から、彩を見ている。怯えているのか、それとも別の感情なのか、澪には判別できなかった。

 澪は反射的に立ち上がった。


「貴女……!」


 声が震える。怒りが滲む。

 彩が――あの、真琴を「餌」として利用し、荒蒔を操り、少女たちを監禁した魔人が、何食わぬ顔でここにいる。釈放されたことは知っている。だが、まさかこんな形で再会するとは。


「なんで貴女がここに――」


 澪が怒鳴ろうとした瞬間。

 七罪が、右手を上げた。

 その手のひらが、静かに澪の方へ向けられる。

 言葉は発しない。ただ、その仕草だけで「待て」という意思が伝わってくる。

 澪は唇を噛んだ。

 拳を握りしめたまま、ゆっくりと座り直す。だが視線は彩から外さない。

 七罪は左腕にしがみつく纏の頭を、軽く撫でた。


「大丈夫。私がいる」


 気だるげな声。だがその言葉に、纏の震えが少しだけ収まった。

 七罪は彩を見た。


「で、何の用?」


 彩は楽しそうに笑った。


「だから言ったじゃん。魔人について話すんでしょ? 私も聞きたいな~って」


 その声は軽い。まるで友人の会話に割り込むかのような、無邪気さを装った口調だった。

 だが澪には分かる。

 この少女は、無邪気ではない。全てを計算している。

 七罪は小さく息を吐いた。


「……勝手にすれば?」


 七罪は箸を手に取り、唐揚げを口に運んだ。

 個室に、重苦しい空気が流れた。

 一色彩と蓮見迅が出会ったのは、三十分ほど前に遡る――。




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