第四十七話 沈まない日食
雨音を裂く、強烈なクラクション。
バイクしか通れない細道に逃げこまれ、シルゥを見失ってしまった。
運転席からは、これまで感じたこともないほどの殺気。
ウェハーが車窓を殴り、強い音と共に放射状のヒビが走る。
普段とは違うウェハーに手が震え、声もだせない。
そこに電話で警察へ訴えるクロワの声が聞こえ、ウェハーの圧が和らいだ。
「すみません。取り乱しやした」
「いえ……」
人懐っこい笑みに戻るウェハー。
この笑みの裏に、理不尽をどれだけ飲みこんでいるのだろうか。
秘めた怒りに見合う言葉を僕は持ちあわせていなかった。
──シルゥを取り戻せないまま、日付を跨ぐ。
ウェハーだけがスピード違反で逮捕されてしまった。
手がかりを失い、一度ガレージに集まることに。
深夜のガレージには、僕、クロワ、キャメル、チーザの4人だけ。
チーザとキャメルの表情も暗い。
覚悟を決め、一歩前に出る。
「皆さん、シルゥさんが誘拐されました。エクリプスの総力をあげて追いたいと考えています。クロワさん、警察とのやり取りの報告をお願いします」
苦虫を噛み潰したような顔のクロワが、通話記録を全員へ転送した。
「警察もグルです。そのような逃走車はいないの一点張りです」
さらに、街の監視カメラのデータを転送するクロワ。
映像にウェハーの車はあるが、逃走するバイクだけが不自然に消えている。
政府が関与しているのなら、ウェハーもいつ釈放されるのか分からない。
眼鏡を直すクロワ。
「交通システムに問いあわせた段階で消えていました。それに、トレーニングルームの映像も同様です。恐らく、政府の手が回っているのかと……」
「トレーニングルームに映ってない人の絞りこみは終わったのですか?」
僕の問いに、クロワが目を伏せ頷く。
「アポロさんただ一人です」
沈黙が降りる。
今──引っかかっていた記憶が重なった。
「僕はあのライダースーツを見たことがあります」
一瞬で驚愕の表情が伝播していった。
「なぜ今になってその情報を!?」
「ハーちゃん、どこで見たの!?」
「ハーベスト、隠しごとはナシにして」
胸の奥に鉛のような重さがつっかえる中、どうにか声を絞りだす。
「アポロさんです。彼女の部屋の壁にかけてありました」
同じスーツを見たキャメルが、息を呑む。
「カレンデュラの意匠……」
「キャメルさん、事態が事態です。知っていることを教えてください」
キャメルがゆるく首をふる。
「強化兵士のプラント。その一つのモチーフってことしか知らないの。詳しいことはナックさんに聞くしかない」
耳にした瞬間、反射的に口が動いた。
「僕は反対です! ナックさんにこれ以上負担をかけるなんて!」
病みあがりのナックに頼るのは違うと思う。
近寄ってきたチーザが僕の肩に手を乗せた。
「ハーちゃん、落ちついて。先輩なら相談しても大丈夫」
クロワが首を振りつつ長めに息を吐き、チーザの方を向いた。
「私もハーベストさんの意見に賛成です。私たちで最善の努力をするべきです」
「クロちゃん! あとから知った先輩は絶対に傷つくよ! 先輩だってエクリプスのメンバーなんだから言うべき!」
「チーザさんの理屈は分かります。ですが今、負担をかけるのは反対です」
しばらく黙っていたキャメルも口を開く。
「ナックさんが相当無理しているのは分かる。だからあたいも反対」
何日も生死の淵を彷徨ったナック。
問題ないと言っていたけれど、それが嘘なことくらい分かる。
僕は拳を握り、腹に力をいれた。
「エクリプスとしての方針を決めました。ナックさんには伝えません」
「でも! ハーちゃん!」
「リーダーは僕です。考えがあるので任せてください」
一人、不満顔をするチーザ。
けれど、それ以上の反論はなく、ひとまず解散となった。
仮眠のため、それぞれの自室へ戻る。
でも、眠れる気はしない。
迷惑も考えず死蝶に連絡すると、コール音たった2回で秘匿回線が繋がった。
「夜更けにすみません。死蝶さんにご相談があるのですが……」
『……まだ夜明けには早いがな。用件はナック絡みか?』
僕は一通りの事情を説明していく。
死蝶は質問することもなく、黙って最後まで聞いていた。
「以上です。僕が言うのもなんですが、連絡を予想していたのはなぜですか?」
こんな遅い時間にすぐ繋がったのは、そうとしか考えられない。
『……逆に危機感がなさすぎて驚いたぞ』
死蝶がため息まじりに続けた。
『こちらでは、ウェハーの逮捕情報も独自に仕入れてある』
「警戒はしてたんですが」
『甘い。マリンの忘れ形見が狙われるのは必然だ。ナックとアポロが狙われた直後だぞ? ナックの回復にあわせて事態が動くのは予想できたはずだ』
言い返せず、唇を強く食む。
『まぁいい。ここで言い募っても詮ないことだ。調査はこちらで引き継ぐし、助っ人も手配してやろう』
「ありがとうございます」
『礼などいらん』
ぶっきらぼうな言い回しの中に、彼なりの優しさを感じた。
「ソルティさんとも早く仲直りしてくださいね」
『……いや、簡単に許されてはならない。アイツにも恨む相手は必要だろう』
やはり、強化兵士は不器用な人が多いと思う。
定期連絡の時間を決めて通話を終えた。
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慌ただしく動く日々。
アラームが鳴る前に目が覚めた。
アポロの消息は見つからないし、ソルティとも連絡がつかないままだ。
「ウェハーさんとの面会すら叶わないなんて……」
まだ逮捕されたままで、面会を断る理由も「公務だから」との答え。
警察も敵とみて間違いない。
薄暗い部屋の中に少しずつ朝日が差しこみ始める。
すると、早朝にも関わらずルームホンが鳴った。
今日は死蝶が手配した人が訪ねてくる日だ。
女子宿舎の部屋の前まで入れるということは、相手は女性だろうか。
メイクをする暇がなかったことを不満に思いつつ、部屋のドアをあけた。
「メリーさん!? どうしてここに!」
リーグ戦の真っ只中。
バルキリーのリーダーであるメリーがここにいるはずがない。
「あら? 仕事を休んでまで駆けつけたんだから、早く入れてくれる?」
「どうぞ」
部屋に招き入れ、ひとまずコーヒーを淹れる。
生クリームが少しあったので、ウインナーコーヒーにした。
「ありがとう。これが噂のライジングサンのコーヒーね」
「僕がチームで一番年下だから飲み物担当を務めているだけですよ」
軽口を叩きあい、コーヒーを飲んで人心地つける。
「それで、こんな朝早く来たってことは何か新情報があるのでしょう?」
「ええ。あまり良くない情報よ。それに一刻を争うわ」
「だから試合を休んでまで来てくれたのですか?」
コーヒーを飲み終えたメリーが優しく微笑む。
「マリンの最期の言葉が『シルゥを頼むわ』だったのよ。モンドさんに言われなくてもここに来たわ。エクリプスと違ってうちには優秀な控えが多いしね」
メリーがウインクをし、少しドキッとした。
「僕、知らなかったな。アイドルのウインクって攻撃力高いんですね」
「ふふっ。直接データを渡すから端末を貸して」
有線で彼女が転送してくれたデータを確認する。
「これって……宇宙港ですか?」
手ブレの残る、政府が介入できない人海戦術と思われる映像。
「12:15:39を確認しなさい」
言われるままにシークバーを調整する。
「シルゥちゃん!」
一瞬だが、画面の端でシルゥがバイクスーツの人物と一緒に映った。
シルゥが誘拐犯と共に宇宙にいる。
他の恒星系に連れ去られたということだろうか。
「メリーさん!」
「大丈夫」
自信ありげなメリーが頷く。
「今、宇宙ステーションでは暴動が起きていて、恒星間航行はできないから」
頼もしい。足止めをしてくれているのだろう。
確かにいつまで持つか分からないし、急ぐ必要がありそうだ。
犯人はフルフェイスヘルメットを被っていて、顔が見えない。
「このバイクスーツの人は?」
「画像の解析結果だと、アポロで間違いないわね」
特徴の一致度が99%で、セブンスカイズ協会が手引きしているとメリーは語る。
「セブンスカイズ協会と政府が手を組んでいるということでしょうか?」
「……どうも、セブンスカイズ協会の独断に近いっぽいのよね……」
どうにも歯切れの悪いメリーの回答。
さらに質問しようとしたら、人差し指を唇に押し当てられた。
「ヤバいデータだからすぐに消して」
それは言われなくても分かる。
もし発覚したのなら、命すら危うい代物だ。
「どうしてここまでしてくれるんですか?」
思わず聞いてしまった。
マグカップへ視線を落としたメリーが、飲み口を指でなぞっている。
「ライジングサンこそ知らなかったの?」
思い当たることがなく、固まってしまう。
「ナックさんが困っていると言えば、命を捨ててでも動くファンはたくさんいるのよ? わたしたちの英雄なのだから」
心がふっと軽くなる。
ナックが倒れてから、味方はエクリプスだけだと感じていた。
けれど、ナックを大切に想う人は大勢いる。
そのことが、強張っていた体を隅々までほぐしていく。
「メリーさんもファンの一人ですもんね」
「それは違うわ」
ちょっと驚いた。
メリーもナックへの好意を隠そうとしていなかったはずなのに。
魅惑的な笑顔を浮かべるメリー。
「いい? 覚えておいて。わたしはナックさんの大ファンなの」
とびきりのアイドルスマイルに思わず惚れそうになった。
「ナックさん……愛されていますね」
「当然よ。どんな死地に送られても返ってきたの。それに勇気づけられた強化兵士は数えきれないわ」
「僕らだってそうですよ。助けられた人は大勢います」
メリーをはじめ、強化兵士たちが支えてくれている。
「今から宇宙へ行きます」
「メリーの忘れ形見を必ず取り返してきて」
力強く頷きあう。
そうして様々な人の助けを借り、僕らエクリプスは宇宙へ向かった。





