第四十六話 太陽に託す
あれから数日。
今日はクロワと一緒に、ナックの病室を訪れていた。
スイートピーの甘い香りが、部屋に入ってすぐに鼻孔をくすぐる。
キャメルが先に来て、見舞いの花を取り替えてくれたのだろう。
ナックが体を起こし、それを止めようとクロワが駆けよった。
「ハーベストとクロワか。さっきまでキャメルがいたんだがな……」
「ナックさん、寝ていてください」
「大丈夫だ。目のこと以外は何も問題ない」
ナックの目に巻かれた包帯。
それを見るクロワの表情は、悲痛なものになっていく。
「すみません……まだ犯人を捕まえられておりません」
「クロワ、気に病むな」
ナックが倒れたとき、一番近くにいたクロワは犯人を強く意識している。
口にはしていないが、絶対に捕まえるという決意が感じられた。
僕は重い空気を入れかえようと明るい声をだす。
「それにしても! 僕らが入ってきたの良く分かりましたね?」
「あぁ、足音のクセで分かった」
「驚かせようと思ったのに残念です。この花、薄い桃色で綺麗ですね」
言いながら、花瓶に挿さっているスイートピーの花びらを撫でる。
柔らかい感触が僕の指をそっと押し返してくれた。
ナックが小さく息を吐く。
「あぁ、その美しい色を見られないのが残念だ」
「そういえばソルティさんはお見舞いに来たんですか?」
「いや、ソルティは来てないな」
クロワがナックへ見舞いの品を差しだし、沈痛な面持ちを見せる。
「そのことですが実は……」
クロワがこれまでの経緯を話してくれた。
正直、言いづらかった内容だったし、肩代わりしてくれたことはありがたい。
失明すること。それを皆が知ったこと。
アポロの失踪。
メンバー欠員で不戦敗となったこと。
この一件に政府が絡んでいる疑惑。
最後に、ソルティが単独で犯人を追っていることを伝える。
ナックが強い反応を示したのは、視力のことをソルティが知ったことだった。
「そうか……知られてしまったのは仕方ない」
僕は思わず、自分の腕を強く握りしめてしまう。
包帯があって、ナックの表情は分からない。
「アポロがいなくなったのなら、ソルティは無茶をする可能性があるな」
「え? ソルティさんはアポロさんと不仲でしたけど?」
「いや、ソルティは……仲間になった相手を絶対に見捨てることはない」
そう呟いたナックが、扉の方に顔を向ける。
「そうだろう? そこで聞き耳を立てているウェハー」
僕とクロワが扉の方を振り向くと、バツの悪そうなウェハーがいた。
「っすね。姉貴なら、命の危険も顧みず、アポロを救おうとするでしょうね」
「ウェハーさん、いつからいたんですか?」
影が薄くて気づかなかった。
それ以上に、目が塞がれているナックが気づいたことに驚く。
「ウェハー、俺は動けん。だからソルティを頼む」
「あいよ」
ナックとウェハーがしばらく無言で向きあう。
二人からは、これ以上言葉は不要という雰囲気が感じとれた。
ウェハーが苦笑いを浮かべながら後頭部をかく。
「ナックさんも早く元気になって、シルゥに会ってやってくだせぇ」
「彼女との約束をすっぽかしてしまったな。……怒っているのか?」
「ええ、かなり。なのでどう謝ろうか悩んでやす」
ウェハーは、ナックの容態をシルゥへ伝えていないらしい。
ナックが倒れたあの日は、僕らもシルゥの入学祝いでウェハー宅を訪ねる予定だった。ウェハーまで家を空けたのに、理由も教えてもらえずにいたのだ。
シルゥには怒る権利があるだろう。
「僕らも謝らないといけないですね。クロワさん、何かプランはありますか?」
「フッ、お任せを。幼いとはいえレディです。お姫様として遇しましょう」
ウェハーはクロワと謝罪プランの相談を始める。
僕も会話に加わろうとしたら、ナックから声がかかった。
「ハーベストだけ少し残れ」
その言葉を合図にウェハーたちが退室していく。
僕だけが残されたのは、何か重要な話だろうか。
緊張で喉が渇き、唾を飲みこんだ。
「はい。なんでしょうか?」
包帯ごしの表情では、真意が読みとれない。
室温があがったわけでもないはずなのに、汗が吹きだしてくる。
「あの……ナックさん?」
「ハーベスト、緊張しているのか?」
「そりゃ一人だけ残るように言われたら、緊張もしますよ」
ナックは「そうではない」と緩く首を振る。
「お前がエクリプスのリーダーだ。そんな頼りない様子では困るな」
諭してくる声色は柔らかい。
「俺の目のことや、アポロのことで気負いすぎている。もっと肩の力を抜け」
ライジングサンだなんて煽てられていても、僕はまだ人が死ぬようなことに責任なんて持てない。
毒による暗殺未遂。
仲間の失踪と殺処分疑惑。
どれもこれも僕の手にあまるものばかりだ。
「僕にリーダーは無理かもしれません。ソルティさんの方が……」
「いいから聞け」
僕の吐く弱音を、ナックは止めた。
「ソルティは味方も多いが、敵も多い。強化兵士であるアポロは、常に命の危険を感じながら生きている。鳥かごで辛うじて生かされているに過ぎない」
ナックが言う《鳥かご》は、セブンスカイズのことだ。
大戦で宇宙を翔けていた強化兵士たちは、狭い競技フィールドを檻とすら呼ぶ。
ナックの考えが垣間見えた気がした。
「今のセブンスカイズには太陽がある。それはお前だ、ハーベスト。お前を中心にセブンスカイズは回る。俺はそう確信している」
逃げを許さないナックの威圧。
見えていないはずの視線に思わずたじろいだ。
不安の闇で、目の前が塗りつぶされそうになる。
失明が避けられないナックが隣で戦うことはもうない。
──「僕にできるでしょうか?」
そう言葉にしたいのにできない。
憧れた人が僕に期待してくれているから。
それを裏切ることなんてできないし、応えたい。
──「僕が貴方の希望の光になってみせますよ、ナックさん!」
そう言葉にしたいのにできない。
自信がないとかではなく、言葉にしたくないから。
いつまでも導いてほしい。隣で戦ってほしい。
それが叶わぬ願いだとしても。
だから、すべてを背負う覚悟だけを心に宿す。
「はい」
「いい目だ。頼んだぞ」
包帯で目が塞がれているナックからの激励。
声は力強く、嘘の色はまったくない。
彼の閉ざされた瞳に、今の僕はどう映ったのだろうか。
扉の方へ向かい、ナックの方へ振り向いて告げる。
「退院祝いには、とびきりのサングラスをプレゼントしますね!」
わずかに緩んだナックの口元に見送られ、僕も病室を後にした。
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ソルティの足どりが掴めないまま、日が傾き始める。
ひとまずお詫びの品を購入し、ウェハーの運転する車でシルゥの元へ。
車窓から見える雲は、どんよりとし始めていた。
「天気が急変しましたね。バーベキューは無理かな」
「フッ、ハーベストさん。私が雨の可能性を考えていないとでも?」
眼鏡を直すクロワの指は震えていたので、雨を失念していたのは間違いない。
けれど、屋内でステーキにする選択肢もあるから、完全な失敗でもないだろう。
「焼きマシュマロだけはちょっと難しいけど、また今度って約束すれば、シルゥも矛先を収めてくれますよね?」
そう運転席のウェハーへ声をかけると、彼も笑って頷いてくれた。
談笑を続けていたら雨が降ってきて、一気に辺りも暗くなる。
「夜は土砂降りになりそうですね。チーザさんたち大丈夫かな?」
雷鳴が鼓膜を揺らす。
強くなる雨脚。湿気も肌にじわりと感じる。
暗い中でうすぼんやりとウェハー宅が見えてきた。
「あ、見えましたよ!」
気持ちだけは沈まないよう、明るい声で指差す。
けれど、視界の悪い中で、幼い子供らしきものがバイクに積まれている。
ウェハーが高精度望遠特定機能を使い、即座にサブウインドウへ表示した。
拡大して映し出されたのはシルゥの姿。
「シルゥーーー!」
普段は温厚なウェハーが叫び、クロワは端末を取りだす。
「ウェハーさん! そのまま追跡を!」
クロワはすぐさま警察に連絡を取り始めた。
ウェハーがカーチェイスを繰り広げていく。
制限速度を完全にオーバー。
いつ事故を起こしてもおかしくない追走劇。
それでも、小回りの利くバイクには少しずつ引き離されていく。
僕は助手席で固まっていることしかできない。
逃走する誘拐犯のバイクスーツ。
それには強い引っかかりと、デジャヴを感じていた。
「あのスーツ……」
「ハーベストさん! ぼさっとしてないでチーザさんたちに連絡してください!」
思考はクロワの怒声で遮られ、慌てて僕もチームの皆へ連絡をしていく。
止まない雨。見えない太陽。
連絡を終えた頃には、バイクのテールランプも見えなくなっていた。





