第四十五話 隠された欠陥
ナックが毒で倒れた。
選手宿舎のトレーニングルームに入れるのは、選手か卸業者くらいだ。
嫌な汗が伝い、政府からの関与を疑いつつ救急車を手配する。
「これって政府が……」
「いえ、ハーベストさん。政府が仕掛けるケースは必ず失踪の形です」
過去、廃棄処分された強化兵士は、生きていた痕跡をまるごと消され、必ず失踪扱いになっていた。
確かに露骨な毒殺に訴えるとは考えにくい。
この春から卸業者が変わってもいる。
だが、ナックはプロテインを信頼できる独自ルートから仕入れていた。
混乱しながらも思考を進めていると、入口が急に騒がしくなる。
「ナック!」
「先輩!」
ソルティやチーザが事件を聞いて駆けつけたのは、救急車が到着したのとほぼ同時。
僕は二人に深く頭をさげた。
「ソルティさん、チーザさん。ナックさんへの付き添いをお願いします」
強く握りしめた手のひらに爪が食いこむ。
悔しい。本音を言えば僕が傍についていたい。
けれど、事件現場と倒れた瞬間を知る僕はここに残るべきだろう。
屈託のない笑顔を浮かべるチーザ。
「任せてハーちゃん!」
僕の肩に添えられた手は震えていた。
チーザは、気が動転しているソルティを引き連れ、救急車でナックを病院へ。
それを見届けたのち、調査を続けていたクロワと再び合流する。
「クロワさん、何か分かりましたか?」
「選手、卸業者以外の線が浮かび上がってきましたよ」
他の選手へ聞きこみを行っていたクロワ。
昨日、トレーニングマシンの不調で、メーカーのスタッフが複数人立ち入っているとの新情報を得ていた。
しかし監視カメラでは、プロテインの在庫に近づいた様子が一切ない。
映像を確認するクロワの表情には、怒りの色が滲む。
「絶対に証拠を掴んでみせます。ハーベストさんも病院へ向かってください」
まっすぐに僕を見据えてくるクロワの瞳。
眼鏡の奥に揺るぎない覚悟を見た。
「お願いします。女子宿舎での聞きこみを終え次第、僕も病院にいきますね」
「ええ。私のヒーローを頼みます」
バーでクロワが語っていたナックへの憧れ。
その想いを共有しているからこそ、全幅の信頼を預けられる。
女子宿舎で情報の裏取りを進めつつ、キャメルと合流。
すぐさまナックが入院した病院へ向かった。
チーザと連絡を取りあい、受付フロアで合流して歩きながら説明を受ける。
「先輩は今、ICUに入ってて」
「え!? それほどの毒だったのですか!?」
「ううん。解毒はできたんだけど……」
チーザが語る真実に、僕とキャメルは言葉を失う。
ナックが侵された毒には、強化兵士にだけ反応する成分が混ざっていた。
沈んだままのチーザの声が続く。
「強化兵士の欠陥が進行する成分なんだって」
強化兵士は強靭な肉体と精神を持つが、寿命が長くはない。
さらに強化の弊害として、身体機能のどこかしらが急速に衰える欠陥を持つ。
震えているキャメルが声を絞りだす。
「でも、ナックさんに欠陥の兆しなんて……」
僕には心当たりがあった。
「視力低下ですね」
チーザは何も言わず先行し、キャメルは納得の表情を僕に向ける。
「ハーベストも知っていたのね」
「キャメルさん今はやめましょう。それに着きました」
ガラス張りの集中治療室。
ガラスに貼りつくようにして、ソルティが辛うじて立っていた。
近づくと、即座に向き直って僕の肩を強く掴む。
「ハーベスト! ナックの視力、知ってたろ! なんで言わなかった!」
視力低下の症状は、ずいぶん前から進行していたと医者から聞いたらしい。
けれど、それは僕に言われても困る。
「僕がたずねたら白状しましたよ。気づかない方が鈍いんじゃないですか?」
相棒ヅラしてナックの変化に気づけないなんてそっちの方が悪い。
その本音が悪態として出てしまった。
当然、殺気じみた怒りを呼びこんでしまう。
「あ? てめぇ!」
強烈な頬の痛み。
気づいたときには思いっきり殴り飛ばされた後だった。
ふらついてその場にへたりこむ。
床に体を預けていても、大荒れの船にのっているような感覚が続く。
体を起こしてソルティを睨むと、間にチーザが割って入ってきた。
「ハーちゃんを責めるのは筋違い! そんなの先輩だって望んでない!」
頬を押さえていたら、キャメルからそっとハンカチを差しだされた。
「ハーベスト。知っていることを話して」
「……はい」
リーダー依頼をされた経緯。
僕が気づいたナックの異変のすべて。
語り終える頃には、皆の表情も暗くなっていた。
ソルティが壁を打ちつけ、もたれかかったまま崩れ落ちていく。
「くそっ! あのバカ! 言えっての!」
騒がれるほどに黒い感情が渦巻いてくる。
口の中を切ったのか、じわりと広がっていく血の味。
隣にいたキャメルが僕の顔を覗きこみ、目配せで場所を変えるよう促してきた。
キャメルの後に続き、自動販売機コーナーへ。
ミルクティを二本買ったキャメルが、一本を僕に投げ渡す。
「らしくない」
「そうでしょうか?」
つい強がりを返してしまう。
僕の心の内を見透かしたかのように、キャメルは微笑んだ。
「本当は気づいているんでしょ?」
黙って頷く。
ソルティに対して感じる苛立ち。その感情の意味。
ナックの不調は、キャメルをはじめとするチームの皆も薄々気づいていたこと。
気づいていないのはソルティただ一人。
「悔しいよね、ハーベスト」
「……ですね」
体の異変を決して知られたくなかった相手。
ナックが必死に隠し通したのも、ソルティただ一人だ。
妬かないのは無理がある。
けど、ミルクティを飲み干すのと一緒に、不満を押し流した。
「キャメルさん、もう大丈夫です。そろそろ戻りましょう」
チーザも言っていたように、チーム内でいがみあうことをナックは求めていない。
今はナックの無事を祈り、犯人を捕まえるのに専念すべき。
自分にそう言い聞かせ、再び集中治療室前へ向かう。
「このヤブ医者がぁぁあ!」
次の角を曲がればというところでソルティの怒声が聞こえ、慌てて駆けだす。
廊下を曲がった先で、医者の胸ぐらを掴むソルティが目に飛びこむ。
必死にチーザがソルティを止めていた。
「ソルティさん、落ちついてください!」
「うるせぇチーザ! ナックが失明するなんて納得できるわきゃねーだろーが!」
その言葉に思わず息を呑む。
僕も医者に駆け寄って詳細をたずねた。
渋い顔をした医者は「奇跡的に回復したとしても失明する」と言う。
激昂するソルティと、羽交い締めにして押さえているチーザ。
「何が何でも犯人を殺してやる! 絶対にだ!」
「ダメです! そんなことしたらエクリプスがなくなっちゃう!」
そうして物々しい雰囲気を残し、無理やりソルティを連れ帰った。
心のざわめきを押さえられず、一睡もできないまま朝を迎える。
今日の鏡に映るのは目元の腫れた僕。
「皆に話さなきゃ」
早朝からチームを専用ガレージへ招集し、改めてナックのことを伝えた。
ソルティとクロワが口々に叫ぶ。
「俺はメーカーへ向かう!」
「私は疑わしき選手を当たってみます!」
二手に分かれて行動することに。
僕とキャメルも選手への聞きこみ班となった。
「あたいはベテランの選手に当たってみる」
「お願いします。僕は若手を中心に回ってみますね。でも、その前にアポロさんを呼びにいきましょう」
アポロは今朝の招集にも応じず、返事すらない状況だ。
さすがにチームリーダーとして見過ごせない。
文句の一つも言ってやろうと、二人して女子宿舎へ乗りこんだ。
廊下を進む間にも怒りが沸々とこみあげていたので、激情に任せてドアをノックする。
ドアを叩く手には鈍い痛みを感じ、廊下には硬質な音が響いた。
「アポロさん! リーダー命令です! 今すぐ開けてください!」
しつこくドアを殴りつけるも一向に反応がない。
あまりの静けさに、強い違和感を覚える。
「待ってハーベスト。様子が変」
「僕もそう思っていたところです」
女子宿舎の管理人に連絡を取り、僕の責任で開けてもらった。
ドアを開いて中を覗きこむと、明かりもなく静けさだけがある。
部屋に入るとすぐ異変に気づいた。
「キャメルさん!」
「分かってる」
部屋には荷物が一つもなく、アポロもいない。
まるで最初からそんな人はいなかったかのよう。
キャメルと手分けして、チームの皆へアポロが消えたことを連絡。
「あとはクロワさんだけ……」
最後の連絡をしようとしたとき、端末に一斉メールが届く。
まだ辞退を申請してもいないのに、セブンスカイズ協会からエクリプスの不戦敗の報が流されていた。
「何ですかこれ!」
「……やられた。協会は政府とグルだったのね」
キャメルの声を聞いた瞬間、クロワが語っていた言葉と現状が急速に重なる。
──「ハーベストさん。政府が関与するとき、強化兵士は生きていた痕跡をまるごと消され、必ず失踪扱いになっているのですよ」
今は、呼吸すらうまくできなかった。





