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毛玉の短編集

朝、起きたら朝だった

作者: 元毛玉
掲載日:2025/10/13

 (まぶた)に感じる陽射(ひざ)しの暖かさで目を覚ます。

 野営地(やえいち)と思われるところで集団で雑魚寝(ざこね)をしていた男。

 一人、昇らない朝日を見つめていた。


「また朝か……」


 そう男が(つぶや)くとからかうような声が次々とかけられる。


「ま~た、セグがなんかいってやがるぜ」

「一体、何世紀前の話をしてんだよ? ハハハ!」


 セグと呼ばれた男が振り返ると、(おさな)い頃から彼とつき合いの続く髭面(ひげづら)の集団がいる。

 一人が駆け寄ってきてセグの肩を()いた。


「セ~グ! お前の前世の記憶とやらで俺らの生活を楽にしてくれよ? 俺、宇宙いってみた~い!」

「まったくだ。宇宙とやらがあるんならな。お前ら、さっさと狩りに行かないと嫁たちにどやされるぞ?」


 ふざけ合っていた男どもだが、リーダー格の男が仕切(しき)り出すと真面目な顔になり、海へ向かうために(もり)(あみ)を手に取って準備を始める。

 表情を(くも)らせるセグ。


「グト、俺は……」


 グトと呼ばれたリーダー格の男は、セグの頭へ優しく手をのせた。


「セグ。気にするな。お前の前世の知識とやらで助かったのは間違いないんだ。色々とまだ混乱しているのなら今日は狩りに参加せず、ゆっくり休め」


 そう言葉を切り、グトは集団を連れ立って海と思える方向へと去っていく。

 セグは振り返ることなく、朝日を見つめたまま嘆息(たんそく)した。


「なんで誰も異常に思わないんだよ……」


 ちょうど一年前、セグに転換期(てんかんき)(おとず)れる。

 狩りの(さい)に大怪我(けが)を負い、重症(じゅうしょう)となったセグは生死(せいし)(さかい)の中で前世の記憶を取り戻した。

 その日から続けた観察記録(かんさつきろく)

 セグの手記(しゅき)にはこうある。


 ──様々な記録や地層(ちそう)から判断して、現在が西暦7000~8000年相当(そうとう)であると推定(すいてい)される。断定(だんてい)は難しいが、地球の自転が止まったのは恐らく6000年代。気候変動の激動期(げきどうき)()て、現在は安定期(あんていき)に入った模様(もよう)


 ……と、セグは(しる)している。推測(すいそく)(いき)を出ていないのは確認できていないためだ。


 ここでセグが(しめ)している安定期とは、大気大循環(たいきだいじゅんかん)偏西風(へんせいふう)消失(しょうしつ)し、海流(かいりゅう)(なぎ)の状態を維持(いじ)して大気も無風(むふう)(かぎ)りなく近くなったことを()す。

 かつて太平洋と呼ばれた海からは水分が消え、巨大な塩の大地が生まれた。逆にかつてのヨーロッパやアフリカの西部、大西洋の東側を中心に巨大な氷山山脈となり、規模(きぼ)標高(ひょうこう)もヒマラヤ山脈など()ではない。

 だがセグには、そのことを確認する(すべ)がなかった。


「現状の文明レベルではとても現地まで行けないな。俺と同じように前世の記憶を取り戻した協力者を見つけなければ無理だ」


 セグの言葉は、現在の文明が2000年代と(くら)べて(いちじる)しく後退(こうたい)していることと、人類の生活圏(せいかつけん)が《地球リング》と呼ばれる所に限定されていることを意味する。

 常に昼の大地では気温が100℃を超えるため生物が生息(せいそく)できない。

 常に夜の大地は、気温は氷点下100℃を下回るため、こちらも生存圏(せいぞんけん)ではなかった。

 唯一(ゆいいつ)、生存可能なのが《地球リング》。

 太陽に対し、外周のリング状のところにのみ存在し、この部分だけに海がある。

 地表の生態系(せいたいけい)軒並(のきな)み破壊された今、海洋生物(かいようせいぶつ)貴重(きちょう)なタンパク質の(みなもと)であった。


「行ってみるか黄昏(たそがれ)の土地へ。だけど、グトが許可(きょか)してくれるかな?」


 セグは立ち上がり(まき)の入った(かご)(かつ)いだ。

 素肌(すはだ)の肩には、長年の生活でついたと思われる(なわ)(あと)がくっきりと浮かんでいる。

 (しげ)みの中から突然飛び出した影がその痕を強く(たた)いた。


「ほら! しゃんとしなよ! なんでここにいるの? 皆はもう狩りに出かけてるよ?」

「モニー、叩くな痛い。俺は免除(めんじょ)されただけだ」


 叩いたモニーと呼ばれる女は(わる)びれた様子もなく、セグの腕を取って自身の体に押し当てた。


「何よ。前世がどうとか言い始めてから少し変わったよね? ご無沙汰(ぶさた)だし、休みならこれからどう?」


 モニーの態度(たいど)にどこかバツの悪い顔をしたセグだったが、表情を引きしめ真剣な眼差(まなざ)しへ変わった。


「モニー。真面目な話がある。俺と別れてくれないか?」

「嫌よ」


 即答(そくとう)で返されて面食(めんく)らうセグ。

 モニーは(にら)みを()かせながら、額同士(ひたいどうし)をぶつけてきた。


「黄昏の地へ行きたいって顔をしてる。私ね、セグがそう言いだす予想はしてたの。でも、未亡人(みぼうじん)になるのも嫌だし、離婚(りこん)を認めるつもりもないから」


 言い終えるとモニーは激しくキスをした。

 突然のキスに戸惑(とまど)いつつも、至近距離(しきんきょり)でモニーの涙を見たセグ。そっと(ひとみ)()じ、彼女を受け入れた。



 ◇◆◇◆◇



「慣れないなこの感覚だけは」

「そう? そろそろ起きる?」


 前世の記憶に引きずられるセグにとって、明るい中で夫婦の(いとな)みを行うことがどうにも慣れなかった。

 とはいえ、この地では朝しか存在せず、暗い時間を知らないモニーにとっては日常だ。

 先に起きたモニーは食事の準備を始めたようで、魚介スープの香りが寝室まで(ただよ)い出す。

 それにつれられるようにセグも重い体を起こした。

 準備が(ととの)ったのかモニーが空の(なべ)を何度も叩く。


「ほ~ら、早く。冷めちゃうから!」

「今、行く」


 着替えと軽いベッドメイクを()ませ、セグはダイニングの方へ向かう。

 笑顔のモニーが席について待っていた。

 二人で食事を始める。朝しかないので朝食以外は存在しない。


「朝から蟹鍋(かになべ)とは……とても贅沢(ぜいたく)な気がするな」

「また前世の話? それよりも将来のことを話そうよ。私、そろそろ子供欲しいし」

「モニー、改めてきちんと話し合いたい」


 セグが話し始めた内容は、昨日の別れ話のことだった。

 彼らの言う「黄昏の地」とは、常に夕方の大地のことを意味していて、《地球リング》上で真逆(まぎゃく)の位置をさしている。

 その地を求め、これまでも多くの者が旅立(たびだ)ったが、帰還者(きかんしゃ)は一人もいない。(ゆえ)に黄昏の地を目指す者は自殺志願者(じさつしがんしゃ)として(あつか)われた。


「俺は生きてより良い明日を手に入れるためにかの地へ向かう。だから……」

「嫌よ。何度も言わせないで」


 取りつく(しま)もないが、セグは必死で(うった)える。

 それを聞き続けたモニーはどこか冷めた表情で、視線(しせん)を外しながら言った。


「仮にセグが本気で目指していたとして、一人でどうするのよ? 一緒(いっしょ)心中(しんじゅう)してくれと言って、誰がついて来てくれるの?」


 モニーの言葉に、セグはガックリと肩を落とす。

 視線を落とした苦い表情からも薄々(うすうす)は気づいていたことがうかがえる。

 手に(あご)をのせ、興味(きょうみ)なさげなモニーが続ける。


「セグは生きて帰るつもりだって言うけどさ。何年かかると思っているの? それに……知らない土地で生きていくのが大変なのは、さすがに分かるよね?」


 完全にうつむいて一言も発しなくなったセグ。

 モニーは席を立ち、セグの肩に一度軽く手をおいてダイニングを後にする。

 (とびら)が閉まるのと同時にセグは手記を取り出し、感情のままにそれを(やぶ)()てた。



 ◇◆◇◆◇



 あれから三年。

 最初は、何もかも(あきら)めたような抜け(がら)の日々を続けていたセグだが、一昨年(おととし)に娘が生まれてからは育児に全力で取り組むようになった。

 セグの笑顔からは黄昏の地へ向かう意欲(いよく)(うしな)われた……かに見えていた。


 大地が、世界が、すべてが()れる。常識(じょうしき)(くつがえ)すような地震が起こる。

 地球が自転を失ってから初となる大地震。

 誰もが両足で体を支えることを困難(こんなん)とし、大地に()いつくばって()れが(おさ)まるのを待つ。

 強すぎる()れが(ゆえ)悲鳴(ひめい)すらあがらず、誰もが早く過ぎ去ることだけを(いの)った。

 祈りが(とど)いたのか、()れが収まり、倒壊(とうかい)した建物からは次々とうめき声が上がりだす。

 いち早く広場へ村のリーダー格であるグトが駆け出した。


「おーい、皆は無事か? 手分けして村の者の生存確認(せいぞんかくにん)にあたれ!」


 屈強(くっきょう)な男たちはすぐさま瓦礫(がれき)撤去作業(てっきょさぎょう)を始める。

 皆が口々に文句を言い作業する中、海の方へ走る一人の男がセグだった。

 グトが大声をあげる。


「おい、セグ! どこへいく? こっちを手伝え!」

「すまん、グト! 海を見なきゃならない。それから万が一のときには高台(たかだい)避難(ひなん)できるようにしててくれ!」


 セグは走った。

 妻を守るため。娘を守るため。まだ生まれていないお腹の子を守るため。

 汗も不安も何もかもを置き()りにし、ただ夢中で。

 そうして海の状態が確認しやすい(みさき)へと辿(たど)りつき、普段から目印にしていた海食柱(かいしょくちゅう)凝視(ぎょうし)し、潮位(ちょうい)に変化が無いかを確認していく。


「良かった。まだ変化はない」


 その後もセグは、時間差での潮位の変化を確認するため、海食柱を監視(かんし)し続けた。

 半刻後(はんときご)

 大きく目を見開いたセグの背には、冷や汗が伝う。

 目印の岩にかかる影の長さが変化していた。

 (しばら)くの間、セグは呼吸を忘れて海食柱の影を凝視していたが、ようやく飲みこむ心の準備が整ったのか、(のど)()らす。


「……間違いない。昇っている(・・・・・)


 朝、目覚めたら朝になっている。

 そんな日常に終わりが来た。海食柱から()びる影を見て、確信へと変わる。

 激動(げきどう)の時代。

 期待なのか、決意なのか。セグは強く(こぶし)(にぎ)りしめた。

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i1084075
― 新着の感想 ―
どんな生き方をしたらこんな物語が思いつくのか…… 想像もつきません。 評価させていただきました
とても興味深い発想でした!自分も夜が無いのは厳しいなぁ...
 地球の自転停止と極端な温度差が起きてる区域のあるif 世界、恐ろしさと興味深さが双方混じってますね。  仲間に認識を奇妙に思われながらも険悪になることなく過ごし、リーダーのグトさんやパートナーのモニ…
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