第四十一話 新しい季節の幕開け
「あら? ハーベスト、どうしたの? 他の皆は?」
ホテルに戻るとキャメルからは心配された。
取り繕わなければと思っても、うまく言葉が出てこない。
だから強く奥歯を噛みしめ続けた。
「教えてハーベスト。何があったの?」
「……」
「ひょっとして……フィナンだったの?」
心臓が跳ねる。
キャメルには、僕の醜い心までお見通しなのだろうか。
僕は目を逸らしたまま小さく頷く。
「そう……やっぱり。でも、生きのびていたことは嬉しい。あたいはそれほど長いつきあいじゃないけど、ソルティさんは嬉しいんじゃないかな」
「どういった関係だったんですか?」
知りたい。もっと皆のことを。
僕だけ知らないのは嫌だ。その思いが俯いていた顔をあげさせた。
「フィナンは地上部隊の頃からソルティさんと一緒の隊だったし、モービルギアに乗るようになってからも51隊で一緒だった」
「51隊はナックさんがリーダーだったところですよね?」
「そう。終戦の頃には有名になってたし、政府にとっては誤算だったんでしょ」
数々の死地へ送りこまれたが、その全てで51隊は生き延びた。
それで有名になり、扱いづらくなった政府が広報としての人道支援に51隊を使い始めたと聞く。
「プロパガンダだったのに、人気が出すぎて収拾がつかなくなったんですよね?」
「政府としては、人道支援活動の最中で命を落とした英雄を演出したかったんだと思う。だけど、戦場で最強と呼ばれたナックさんを舐めすぎ」
キャメルの瞳には政府に対する怒りの色が見えた。
その凄みに怖気づいてしまう。けれど恐る恐るたずねる。
「それで、フィナンさんはどうしてエクリプスを辞めたんです?」
キャメルはわずかに言いよどんだのち、口を開く。
「ある日、行方不明になったの。その直後にセブンスカイズ協会からフィナンの死亡通知が届いたから、てっきり……」
死亡通知をみて、政府から廃棄されたと思いこんだのだろう。
話に夢中になっていたら、シャワールームから出てきたアポロが私物を落とす。
床に転がるボディーソープや化粧品の数々が音を立てた。
「どういうことですか!? 政府の廃棄から逃れた人がいるのですか!?」
アポロは勢いよくキャメルへ詰め寄り、肩を掴んでは強く揺らす。
「聞いてアポロ」
「落ちついてなどいられません! 前隊長のところへ向かいます!」
「アポロ! 待って!」
キャメルの制止も聞かず、アポロは部屋を飛び出していった。
同じ強化兵士である彼女にとっては、重要な情報なのかも知れない。
彼女が飛び出していった扉を見つめながら、悔しさを抱く。
同い年なのに。
僕より後に入隊したのに。
ナックが気にかけるのはいつもアポロだ。
「どうして僕じゃないんでしょうか。過去も共有していなくて、強化兵士じゃない僕ではダメなんでしょうか」
思わず、溜めこんでいた不満が零れた。
アポロが現れなければ気づかなかった感情。
制御できないほどの嫉妬が心の奥に居座り、立ち去ってくれない。
さらに毒を吐きかけたとき、キャメルから優しく頭を抱きしめられる。
コロンなのか、ラベンダーの香りに包まれた。
「誰も除け者になんかしていない。安心して」
ゆっくり頭を撫でられる感触に、母を思いだして心が温かくなった。
「僕はエクリプスのリーダーに相応しいでしょうか?」
頭を抱きしめる力が強まり、そのまま耳元でキャメルが囁く。
「当たり前。これから皆との時間を積み重ねていけばいいの。それに、ナックさんが認めた人をハーベストは信用できないの?」
僕の感じていた疎外感まで見透かされ、敵わないなと思いつつそっと瞳を伏せた。
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ホテルに臨時モニタールームを設け、ブリーフィング。
あのあと、謝罪を済ませたけれど、何となくフィナンの話題は避けた。
そのまま試合前日となってしまい、今に至る。
「ソルティさんは遅刻ですか?」
「いや、アイツは旧友と会っている。すまないが許してやって欲しい」
ソルティが12歳の頃からフィナンとは一緒の隊だったらしいし、積もる話もあるのだろう。
心ここにあらずで試合に臨まれるよりはよほど良い。
小さく嘆息し、話を切りだした。
「ブリーフィングを始めます。ナックさん、今日のアジェンダを」
「了解した。では、対戦相手のスーパーノヴァの解説から始める」
──スーパーノヴァ。
エクリプスの後にトップリーグにあがってきた新進気鋭のチーム。
バックス不在の(3-3-0-1)の編成だ。
「去年のセブンスカイズでは、二回戦でルシファーに敗れているが、かなり拮抗した試合だったし、映像でも分かるように練度も非常に高い」
映像では1vs1で優位に展開し、常に敵より上空に位置取っている。
頭の抑えあいで勝ちを手繰り寄せる辺りに、全員の操縦技術の高さが分かる。
けれど、遠距離での不利は否めず、BDのクロワが怪訝な顔をした。
「このような消極的チームは退屈ですね。ロースコアゲームになるのでは?」
「いや、そうではない。大量得点で勝つか、大量失点で負けるか、ハッキリしているチームだ」
最も高い火力積載量を誇るBD。
得点サークルへ誘導する落下矯正の連携攻撃では遠距離こそが主力。
ゆえに通称バックスと呼ばれるそのポジションは、高得点を得るのに必須だ。
フィールドのどこからでも得点に関与でき、敵の介入も遠距離火力で阻害できる。
バックスだけでは勝てないが、不在だと得点の競りあいで不利になるし、キーパーの守りにも支障をきたす。
数的優位を作るのに有力なMC。
追い詰めた敵を倒す格闘戦を担当するFA。
高得点の取りあいで主力となるBD。
どのポジションも重要だ。
BDとの連携を高めてきたキーパーの僕としては、不在は考えられない。
キーパーと味方の距離が離れた際、射撃はすぐに援護できる。
幾度となく、僕もクロワの射撃に助けられてきた。
僕が質問する前に、チーザが身を乗りだす。
「先輩! バックスがいないのにどうして大量得点ができるんですか!?」
「得点シーンもまとめてある。次を観ろ」
モニターには、敵チームの姿勢制御を崩したシーンが映しだされ、そこに肉薄するオレンジの機影が目に飛びこむ。
両チームで頭一つ抜けた動きをしていたので、印象に強く残っていた機体だ。
「え? あれは黒雷の……」
既視感を覚えたときには、既に敵を捕えて地表へ急降下していき、そのまま赤サークルへ叩きこんだ。
嫌な記憶が蘇る。
前回大会の決勝戦で、黒雷に叩きこまれたラグビーのトライのような動き。
向き直ったナックがテーブルに両手をつく。
「これが高得点のカラクリだ」
「こんなリスキーな得点が安定してできるなんて信じられません。それに、よほど位置取りがよくないとこれほど鮮やかに決まる訳がない」
アポロの反論はもっともだ。
しかし、ナックの表情はこゆるぎもしない。
「ギロチンの異名を持つこの選手はそれを可能にしている」
全員が押し黙ってしまう。
緊迫した空気が流れる中、ナックがフッと息を吐いた。
「そんなに萎縮するな。見て分かる通り、黒雷よりは粗も多い。王者はお前たちだ。返り討ちにしてやれ」
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開幕戦当日。
ハンガーにて人型装甲機兵たちを見上げる。
昨夜はあまり眠れなかった。
ナックは発破をかけてくれたけれど、不安は残る。
ナック不在でどこまでやれるのか。
アポロとの連携不備を突かれたらどうするのか。
控室でも迷いが晴れないまま過ごし、スタッフに呼ばれて今に至る。
けど、ピットカバーを開ければ、いつも通りの愛機のシートが待つ。
嗅ぎなれた香りに包まれ、肩の力を少し抜く。
「僕がリーダーなんだし、しっかりしなきゃだよねタート」
返事代わりに駆動音のピッチがあがる。
ネオンラインの目覚めにあわせ、心音は落ちつきを取り戻す。
「フィナンよりも僕を認めて欲しい。地元の皆にも楽しんで欲しい。……だからタート、チカラを貸して」
願いと覚悟。相棒に託すよう強く操縦桿を握った。





