第三十九話 母の墓参り
「あ? 条件だぁ?」
「ヨーグさんのことを教えてください。あれから僕も調べました。けど、文献がほとんど残っていないし、どうして死蝶さんと揉めているのかも分からなくて……」
ソルティは苦々しい表情で、視線を逸らした。
「ナックに聞けよ」
「聞きましたよ。でも、僕には日記帳くんほどの読解力がありませんから」
「チッ」
膝の上で指を組み、高級絨毯を見つめるソルティ。
ポツリ、ポツリと昔話を語りだした。
ソルティとヨーグはスラム街の生まれで、入隊前からのつきあい。
二人とも物心つく頃から家族を知らず、ヨーグはソルティを姉と慕っていた。
食うに困った二人が志願したのは兵士。
第二恒星系へ攻めこむ地上部隊の13隊に配属され、そこでウェハーと出会う。
戦果をあげ、実力が認められ宇宙部隊へ再配属される。
ソルティはナックの51隊に。
ヨーグは死蝶の54隊に。
「サマルカンド星域会戦では共闘していたんですか?」
「あぁ。強化兵士が隊長を務める部隊はほとんど参加していた。上層部の判断ミスで、はなっから敗色濃厚だったぜ。ヤツらはケツ拭きを押しつけやがった」
「それで撤退戦の殿を務めたんですか?」
頭を掻くソルティ。
「んで、勝手に死蝶のヤローが戦線を押しあげて、孤立した。血路を切り開いたのは……ヨーグだ」
「それは仕方なかったのでは?」
死蝶の部隊が戦線崩壊の危機を救ったことは、僕のほうでも調べがついている。
その結果、敵軍に取り残される事態に陥り、全滅か、それとも捨て石を使っての逃亡かの二択を迫られた。
「なわけねーだろ!」
「でも!」
「うるせー! アイツが飛び出さなきゃなんとかなったかもしんねーんだ! そしたらまだ……ヨーグは……。俺は許せねぇ。家族同然のヤツが失われたんだぞ? お前にわかんのかよ! ハーベスト!」
僕はソルティに寄り添い、彼女の手を優しく包んだ。
「分かりますよ」
奥歯を鳴らす音が聞こえた。
理不尽には屈しないという彼女なりのポリシーと、自戒がせめぎあっているのかもしれない。
「俺にも分かってんだよ。ヨーグが自ら志願したなんてこたぁ。ヨーグは特に仲間想いだからな。でもな、悪びれもせずにいるモンドのヤローのためだなんて」
僕には死蝶が薄情な人だとは思えない。
もしそうならソルティが「仲間想い」と言うヨーグが命がけで動くのだろうか。
「ソルティさん。僕はヨーグさんを知りません。ですけど、その撤退戦でヨーグさんはどんな表情をしてモービルギアに乗っていたのでしょうか? 絶望ですか? 憎悪ですか?」
ソルティがバッと勢いよく顔をあげる。
僕は目を逸らさず、ソルティの手を強く握った。
「どうですか?」
「笑ってた……んだろうな」
僕もそう思う。
ウェハーから「ヨーグは姉貴に似てる」と聞いた。
ソルティなら仲間のために死地に向かうとき、不敵に笑うはずだ。
「僕には死蝶さんが何を考えて悪態をついているのか分かりませんけど、憎まれることには甘んじているように思えました。少し考えてみてください」
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一言も発しなくなったソルティを部屋に残し、僕は船内を散策していた。
ダイニングサロンにチーザたちの姿を見つけ、合流する。
皆はダーツを楽しんでいた。
かなり緩い重力設定の中でのダーツは凄く難しく、普段はあれだけ命中率の高いクロワが、何度も外しているのが印象的だ。
「やっぱり宇宙だと勝手が違いますか?」
「クッ! 次こそは!」
「クロワ、そんなに熱くなるな。それよりもハーベスト。ソルティはどうした?」
ナックに問われたが、即答を避けて彼の左目の方向へと移動する。
「さぁ? 僕にはソルティさんのことは分かりませんね」
「……そうか。ハーベスト、ありがとう」
「なんのことです?」
ソルティの尊厳を守るためとぼけると決めたのに、ナックは全てお見通しだし、触れてくれるなという意図も伝わったようだ。
ダーツを終えたチーザが明るい声をだす。
「そろそろ星間次元航行ですよ! ウチ、楽しみです!」
船内アナウンスも流れ、他の客たちも捌け始めた。
船窓から見える景色を求め、野次馬となるのだと思う。
チーザも目を輝かせてナックを見ていた。
「こういうときはリーダーのハーベストにアピールするべきだ」
「僕はナックさんの判断に任せますよ」
「……まぁいい、別に観にいって困るものでもないし、興味があるやつだけついてこい」
ウェハーやクロワも興味があったのか、それとも単につきあいかは分からないけどついてきた。
他の客が貼りついている船窓を避け、誰もいないところを求めて歩く。
しばらくすると遠目にアポロとキャメルを発見した。
「皆してどうしたの?」
「キャメルさん、そちらも野次馬ですか?」
窓の前にアポロが陣取っていて、二人分くらいのスペースを空け、キャメルが壁にもたれかかっている。
キャメルなりに、アポロへ歩み寄ろうとしてくれていたのだろうか。
肩を竦めたキャメルをみて、まだアポロが心を開いてくれないことを察した。
「なんですか? ゾロゾロと。自分は中継地を観たいだけですので、それ以上の過干渉はやめてください」
「今回の中継地点はどこだ?」
「フッ、サマルカンド星域ですよ。かつて彼の地では大規模な──」
ナックの問いに応じたクロワのうんちくを聞き流しつつ、アポロへ声をかける。
「居住開拓の放棄区域ですよね? 何か学術的な興味ですか?」
「……黙っててくれませんか。自分は亡き同胞たちに、鎮魂の意をこめて祈りたいだけですので」
「金盞花プラントの同胞か……」
ナックの言うプラントとは、強化兵士が生まれた場所のはず。
カレンデュラが何かは分からないけど、20万人の死者の中にアポロと同じプラントの人がいたのだろうか。
星間次元航行を終え、外の景色はガラリと変わった。
──サマルカンド星域。
宇宙ガスが多く、複雑な紫色に見える宙域。
過去の大戦の名残なのか、様々なデブリも漂流していた。
通路側から靴音がし、反射的に振り向く。
そこには正装をしたソルティがいた。
「ほらよ! お前らの分だ」
無造作に投げよこされたものを受けとる。
銀色のスキットルだ。
窓の外へ語りかけるソルティ。
「ヨーグ、わりぃな。お前の好きなハンバーガーはまた今度もってくっからよ」
「ふん。自分は酒を飲みませんが、同胞たちのために受け取っておきます」
アポロは憎まれ口を叩きながらも栓をあけた。
僕も開けてみる。
ウイスキーだろうか。強い酒の香りが鼻を突いた。
ナックが一口呷り、窓の外へ敬礼をする。
「命の輝きを星の輝きに変え、悠久のときを眠る者たちへ。安らかに」
誰ともなく、エクリプスの全員が窓の外へ敬礼をしていた。
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二日間の宇宙の旅を経て、第七恒星の都市惑星へ到着。
ホテルへのチェックインもすませ、ちょうどミーティングを行ったところ。
スケジュールを管理するナックが、3日間の休暇を伝達した。
「各自、きちんと時差ボケを直しておけ。では、解散」
皆がナックの部屋から退室していく中、僕だけはテコでも動かない意思をこめ、ナックを見つめ続ける。
「どうしたハーベスト? 悩みごとか?」
「どうもこうもないですよ! ソルティさんを止めてください!」
「無理だ。諦めろ」
ソルティは僕の墓参りについてくると言って聞かない。
とても嫌な予感がするので、ソルティと二人きりだけは絶対に嫌だ。
「ならナックさんもついてきてください! 保護者ならちゃんと監督を!」
「別に保護者ではないが……一日だけなら都合をつけよう」
「絶対ですからね!」
約束をこぎつけ、安心して自室へ戻った。
翌日の朝。
吹き抜けのだだっ広いエントランスロビー。
先に来ていたナックが口を開く。
「早いなハーベスト。乗り換えのプランはこれで良いのか?」
僕とソルティは同時に叫んだ。
「あ? なんでソイツがいんだよ!?」
「なんでアポロさんがいるんですか!?」
普段よりもおしとやかな出で立ちのアポロがいる。
「自分は前隊長から学ばせて貰うため、社会見学としてついていくだけです」
「と、いうことだ。一人くらい増えても構わんだろう?」
あまりの事態に表情筋が痙攣を起こし始める。
水に油。コーラにメントス。塩素に酸性。
まぜるな危険すぎて、思考停止してしまいそうだ。
「ケンカしない約束をしてくれますか?」
「おうよ。このガキが余計なことを言わなけりゃ、俺から何かするこたぁねーよ」
「この女おっさんが息を永遠にしないでいてくれれば、世の中は平穏です」
笑顔で凄みあう二人と、それを意に介さないナック。
僕は考えることをやめ、面倒が起こったら全部ナックに任せることにした。
「さぁいきましょうナックさん。次のバスを逃すと日帰りできなくなりますよ」
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母の墓前。
他よりも小ぶりな墓を丁寧に掃除して、花を供える。
「ただいま、お母さん。憧れのナックさんを連れてきたよ」
母に挨拶をすませて振り返ると、やや驚いた表情のナックがたじろいだ。
「やられたな。俺を連れてくるのは予定通りだったのか?」
「さぁ? 勘ぐりすぎですよ。それよりも母はナックさんの大ファンだったんですから、愛の言葉でも贈ってあげてくださいね!」
小さな嘘。
第七恒星系に遠征が決まったときから、誘うのは決めていた。
たまたまソルティの子守りが、都合の良い理由になっただけ。
母の憧れだったナックを連れてこれたことに安堵しつつ、後ろの二人を睨む。
「んだよ。さすがによそ様の墓前でケンカするほど俺は人間やめちゃいねーぞ?」
「自分もTPOくらいは弁えています」
普段と比べてしおらしい二人に、思わず笑ってしまう。
「リーグ戦も人間としてTPOを守ってくださいね!」





