第三十八話 第七恒星系へ
来シーズンからのリーグ第1節。
開幕戦が第七恒星系で行われるのは、セブンスカイズで初めてとなる。
「これでよしっと!」
トランクに着替えや旅行の小物をたっぷりと詰めこむ。
上京したとき以来の長旅に心が踊る。
母の遺影に語りかけた。
「お母さん、1年半ぶりの帰郷だよ。時間がとれたら会いに行くね」
大荷物を抱え、家を出発。
チーザたちとシャトルバスへ乗りこみ、港でシャトルクルーザーへ乗り換えた。
クルーザーが移動宇宙港へ向けて大海原へ。
潮風を浴びたくて、デッキへ出てみる。
波に揺られながら風を肌で感じていると、二日酔いの朝みたいな顔をしたクロワがフラフラとやってきた。
「クロワさん、大丈夫ですか? 手すりに掴まってください」
「……いえ、お構いなく、うぷ……ふぅ、外ならば少し落ちつくことができます」
海は苦手なのか、船体の壁に体を預けてぐったりとするクロワ。
しばらく背中をさすってあげると、かなり顔色が良くなってきた。
「ハーベストさん、もう大丈夫です。開幕戦から遠征とは思わなかったですね。しかも一番遠い第七恒星系。これもトップリーグなりの洗礼でしょうか」
「ひょっとして、クロワさんは宇宙酔いも酷いほうですか?」
クロワは「ニコリ」といった表情だけで何も答えない。
ということは、図星なのだろう。
少し顔色が良くなったクロワを放置し、デッキ外側の手すりへと体を寄せる。
冷たさの残る手すりを両手で掴み、空を仰いだ。
「今日はオービタルリングが見えないですね。あ、移動宇宙港が見えてきましたよ」
青の景色が続く先に、鮮やかな緑の移動宇宙港が見えてきた。
オービタルリングへ伸びる真空チューブも、薄っすらと空に現れる。
「さぁ、クロワさん。準備しましょう」
クロワを支えながら船内へ戻り、乗り換えの準備を進めていく。
ほどなく到着し、宇宙港へと足を踏み入れた。
宇宙への玄関口である移動宇宙港は、赤道上を高速で航行している巨大な港。
ロビーは多くの人で賑わっていて、大荷物を抱えたソルティが悪態をつく。
「あー、人が多すぎてうぜぇ。外壁のメタボも気持ちわりぃしさ」
「メタボリズム・ミネラル! そこで省略すると別の意味になっちゃいますよ」
発見された宇宙素材──《メタボリズム・ミネラル》は、特定の温度での加工しか受けつけず、自己修復をする珍しい鉱物だ。
その鉱物のおかげで、宇宙との行き来の際に大気汚染を抑えられる真空チューブの実用化に成功。
恒星間の航行も数が増えて久しい。
ラウンジに入るとそれぞれで別れて寛ぎ、出発までの時間を過ごしていた。
仏頂面で一人離れているアポロへと近づいてみる。
「アポロさん、遠征は楽しみですか?」
「大した人口もない第七恒星系で、開幕を迎える必然性が分かりませんね。この移動時間が無駄です」
拒絶の意思が感じられ、うまく言葉を返せない。
会話が途切れたところへアナウンスが鳴った。
「ハーベスト、アポロ。いくぞ」
サングラス姿のナックに促され、コンテナの中へ移動を始める。
他の客と異なり、僕らはファーストクラス。
コンテナの中にあるシャトルも、確かな高級感が漂う。
ラグジュアリーでふかふかな座席に、チーザが鼻息を荒くした。
「さっすがトップリーグだよ。ハーちゃんは第七恒星系のどこにいってみたい?」
「観光だったらリゾート地がたくさんありますよ。都市キプロスがオススメです」
「詳しいねハーベスト。行ったことがあるの?」
会話に割りこんできたキャメルへ笑顔を向ける。
「僕の生まれ故郷ですから!」
シートベルトランプがついたので、それぞれが着席して待つ。
フライトの準備が整い、気圧調整が始まるのと同時に船内のノイズキャンセリングも始まった。
「この耳が詰まった感じは苦手ですよ」
「え? ハーちゃん何か言った?」
会話の合間にも、浮遊感が増す。
G負荷を避けるための低速上昇。とは言え、90分で低軌道上にあるオービタルリングに到達するので、時速としては300㎞を超える。
あっという間に到着したが、気圧の調整時間で待つこと30分。
シートベルトのランプが消え、ソルティがやれやれといった感じで肩を回す。
「お、そうか。乗り換えないのは楽でいーな」
「流石はファーストクラスですよね」
普通の宇宙旅行だと、オービタルリングで乗り換えだが、コンテナ内にシャトルを抱えるファーストクラスはそのまま宇宙ステーションへ向かう。
シャトルが宇宙空間へと出て、外の景色が一変した。
緑色のオービタルリングが鮮やかに映える。
「やっぱり宇宙からだとオービタルリングが綺麗に見えますね」
「近いからおっきいよね。意外と太いし」
地上からだと途切れ途切れで稀にしか見えないが、宇宙からだと幅8㎞のオービタルリングは圧巻の光景だ。
その重厚感たるや物凄いものがあるし、心も踊る。
ほどなく最大規模を誇る第一恒星系の宇宙ステーションへ。
全ての恒星系へのアクセスが可能なそこは、多くの人でごった返す。
恒星系ごとのゲートはカラフルに塗り分けられ、華やかであり、どこか幻想的でもあった。
「やっぱり第一恒星系の宇宙ステーションは都会って感じがしますね」
「だね。あ、クロちゃん、酔い止めは飲んだ?」
「フッ、超光速航行に備えて準備は万端ですよ」
「っていうわりには膝ふるえてんじゃねーか!」
ソルティがクロワの背中をバンバンと叩く。
そっと、皆の顔を見回す。
重力が軽いせいか、普段より軽やかな表情をしている気がする。
「どうしたハーベスト? 早くいくぞ」
「はい!」
7番ゲートへ移動し、出発時間を待ちつつ軽く食事をとる。
重力は40分の1に調整されているけど、軽すぎてパフェはやや食べにくいし、ドリンクチューブで飲むココアも香りが感じにくくて味気ない。
手早く食事をすませ、ナックたちとは別行動をとることに。
次の星間次元航行までは2時間ほどあったので、チーザとキャメルを誘ってショッピングを楽しんだ。
そうして時間になり、第七恒星行きの大型客船に乗りこむ。
トップリーグ選手なので、ここでもVIP待遇。
まるで高級ホテルのスイートルームを思わせる船室にテンションはあがる。
「あ、寝室はそれぞれ個室ですよ。作りは男子の方も同じでしょうか?」
「だと思う」
ソルティは大きなソファーにドカッと腰をおろす。
「男女別々にする必要もねーだろ。なぁアポロ?」
「……歩く公然わいせつな人は黙っててください」
「あ? 誰がなんだって?」
男子の部屋が羨ましい。
二人の険悪な雰囲気に、さっきまでのウキウキ気分は吹き飛ばされてしまった。
胃もキリキリする。
肩を竦めたキャメルが部屋を出ていこうとしたので、僕もそれに倣う。
しかし、不満そうなソルティの声がそれを止める。
「おい、ハーベスト。俺とアポロを二人きりにすんじゃねーよ。話し相手をしろ」
「……恨みますよキャメルさん」
「あ? なんか言ったか?」
貼りつけた笑顔で「いいえ、何も」と返し、視線だけでアポロを牽制する。
すると、意図を汲んでくれたようで、アポロは静かに部屋を出ていった。
声を大きくするソルティ。
「第七なんて何もねークソド田舎じゃねーかよ。今回の遠征先はハズレじゃねーか? なぁハーベスト?」
「いえ、見どころも多いですから!」
「なんでんなムキになんだよ? ひょっとしてお前、第七の生まれか?」
コクリと頷く。
入隊のときに経歴書は出しているのに、碌に見ていなかった辺りが彼女らしい。
「ダチとかいんのか? 2日間も休みあんだから会いにいけよ! いつまでも会えると思ってると後悔すっから。殺しても死なねーと思ってた奴もあっさりとな」
「一番会いたい人にはもう会えません。だから墓参りに一日だけ休みを貰おうかと」
「……わりぃ」
姿勢を正したソルティが頭を下げる。
慌ててそれを止めた。
「大丈夫です。僕は気にしてませんから」
「いーや、こういうことはちゃんとしておきたい。その墓前にも詫びさせてくれ」
「……え? 来るんですか?」
声と表情、色んなものがピキリと固まる。
しばらくの後、やっとの思いで声を絞りだす。
「個人的な墓参りなのでご遠慮頂きたいですね」
「安心しろ。メーワクはかけねえよ。挨拶するだけだ」
「んー、そういうことなら条件があります」





