第三十七話 愛の結晶
笑顔を見せたウェハーに招き入れられ中へ。
玄関からリビングへ足を踏み入れると、チョコレートの優しい香りに包まれた。
まだ幼稚園児と思われる女の子が駆け寄ってくる。
「チーちゃん、キャメルお姉ちゃんいらっしゃい!」
「久しぶりだねシーちゃん。今日はいっぱいご馳走持ってきたから食べよ!」
「シルゥはちょっと見ない間に大きくなったね。それに元気になった」
チーザとキャメルに頭を撫でられ、シルゥと呼ばれた女の子も嬉しそうにする。
「えへへ。そちらのお客さんは? あ、ソルティお姉ちゃんもいるー」
「おぅ、シルゥ。これやるわ。それからこっちのがハーベストだ。女同士なんだし、仲良くやれよな」
ソルティからトートバックを受け取り、満面の笑みを浮かべるシルゥ。
僕はちょっとドキドキしながら、シルゥの目線にあわせるべく腰を屈めた。
「はじめまして。僕はハーベストです。よろしくね」
「あ、知ってる。パパのチームのキーパーさんだよね? ライジングサン!」
「知っててくれたの? 嬉しいな!」
ふいに背後のクロワから声がかかる。
「ハーベストさん、ケーキをだすので手伝ってください」
慌てて僕も準備を手伝う。
クロワが用意したケーキは、高級ホテルで出て来そうな豪華な代物だ。
ソファー近くのローテーブルへご馳走を並べていく。
ワイワイと言いあいをしながら、歌を歌って乾杯。
皆の笑顔が弾む中、玄関のチャイムが鳴った。
玄関に向かったウェハーが中々帰ってこないので、僕も様子を見に向かう。
こっそり覗きこむと、知らない男性と談笑していた。
いつの間にか隣にきたソルティが、僕の肩を肘かけ代わりにする。
「お、来たんかよ! あがってけ!」
「いやいや、店があるんで差し入れだけなんですわ」
どうやらブッチャーストライクの店主のようだ。
差し入れを持って訪れていた。
店がまだ営業中だからと固辞する店主。
ウェハーやソルティの引きとめにも屈せず、帰ってしまった。
「仲がいいんですね」
「あぁ、13隊で同じだったからな」
「13隊というのはヨーグさんって人もいた隊ですよね?」
名前をだした途端、ソルティの表情が曇る。
リビングに戻るソルティの背中を見送ると、ウェハーが僕の肩に手を置いた。
「姉貴は隊長だったんで。……あのウェルダンはヨーグの好物でやしたから」
13隊は地上部隊。碌な調理器具がなかった戦地での食事は過酷だったと聞く。
ウェハーと並んで歩き、リビングに戻る。
すると、テキーラグラスを一気に呷ったソルティが言葉を零す。
「あぁ、そーだよ。ヨーグが『旨い』っていった笑顔が忘れらんなくて、当時の味を守ってんだよ。アイツは」
焦げた肉でもごちそうだったそうだ。
ブッチャーストライクの焼き加減に、ソルティとウェハーだけが文句を言わない理由を初めて知った。
二人にとってあの味は、当時を共有する大切なものだったのかも知れない。
しんみりとした空気に暫し視線を落とす。
けれど、その空気を吹き飛ばす声があがった。
「にがーい、これきらーい!」
子供は正直だ。
たった一言で湿った空気を一掃してみせた。
「さ、ケーキたべよー! ウチが切り分けるから!」
「チーザさん、シルゥさんにチョコプレートと一番大きなイチゴを」
「分かってるってば! そりゃー! ウェハーさん取り皿!」
「あいよ!」
ショコラベースの苺ケーキ。
芳醇なカカオの香りと、チョコムースの優しい甘さが広がっていく。
チョコレートが大好きなウェハーと娘のシルゥは、大満足な様子。
クロワが自信ありげに眼鏡を直している。
「先輩! 食べましょう!」
「いや……俺はいい」
「シーちゃん! 先輩にあーんしてあげて!」
シルゥの強制「あーん」には逆らえず、ナックもケーキを完食した。
ドタバタ劇と、大人たちのお酒が進む。
皆の酔いが回った頃に、シルゥがナックに抱きついて甘えだした。
「ねぇねぇナックさん。ママのお話をして」
「ウェハーに聞いたらどうだ?」
「えー、パパはいっつものろけ話になるからやだー」
ウェハーは照れたように頭を掻いている。
それを一瞥したナックが、小さなお姫様に優しい視線を向けた。
「マリンの何が聞きたいんだ?」
「選手のママが知りたい! お外でママの話もしちゃいけないってパパが言うの」
「そうだな。外で話してはならない」
「ねーなんでなんで?」
少し言い淀んだナックだが、おもむろにナック節で語りだした。
「強靭な生物であれと生みだされた者たちは、輝きを後世へ残すことはできない。だが、命がけの愛が新たな命を育むに至った。シルゥ、お前の両親は強い。誇れ」
「えー? 言ってる意味がわかんないよ!」
僕もさっぱりだ。
隣に座るキャメルの服の裾をクイクイっと引き、聞きたい意思を伝えてみる。
「あたいちょっとお手洗い。ついでにこの辺のを洗い物しちゃうね」
「あ、僕も手伝いますよ」
空いた皿を手早く回収し、キャメルの後に続く。
キッチンの流し台へ洗い物を置くと、キャメルが声を潜める。
「で、何が聞きたいの?」
「強化兵士の人って子供を作れないんですか?」
「……そうよ」
悲痛な表情をしながら洗い物をするキャメル。
とても聞きづらい雰囲気だ。
シルゥは養子だったりするのだろうか。
色んな考えが頭の中をグルグルと回りだす。
キャメルは僕の顔を見て、苦笑いをしながら流していた水を止める。
「安心して。ちゃんと二人の子供だから。ここでは聞こえちゃうから、こっち」
そうして二人してトイレに向かい、そこで内緒話をした。
政府が管理しやすくするためか、強化兵士は子を成せないらしい。
マリンはどこからか、体の構造を妊娠に適応させる治療薬を入手してきた。
治験実績がなく、その薬のプロトタイプでは複数の死人も出て、一度は凍結されたプロジェクト。
特に男性側の治療薬は致死率100%。
ウェハーはためらわずその薬を飲んだ。
「え? シルゥちゃんは唯一の事例なんですか?」
「声が大きい。どこにも流れてない情報だから気をつけて。それに他にも事例はあるかも知れないけど、このことが政府に知れたら……分かるでしょ?」
納得できた。
強化兵士をなかったことにしたい政府。
勝手に治療薬が作られて、子を成せてしまったなんて絶対に認めないだろう。
他の事例も揉み消されたか、又は当事者が必死に隠しているといったところか。
「あのっ! ん!」
口を開きかけたら、キャメルから人差し指を口に押し当てられた。
「他言無用。忘れなさい」
僕が黙ってコクコクと頷くと、キャメルも表情を緩めた。
リビングに戻れば、チーザが話題を変え、場を盛りあげている。
ウインクで迎えられたので、僕も小さく手を振っておく。
今日はシルゥの誕生日。
できるだけ楽しく盛りあげてあげよう。
だから重い話を避け、バカ騒ぎをする。
はしゃぎ疲れたシルゥが眠ったあたりから、ソルティが絡み酒を始めた。
「ソルティさん、酔い過ぎですよ」
「うるせー、そんな弱腰のリーダーで連覇できんのかよ! ハーベスト! お前だって勝たなきゃいけないことを知ってんだろーが!」
目の据わったソルティがグラスを掲げる。
僕は逃げずに正面から向きあった。
「分かっています。必ず連覇して、僕らに世間の注目を釘付けにしてやりますよ」
それぞれがグラスを掲げ、静かに頷きあう。
全ての話題をエクリプスで埋める。
メディアにアカトの情報を流させはしない。
彼が逃げおおせるまで、僕らが防波堤となるんだ。
ナックがグラスを飲み干し、静かに告げる。
「エクリプスとしての真価が問われる。俺たちにとっての太陽であるアイツを必ず守り切るぞ」
力強いナックの言葉に、皆も続く。
「ったりめーだ!」
「やったりますよ!」
「フッ、当然です」
「あいよ!」
感極まったのか涙ぐむキャメル。
「みんな、ありがとう」
僕はキャメルのグラスにグラスをあわせ、キンッと甲高い音を鳴らした。
「心配しているのはキャメルさんだけじゃありません。外ならともかく、エクリプスの仲間の前では強がってカッコつけなくてもいいですから」
「……ハーベスト、あんたは強いね」
僕はグラスのトマトジュースを一気に飲み干した。
「ハッハッハ! 僕はリーダーですからね! さぁ、皆さん。明日からも日食の仕事を頑張りましょう!」
アカトへの恩返し。
その決意を胸に、その日は夜通し語りあった。





