第三十六話 誕生日と新しい約束
「ソルティ、モンド、ひとまず落ちつけ」
ナックが二人を引き剥がす。
ソルティはまだ興奮したままだが、死蝶は興味をなくしたのか襟を正した。
「モンド、何があった?」
「ライジングサンにでも聞いたらどうだ?」
サングラスゴーグルで目の表情が分からないナックがこちらを向く。
「と、言うことらしいがハーベスト、知っていることを話せ」
「僕にも何が何だか分かりませんよ。ヨーグさんって人の話題になったら急に」
「なるほど。サマルカンド星域会戦のことか」
ナックはそれだけを呟き、わずかに肩を落とした。
サマルカンド星域会戦は、入隊前に勉強したから僕にも少しは分かる。
僕が生まれる前の大規模な敗戦。
政府発表では大勝利となっているが、公式記録にはない死者たちが多くを語る。
星の数ほどの強化兵士たちの亡骸の上に、どうにか撤退を成功させたのが実態。
殺意すら孕むソルティが、死蝶を鋭く睨む。
「ヨーグが死ぬことはなかったはずだ! お前が殺したも同然だろぉが!」
「あぁそうだ。ヨーグが自らの意志で血路を開いてくれた。涙を流して感謝すれば満足か?」
「てめぇぇぇえ!」
僕の全力の制止では止まらず、ソルティが飛びかかろうとするも、ナックが両肩を押さえつけて止めた。
「ソルティ。心情は分かるが、報復は空で行え。モンド、お前もお前だ。ここで騒動を起こしたくはないだろう? 今の内に去れ」
「ふん。そんな過去の亡霊につきあうのは時間の無駄だ。ナックも早くそいつを見限ってイカロスに来い」
不敵な足音を鳴らして去っていく死蝶。
通路に反響するその音が、やけに寂しく聞こえた。
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翌朝。
早朝のランニングをしながら、昨日のことを思い返す。
あれから終日、ナックがつき添ってソルティを宥めていた。
知らないことが多く、胸の中がモヤモヤする。
「次こそ思い切って聞いてみようっと」
気分を変えたくて、海岸沿いの国道まで足を伸ばす。
ナックいきつけの海辺にあるカフェ。
ウッドデッキのテラス席にナックを見つけ、こっそりと近づいた。
何やら書き物をしている背後から声をかける。
「おはようございます! 何をしているんですか?」
「ハーベストか。今朝、美しいサザンカを見かけたからハンズと対話をしていたところだ」
「今度のハンズくんもだいぶ埋まってますね」
ナックは日記帳にも名前をつけていて、友人のように呼ぶ。
思考加速の臨界領域の能力で暇を持て余したナックは、日記を用い、自分自身との対話で折りあいをつけていたそうだ。
ナックが目を閉じる。
「街角に訪れ、垣根を彩る妖精たち。冬の息吹にも気高く立ち向かうその姿は、困難に立ち向かうひたむきさを輝かせる。あのように気高くありたいものだ」
「とっても綺麗だったんですね」
今なら聞けそうに思え、意を決してたずねてみる。
「ところで、先日の死蝶さんとの揉めごとで話題になった『ヨーグ』って人のことを聞いてもいいですか?」
ナックが日記帳を閉じ、こちらへ向き直った。
「俺が知っているのは13隊のことと、54隊のあの事件のことくらいだ」
「あの事件ってのが、サマルカンド星域会戦ですか?」
「そうだ。大規模な撤退戦になり、モンドが隊長を務める54隊はしんがりを務めていた。事実上は政府から切り捨てられた訳だな。だが、一部の仲間を切り捨ててモンドは生き延びた」
ナックは視線を落とす。
「その切り捨てた中にヨーグという男がいた。ソルティとは、姉弟のような関係だったと聞いている」
「どんな方だったんですか?」
「俺も詳しくは知らん。ソルティにでも聞いたらどうだ?」
なんて恐ろしい提案をするのだろうか。
僕は両手を突きだして何度も横に振る。
「無理です! ソルティさんにこんな話題ふったら、僕が酷い目にあいますよ!」
「なら、ウェハーに聞け」
「ウェハーさんに?」
ナックは手早くテーブルを片づけて席をたつ。
「ヨーグとウェハーは13隊で一緒だった。その繋がりで、ソルティがウェハーをエクリプスに引きこんだのだからな」
「え!? ナックさんとウェハーさんは終戦後に知りあったんですか?」
「言ってなかったか?」
ナックは僕の肩に軽く手を置き、そのまま通り過ぎてしまう。
慌てて振り返り、僕もナックの背を追いかけた。
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あれから数日が経った。
演習終わりにガレージで円陣を組み、連絡事項を伝えていく。
今日はウェハーの娘の誕生日会。
どこかのタイミングで過去のことも聞けそうだと胸を弾ませる。
「今日の訓練は終わりです。各自メンテナンス後にウェハーさん宅に集合してください!」
「おー!」
「フッ、最高のケーキを手配しています。期待していてください」
チーザとクロワの声に続き、ベテラン組も笑顔で頷いている。
機嫌が直ったソルティの様子に胸を撫でおろす。
だけど、まだ安心できない材料が残っていた。
「アポロさん、時間厳守ですよ? 分かっていますか?」
これ見よがしに溜め息をつくアポロ。
「関係ない業務ですよね? しかも時間外労働です。自分が参加する理由が見当たりません」
反論しようと口を開きかけたら、アポロには手で制される。
「そもそも。エキシビションで負けを喫したのに、このような催し物をやる意味が分かりません」
僕が言葉に詰まると、代わりにナックが息を吐く。
「エキシビションマッチで勝って祝勝会といきたかったが……次の決起会という形ではどうだ? それに、誕生日は動かせないからな」
「アポちゃん! そんな空気読まないようじゃソルティさん以下になっちゃうよ! 強制参加だから!」
チーザが勢いよくフォローしてくれているが、別のところに飛び火した。
キャメルが金髪の暴れ馬を必死に宥めている。
アポロは不愉快そうに眉を寄せた。
「いいかげん、その不快な呼び名をやめて頂けませんか? アホと言われているみたいで気分が悪いです」
「え? 可愛いでしょ、アポちゃんは! アポちゃんはアポちゃんだよ!」
あのモードに入ったチーザには、論理的な言葉は通じない。
エクリプスのメンバーは全員が通った道だ。
しばらく問答が続いたが、いかにアポロでも論破することはできなかった。
「話が通じなさすぎますね。付きあってられません。自分はお先に失礼します」
「アポちゃん、逃げない!」
「待てチーザ、無理に誘っても逆効果だ。来年までに時間をかけて説得しろ」
そそくさと辞するアポロには目もくれず、チーザは笑顔でナックに向き直る。
「そういうことなら先輩も一緒に説得する要員に任じてしんぜよー」
「分かった分かった。だから落ちつけ」
チーザは「言質をとった」と言わんばかりに目を輝かせる。
ソルティも、他のメンバーも穏やかな笑みを浮かべている。
ナックが自ら未来の約束を作ったことが、そうさせていた。
僕は両手を掲げ、強く2回手を叩く。
「はいはい皆さん。ゆっくりしている暇はありませんよ。今日は最高の誕生日パーティーにしてあげましょうね!」
そうしてあれこれ準備をして、駐車場に再び集まった。
チーザとキャメルの車に別れて乗りこみ、ウェハーの自宅へ。
ウェハーは選手宿舎ではなく、娘の学校近くに一軒家を借りていた。
上京してから初めてウェハー宅へ訪問するので、僕の心も踊る。
「キャメルさん、もっと急ぎましょうよ」
「そう? じゃあもっと飛ばす?」
「いーや安全運転にしろ。酒の前に酔っては敵わねー」
大量のプレゼントを抱え、沈みゆく太陽との競争のドライブは続いた。
完全に暗くなる前にどうにか目的地へと辿りつく。
閑静な住宅街の外れ。
二階建ての一軒家のところにウェハーの愛車が見えた。
チーザの車が先に駐車をすませ、続いてキャメルも車を停める。
ソルティが真っ先に出て、玄関口に現れたウェハーに手を振る。
「おう、ウェハー。今日は飲み明かそうぜ!」





