第三十五話 激怒する暴言王
イカロスのチーム代名詞とも言える横ライン。
水平線から迫る津波にも似た恐ろしさがあり、横への逃げ場はない。
愛機を目掛け、亡者の如き5本の巨大な指が掴みかかってくる。
『沈め!』
『新人風情が!』
敵は突進にあわせ、一斉にマイクロミサイルポッドをバラ撒く。
当然、その全てをクロワが撃ち落とす。
だが、それこそがイカロスの狙いだった。
クロワが射撃を用いたその一瞬の間隙を縫って、ルーラーの仕掛けた錯乱の花が爆ぜる。
『若さだな!』
「なら、お年寄りに赤の席を譲りますよ!」
『ハーベスト、わりぃ!』
ルーラーの魔法じみた爆弾配置が絶妙で、ソルティとアポロの救援をワンテンポ遅らせた。
3機に囲まれる状況。
会場の誰しもが墜とされる光景を描いていると思う。
『ベッドはすぐ下だ!』
「お断りです!」
誰がその未来を見せてやるものか。
僕は追加推進動力を全解放し、真後ろへ急進した。
『な!? 狂ったか!』
イカロスの白いアタッカーの真正面に、背中をガラ空きにして突っこむ。
敵の突きだす拳がカウンターで刺さるのは織りこみ済み。
強烈な振動が生じるその刹那──。
「ここです!」
メインブースターをフルスロットル。
その推進力で白のアタッカーを吹き飛ばして追撃を阻止。
殴られた勢いと推進力をもって、正面の緑チェイサーへ急進して膝蹴りを叩きこむ。
『尻軽が!』
「追加セットです!」
膝蹴りの直撃とタイミングをあわせ、反動を回転力に活かせる角度でパワースラスターを再起動。
殺到したもう1機とチェイサーへ、裏拳とラリアットを同時にお見舞いした。
度重なる衝撃で少し朦朧とするところへ実況が鳴る。
《なんとライジングサン! 3対1の局面をひっくり返してみせたーーー!》
一矢浴びせただけでまだ終わっていない。面食らっている今が勝負どころ。
敵の攻撃の要を狙う。
「もう一本おまけです!」
『もうパジャマの時間だろ?』
殴りに向かったのをビームで迎え撃たれ、カメラは一面ビーム色となった。
でも、フィールド内で最強の攻撃力は格闘だ。
愛機を阻むことはできず、拳は相手に届く。
しかし、敵の狙いはノックバックでの軌道逸らしと、目くらまし。
ジャストミートできなかった上に、立て直しのスピードは相手が上回る。
「くっ、伊達に年食ってないですね!」
僕は形勢不利と判断し、急上昇してやり過ごす。
巧く凌いだ敵も、そのまま直進して仕切り直すかに思えた。
だが、救援へ駆けつけたソルティへと牙をむく。
『やーーっぱ俺狙いかよ! クソがぁ!』
敵は最初から、あわよくば僕、それがダメでもソルティを墜とす算段だったのだろう。
一糸乱れぬ5機の連携がそれを物語っていた。
『仲間を見捨てられない雑魚なら必ず来ると思ったぜ!』
『新入りみたくマージンを考えな!』
『あ? 死蝶に群がるハエどもが! ごちゃごちゃうるせぇ!』
悪態をつくソルティだが、5機に囲まれればなすすべがない。
安全確保をしたアポロと違い、無理に駆けつけたソルティに余裕はなく、ボロ雑巾のように揉みくちゃにされてしまう。
『くそっっったれーーー!』
『全機、落下矯正の連携攻撃!』
電光石火のビーム連携が紡がれ、ソルティが赤サークルへ叩きこまれた。
《ゴーーール! 暴言王が墜ち、イカロスは最高得点を獲得だーーー!》
悔しさから歯ぎしりが漏れる。
そこへ、冷静なアポロの声が響いた。
『もう一回くるみたいですよ。狙いは……おばさんみたいですね』
二連撃の横薙ぎ。
次の狙いはキャメルらしい。
こちらのアタッカーが機能していないと見るや、一気に勝負をかけてきている。
チーザが声を荒げた。
『アポちゃん! メンバーをそんな風に呼ぶのは許さないから! クロちゃんと連携して守りを固めて!』
『……承諾、射撃でのサポートに入る』
クロワとアポロが射撃でのライン妨害を始め、キャメルを守るようにチーザが動く。
今、戦局の外に弾かれてしまっている僕だけが、敵の狙いを正確に把握できた。
「ダメですチーザさん! 敵の狙いは貴方だ!」
『え? ハーちゃ……』
桃色のキャメル機を狙うと見せかけ、守りを固めた黄色の本命を強襲するイカロスたち。
『ウチ、持たない!』
警告が間に合い、最少失点の貢献に切りかえたチーザは、青サークルへと墜とされた。
負けが頭を過った瞬間、キャメルの檄が飛ぶ。
『皆しっかり! あたいが指揮を引き継ぐ! アポロ、好きに暴れていい。だから死蝶を墜とせ!』
『承諾』
制御できないと判断したのか、キャメルはアポロの手綱を手放した。
けれど、自由な裁量を求めていたアポロとは相性が良かったようで、死蝶の自由を奪うことには成功する。
『やるな新入り! 空の洗礼をくれてやろう!』
『ロートルがえらそうに……いつまでも目ざわりなんだよ』
アポロと死蝶の一騎打ち。互角の展開。
会場が啞然とした空気に変わるのが肌で分かる。
一方。
フィールドの反対側では、ルーラーとクロワの空間支配の駆け引き。
射撃技術はクロワが上だが、心理トリックを駆使したルーラーが互角を演じる。
『師匠の仇を取らせていただきましょう。閉廷時間です!』
『……死神のモノマネか?』
残りの敵が僕へ殺到するも、無理がたたって満足に動けない。
ウェハーとキャメル、ベテラン勢のサポートでオーバーヒートを必死に凌ぐ。
一進一退の攻防が続き、ようやく事態が好転する。
エキシビションマッチは復帰が認められているので、チーザとソルティが戦線に戻ってきた。
『ハーちゃん、おまたせ!』
『わりぃお前ら、待たせたな!』
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立て直した後はかなりいい線いっていたのだが、点数差は覆らず惜敗となった。
チーザは怪我の具合が悪かったのでインタビューを辞退。
代わりに、迷惑な人と一緒に行くことになった。
足どりが重くなる中、無駄だと思いつつ釘を刺しておく。
「ソルティさん、お願いですから揉めごとはなしで」
「あ? そりゃ相手次第だろ」
不安しかない。
胃痛に悩みながらプレスルームへ到着したら、死蝶の姿は既になかった。
死蝶とソルティの不仲は有名なので、記者たちも気をつかって別々のインタビューとしてくれたのだろう。
「いやぁ、良かったですよ。メディアさんが空気を読める人たちで」
「あ? それじゃ俺がまるで空気を読めないみてーじゃねーか?」
「さぁさぁ、何でも質問してくださいね!」
ソルティが「無視すんな!」と騒いでいるが、凪の心境で聞き流す。
色んな質問が続き、どさくさ紛れでスリーサイズも聞いてくる記者。
一歩後退りかけたのを我慢して、軽く睨む。
顔は覚えた。次回からNGで出禁にしよう。
「一通り答え終わりましたかね? では、リーグ本戦でまた会いましょう。帰りますよソルティさん」
「お前らチンケな記事ばっか書いてんじゃねーぞ。もう少し品性を……っていてーぞハーベスト! 耳を引っぱるな!」
「素敵な記事にしてくださいね。ほら、ソルティさん。しっかり歩いてください」
記者たちを腕で押しのけ、ソルティの熱を帯びる耳を引く。
無理やり引き剥がし、プレスルームを立ち去る。
一息つけるかと思いきや、曲がり角の先で死蝶とバッタリ会ってしまった。
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会話を避けられず、二人は数度のやりとりで一気に険悪モードに。
「あ? テメェのせいであいつらが戦死するハメになったんだろぉぉが!」
「ソルティさん、落ちついてくださいよ。死蝶さんは落ちついてないで何か反論してください!」
ソルティが殺意むきだしで死蝶に絡み、それを必死に宥めるも、手に余る。
早く仲裁可能な人に来て貰わないと一触即発状態だ。
腕を組んで沈黙を決めこんでいた死蝶は、ようやく口を開く。
「あの雑魚どもが死んだのは、単に技術がなかったからだろう? 人のせいにされても困るな」
「あ?」
死蝶は挑発なのか指を細かく動かし、かかってこいのジェスチャーをしながら目を細めている。
背後から羽交い絞めにして抑えこんでいるけれど、ソルティの怒気は止められそうにない。
全体重をかけているのに何度も足が宙に浮き、力をこめて振り落とされないだけで精一杯だ。
「お二人とも落ちついてくださいよ!」
言葉で割っては見たものの、息が詰まる静けさが続き、心臓の鼓動だけがやけにうるさい。
死蝶はそっぽを向き、髪をかきあげつつ素知らぬ顔を決めこんでいる。
その様子がさらにソルティの怒りを買う。
明日は筋肉痛かも知れないと思っていたとき、ふいに死蝶と目があった。
「ライジングサンもこんな過去の亡霊に関わると腕が鈍るぞ? イカロスに移籍するのなら歓迎しよう」
こんな状況で勧誘をするのは、完全に火に油。
背中越しで見えないけれど、鬼の形相をしていると簡単に予測でき、背筋が凍っていく。
今、スキャンダルを起こせば何かしらの処分がくだされるだろう。
明日の報道が「暴言王、ついに暴力沙汰!」になってしまうと本気で懸念し始めたところに待望の人が現れた。
「どうした、ソルティ、ハーベスト?」
声に安堵して思わず腕の力が抜け、振り落とされそうになった腕の角度を直す。
「ナックさん! もう! 僕、凄く待ちましたよ! ソルティさんを止めてください!」





