第三十四話 二人の初陣
ソルティがアポロとの一騎打ちで敗れ、荒れた雰囲気のままイカロス戦の当日を迎えてしまう。
今も控室はピリついた空気。
サングラスゴーグルをつけたナックが、僕の肩を軽く叩いた。
「ハーベスト、リーダーとしての初陣だ。当面はチーザに指揮を任せつつ、リーダーとしての動きや心構えを身につけてゆけ」
「了解ですよ。任せてください」
それだけを返し、僕はソルティへ向き直る。
怒気を含む顔芸で、声なき暴言を繰り返しているソルティ。
僕はことさら明るく振るまった。
「おやおやぁ? 律儀に黙れってアポロさんとの約束を守っているんですね。今日はソルティさんの働きを期待していますから、頼みますよ!」
「後ろにいる監督気取りのゴーグル野郎に、眩しいから外しやがれと言っとけ」
「そんなボソボソと僕に言わないで、本人に直接伝えてくださいね」
ゴーグルが視力低下を隠すための物だとは気づいていないのだろう。
付きあいすぎてボロが出るのを避けるため、アポロへと足を向ける。
「今日が初陣ですね。気負わなくて良いので、僕に任せてください」
精神統一でもしているのだろうか。
アポロは目を閉じたまま動かない。
「アポロさん、聞こえていますか?」
「一度勝ったくらいで上から目線なのはどうかと」
「そっくりそのまま返しますよ。ソルティさんとも仲良くしてくださいね」
ソルティに勝ったアポロの増長が酷かったので、僕が一騎打ちをして勝った。
ナックからの「自滅させてやれ」のアドバイスがなかったら、僕も危なかったかも知れない。
同時に、彼女の欠点も浮き彫りになった。
アポロは相手を圧倒して勝とうとする癖がある。
自信の裏返しだろうけど、トップリーグの猛者が相手だとキツイと思う。
アポロから離れて脇に寄る。
「もうちょっと、力を抜けばいいのに」
声を落として零すと、壁を背もたれにしていたクロワが歩み寄ってきた。
「今、彼女に正論を言っても無駄でしょう。それに、誰しもがハーベストさんみたいに『なるべくラクして勝つ』をできる訳ではありませんよ」
「え? どうしてですか? 楽をした方が勝ちやすいじゃないですか?」
クロワは「フッ」とだけいって答えてくれないし、答えてくれそうなチーザやキャメルへ視線を向けても、苦笑いで返されるだけだった。
軽く首を傾げ、ナックの方に向き直る。
「僕、間違っていますか?」
「安心しろ。俺も楽をして勝つ派だ。そろそろ時間だから動け。俺はメカニックスタッフ席で観戦する。朗報を待っているぞ」
「はいっ!」
そうして控室を出て、いつものハンガーへ。
だけど、ナックとソルティのいつもの軽口がそこにはなく、物悲しさがある。
乗りこんでピットカバーを閉じれば、僕と愛機だけの世界。
慣れ親しんだ操縦席の匂い。
緑色の機体にネオンラインの輝きが走る。
駆動音がピッチをあげ、人型装甲機兵のシート越しに伝わる鼓動が全身を包む。
「さぁ、いくよタート」
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「チームエクリプス、日食の時間です!」
『その手に野望を! 空の限界を超えろ! 飛べイカロス!』
《3、2、1……Break the sky!!》
両チームのかけ声を合図に、14機が一斉に動きだす。
縦に大きく広がりつつ、旋回軌道へ。
開始直前に仕掛けられたトラッシュトークは、全て無視してやり過ごした。
今のエクリプスがガタガタなのを悟らせない方針。
死蝶からの再三の挑発に、ソルティが沈黙を貫いたのは意外だった。
なのに──。
『ソルティ先輩! 戻って!』
『あ? 俺の動きにあわせろチーザ! モンド、望み通りぶっ殺してやる!』
何のことはない。静かにキレていただけだ。
チーザの指揮を無視して突撃していったソルティ。
これ以上、敵に有利な情報を流せないから、敢えての演技を行う。
「さっそく切り札プランでいくんですねソルティさん。チームエクリプス、バブル作戦でいきましょう!」
『あいよ!』
『え? ハーちゃ……りょ、了解!』
即興のハッタリを仕掛けた。
聞き返そうとしたチーザに、ウェハーが機転を利かせて大声を被せてくれて、正直ホッとしたところ。
でも、空気を読まない人がいるのを忘れていた。
『なんですそれは? 事前のプランにありません。まともな指揮をください』
『サービスたっぷりの新入り、いいねぇ!』
『ブラフかましても無駄だぜ。悪いな!』
アポロが色々と台無しにしてしまい、目眩を起こしそう。
至近で爆発したグレネードを迂回し、群がる猟犬たちを捌いて上空へ。
『D2、E3、プレス続行』
『アンチウェポンに仕事はさせねぇよ! 廃業しとけ!』
イカロスの中核を成す緑色のチェイサー。
暗号指示の内容は分からないが、先ほどからクロワの射線が、紫の番人に通らない位置取りを続けている。
イカロスは何かしらのコンタクトでタイミングをあわせ、ルーラーが実弾をばら撒くときだけ、クロワの射線をキッチリ防いでいた。
最強の槍が手元に縫いつけられ、法の支配が纏わりついて息苦しい。
まるで深海の底。
もがくほどに体躯が重く、絡めとられていく。
『方向感覚が狂います! 何なんだこれは?』
『アポロ、惑わされないで。ルーラーの手品だから!』
キャメルがアポロの救援に向かった。
初めてのイカロス戦で手玉にとられるアポロ。
光と音を完全支配するルーラー。
相変わらずの圧倒的な強さに、背筋が凍りつく。
『キャメル! お前もプロミネンスみたく陥落してろ!』
『死蝶、ストーカーは嫌われるよ!』
『褒め言葉か!? 墜ちるまでモスキートランデブーしてやろう!』
キャメルと死蝶の桃色と金色が捻じれあう。
無数に爆ぜるグレネードが、すずらんのように連なって咲き乱れる。
フィールドの反対側も激しさを増す。
無秩序に暴れるソルティは、ルーラーの秩序の檻に囚われて、いつもの持ち味が消されている。
逃げ惑うその背後には、焦げ臭さを思わす黒煙と、カメラを揺らす爆音が連なる。
『このムッツリが! 背後にパラパラと炒飯バラ撒くんじゃねーよ!』
「ソルティさん、飛ばしすぎです!」
目に映る灼熱、音しか届かない恐怖。
その全てで感覚が狂わされていく。
普段通りの動きをできているのはチーザしかいない。
「チーザさん! キャメルさんをキーパーと想定した指揮に切りかえて!」
『了解!』
手の内がバレるとか言っていられない。チーザも即応してくれた。
エクリプスの3枚のアタッカー陣。
その内の2機が、チームを無視した勝手な動きをしているのだ。
崩壊寸前の最前線を支えるのは、桃色の機影。墜とさせはしない。
「さぁ、これで僕の守りはゼロですよ! これでも僕を狙わないんですか!?」
『上等だ! のってやる! お前ら横薙ぎだ!』
5つの飛行機雲が横一列に揃いだす。
イカロスのアタッカーとチェイサー全機投入した横ライン。
一人で捌けたなら、ナックに肩を並べたと言える。
フィールドに幅広く展開し、眼前に迫る5倍の敵。
自らを鼓舞して高らかに吠えた。
『太陽に近づく羽虫の皆さん! 今日も黒こげですよ!』
『太陽らしく赤に沈めてやる! モンドさんご武運を!』
巨大な大鉈が眼前に迫り、モービルギアの振動なのか、僕自身の怯えなのか分からないほどの震えが包む。
無謀かも知れない。だが、ナックなら同じ選択をしたはずだ。
「濃紺&紫色のポンコツさんたち! フォローをお願いしますね!」
『あ? 誰がポンコツだぁ!?』
『受諾。自分が左翼を受け持つ』
狙いは横薙ぎ中央の敵チェイサー。両翼が殺到する前に必ず墜とす。
「あーあ、ラクしたいのに! でも、太陽の散歩道にしてあげますよ!」
───用語説明・補足解説:
・イカロスのMCが使う暗号指示について
アルファベットと数字の組み合わせで、位置関係を指揮している。
フレーズだけでは敵に分からないよう、射撃との組み合わせで位置が決定する。





