第三十三話 凄腕の後輩
凍てつくような朝。
今日はナックから全体招集がかけられている。
重要発表といっていたので僕がリーダーになる件だと思う。
「やば。寝過ごしてる」
大慌てでユニットバスのシャワーを浴びる。
終えてすぐに鏡付きテーブルの前に座り、髪を乾かしていく。
「もし遅れたら、ソルティさんに何を言われるか分かったものじゃないし」
急ぎながらも丁寧にメイクを済ませ、作業服に着替えて部屋を飛びだした。
「うぅ、やっぱり寒い」
選手宿舎の外に出ると、シャワーで温まった熱も一気に冷めてしまう。
「演習フィールドじゃなくてモニタールームに集合だったら良かったのに」
愚痴を零しつつ演習フィールドへ向かう途中、ソルティとばったり会った。
「ずいぶんとゆっくりな重役出勤じゃねーか! 終わった後、メシでもおごってやろうか?」
「チーザさんと先約があるので結構です。それに重要発表の後ですぐに自由時間とは限らないですよ?」
「カカカ! かもな! ナックが何を言うのかは良く知らねえけど楽しみだぜ!」
重要発表の内容を知らないのにやたらご機嫌なソルティに疑問を持つ。
「どうしてそんなに機嫌が良いんです?」
「あ? そらだって、ナックがすげー未来のことを考えだしたんだぜ? 将来的にハーベストへリーダーを譲りてーなんて言いだすとは、こん前までは考えられなかったからな」
それを聞き、ソルティが勘違いをしていると気づく。
指摘するべきかを逡巡したのち、僕は視線を反らす。
すかさずソルティが背中を叩いてくる。
「ハーベスト、不安にならなくていーんだよ! 時間をかけてゆっくりとリーダーのことを学べ! 5年後くらいには問題なく引き継げるようにしてやっからな」
今シーズンから僕がリーダーになると知ったら、どう思うのだろうか。
なんだか胃が痛くなってきた。
陽気なソルティの軽口を聞き流しながら歩く。
アスファルトが終わり、土の地面のところには雪が積もっていて、足音がザクザクとしたものへと変わる。
「うわぁ、靴の中が濡れてきた。レインブーツにすれば良かったかも」
「あ? だからさっき俺が言ったじゃねーか。ハーベスト、聞いてなかったんかよ? お、あれ……ナックが誰か連れてきてるぞ。新人か?」
ソルティの見ている方向には、ナックと若い女性が見える。
ダークレッド色のオールバックで、鋭いヴァイオレットの眼光。
第一印象は、とても気が強そう。上手くやっていけるか少し不安だ。
全員が揃ったことでナックが口を開く。
「今日は重要発表がいくつかある。まずは新しく加わるアポロだ。アポロ、自己紹介しろ」
アポロと呼ばれた女性は、ふてぶてしい態度でナックの隣から一歩前に出た。
横一列に並ぶ僕らを一瞥する彼女。
「自分はアポロと言います。このたびエクリプスに所属することになりました」
そこで言葉が止まる。
見かねたのか、ナックが咳払いをした。
「アポロ、それで終わりか?」
「はい」
「……希望のポジションとか、得意戦術とかはないか? 趣味でもいいぞ。皆にお前の良さをアピールしろ」
アポロは、ナックの方を見もせず受け答えしていて、態度が悪い。
「いったい何の意味が? これまでのデータは全て提出していますので、隊長が適正ポジションを判断すべきと考えます。趣味も競技に必要な情報とは思えません」
チーム全員が絶句した。
彼女の眼差しと同じように、性格も切れ味が鋭いタイプのようだ。
ナックが軽く嘆息する。
「俺から説明しよう。アポロは複数のチームを渡り歩き、いずれも高い戦績を残している。協会からの推薦もあり、エクリプスが迎え入れる優先権を得た」
「優先権とは、どういった経緯から発生したのでしょうか?」
「良い質問だクロワ。トップリーグで控えメンバーがいないのは、エクリプスだけだからだ。怪我でリーグ戦を欠場など、スポンサーも観客も求めていない」
クロワも回答に納得できたみたいで、眼鏡を直しつつ頷いた。
ナックは全員の顔を見回す。
「他に質問がないのなら次の話をする。来週のイカロスとのエキシビションマッチから、ハーベストがチームリーダーを務める。ハーベスト、抱負を語れ」
コメントを求められるなんて何も聞いていない。
僕が一瞬目を丸くすると、ナックは優しい笑みを浮かべた。
これもリーダーの試練だと言わんばかりの視線。
僕は覚悟を決め、皆の前に歩み出た。
「フッフッフ! 僕がエクリプスの新リーダーです。全勝するつもりでいますので、皆さんも気合いをいれてくださいね!」
正直、心臓はバクバクだけど、笑顔で告げる。
皆も拍手で迎えてくれた。
なのに、ソルティだけが拍手もなく、驚愕の表情を見せる。
「あ? これは一体どういうことだ!? ナック!」
「どういうことも何も。ハーベストをリーダーにする話は通していただろう?」
ソルティは僕を睨んでくる。
「ソルティさん、落ちついてください」
「何で知ってて言わなかった!?」
「僕に言われても困りますよ! ナックさんから話が通っていると思って……」
苦しい言い訳だけど、ソルティは僕を問い質すのを諦め、ナックに詰め寄った。
「ナック! きちんと説明しろ!」
「後にしろ。重要事項の説明が先だ」
ナックはソルティをすげなくあしらい、軽く襟を正す。
「来週以降のスタメンは、アポロをFAに迎え、俺が控えに回る」
見回さなくても全員が息を飲んだのが伝わる。
即座に動いたソルティが、ナックの胸倉を掴んだ。
「ナック!」
「だから後にしろ。アポロの実力は保証する。それにリーグ戦が始まってからは試行錯誤もできん。テストには厳しい相手だが、今のエクリプスなら乗り越えると信じている」
ぶっつけ本番で現在No.1のイカロス戦だなんて、正気の沙汰ではない。
一触即発の雰囲気の中、アポロが鼻で笑う。
「暴言王というのはうるさくて耳障りですね。自分がチームを勝たせますから黙っていてくれますか?」
「あ? 今、なんっつった!?」
ソルティが殴りかかろうとしたのを、ウェハーが割って止める。
「姉貴、落ちついてください」
「どけウェハー! このガキに世の中のジョーシキってヤツを叩きこんでやる!」
ソルティの剣幕にも怯まず、アポロは言い返す。
「弱い犬ほどよく吠える。仮にも選手というのなら、口だけではなくモービルギアで実力を見せて欲しいですね。いつでもお相手しますよ」
「なら今すぐだ! 舐めた口きけねーようにしてやる!」
急遽、二人が戦うことになり、止めるべきなのかを迷う。
ナックの方をちらりと見たが、彼は腕を組んで静観していた。
なるほど。
B級リーグのトップランカーでもソルティに勝てるとは思えないし、最初にモービルギアで優劣を決める方が、暴力沙汰になるよりマシかも知れない。
ウェハーが仲裁しながら、二人はガレージへ。
二の腕を擦りながら待つと、ガレージから2機のモービルギアが出てきた。
雪の照り返しのせいか、濃紺色と青紫色の機影が、心なしか鮮やかに見える。
「マリンお姉ちゃんと同じ青紫色……」
「チーザさん、どっちが勝つか賭けませんか?」
「いいね、あたいも噛ませてよ」
キャメルも賭けに乗り気だ。
試合開始の合図もなく、2機は空中で激しい格闘戦を始めてしまう。
合図代わりのグレネードの大輪がいくつも咲き、振動と熱波が肌を叩く。
爆風が吹き荒れ、冷たい空気を押しのけていった。
鼓膜がバカになりそうな中、近寄ってくるナック。
「俺も一口乗ろう。アポロに10万だ」
「え? ソルティさんじゃないんですか?」
ナックは顎で空を見るよう促す。
つられて見上げると、高度な駆け引きでの主導権争いが空に広がっていた。
無数のマイクロミサイルが入り乱れ、双方のサーカスターンで目が回りそう。
不規則なソルティの攻め。
それをキッチリと封じこめるアポロの動きが印象に残る。
「凄い……これはメリーさん? いや、死蝶さん? 黒雷?」
多彩なフェイントは夢幻。
華麗な操縦は死蝶にも見えるし、黒雷のような精密さも感じる。
息をするのも忘れ、攻防に魅せられていく。
ベテランの技なのか、ソルティがアポロを戦闘空域の境界へ追いこんだ。
だが、バリアに激突する瞬間、反転ターンを繰りだすアポロ。
「嘘!? あれはアカトさんの!」
モービルギアとバリアの奏でる衝撃波が、地震のような揺れとなって響いた。
そのままカウンターを叩きこまれたソルティ。
「やはりな……彼女が最後の強化兵士か」
僕の耳には、ナックの呟きがやけに強く残った。





