第三十一話 スター街道
「ここに入れてください。そうそこです。あぁ、慌てないで。落ちついて優しく……あぁいい!」
「私にも入れてください! もう待てません! その太いので早く!」
「ここにまっすぐ入れてください。……綺麗に入りましたわ!」
出待ちファンに囲まれ、サインをせがまれている。
僕はあまり得意ではないので、時間がかかってしまい、さらに人が集まるという悪循環が始まり、サイン地獄から抜けだせずにいた。
最近はどこにいっても騒がれることが増え、トップリーグ選手の人気を痛感する日々が続いている。
今、目の前にきた男性ファンも鼻息を荒くした。
「ハーベスト選手、好きです! 結婚してください!」
「いえ、そういうの困ります。それに僕、まだ成人してないんで」
周りから持てはやされるのは悪い気がしないけど、こういったのは困る。
適当にあしらい、待っていた大人しそうな女性に目を向けた。
「次の人、どうぞ」
「あ、いえ、私は違います。死神さんという選手を探していて……」
チームで禁句となっているその言葉を聞き、頭がカッと熱くなる。
「その異名でナックさんを呼ぶのはやめてください!」
思わず声を荒げ、その女性を睨んだ。
すると慌てた様子でチーザが駆け寄ってくる。
「ハーちゃん、ダメだよ。落ちついて。お客さんもごめんなさい。悪気がないのは分かっているから。泣かないで、ね?」
やってしまった。ファンに怒りを向けるなんて、選手としてあるまじき行為だ。
チーザが他のファンに断りをいれ、突発のサイン会はお開きとなった。
「ハーちゃん、帰ろ。ウチの車で送るから」
チーザに続き選手専用の駐車場へ向かうと、空飛ぶ車が停められていた。
「新車を買ったんですか?」
「そうだよ。ウチもトップリーグの選手になったんだから見栄を張らないと!」
背伸びしたローンを組み、購入したと思われる高級感が漂う新車。
チーザの好きなイエローカラーが、汚れひとつない流線形のフォルムに映え、ほとんど乗っていないことがうかがえた。
笑顔のチーザはガルウイングドアを開き、手招きをしている。
僕は恐る恐るという感じで乗りこみ、シートベルトをしめた。
「レッツゴー」
「安全運転でお願いしますよ」
飛行禁止区域のメインストリートを抜け、郊外へ。
道路標識に飛行許可のマークが見え、飛行専用車線で20mほど緩やかに上昇。
浮遊感と同時に、シートベルトの締めつけがキツくなり、ちょっと苦しい。
飛行モードに入ると、車窓から遠目に見える市街地が勢い良く流れていく。
「チーザさん、窓を開けてもいいですか?」
「もちろん!」
開閉ボタンを押すと、車内のノイズキャンセラーが解除され、風音と駆動音が鼓膜を叩きだす。
そのまま窓を全開にして、風を感じてみる。
通りは海岸沿いに出たので、潮の香りが心地良い。
「んー、風がいい感じですね。嫌な気分を忘れさせてくれますよ」
「なら良かった。ハーちゃん、お客さんにあんな対応しちゃダメだよ」
「だってあの呼び方!」
反射的に口ごたえをしてしまう。
あのファンが発した「死神」という異名。
ナックが呼ばれるのを嫌うから、チームでは絶対の禁句になっていた。
「僕はナックさんを傷つける人を許せないんです」
「ウチだって気持ちはわかるよ。でもダメ。嫌な気分になったとしても、いつでもポジティブに! だよ」
僕と3つしか違わないのに、チーザがやけに大人びて見える。
「それってマリンさんの口癖なんですよね? どういう方だったんですか?」
マリンのことはほとんど知らない。
何となく聞いてはいけない雰囲気があったので今まで聞けずにいた。
それに政府から処分されたこともあって、試合の映像も一切残っていない。
愚痴とあわせ、怒濤の勢いで疑問や不満を吐きだす。
すると、笑顔をこちらへ向けるチーザ。
そのコバルトブルーの瞳に惹きこまれ、一瞬言葉を失ってしまう。
「ハーちゃんが見たことないなら、見てみる?」
「マリンさんの映像あるんですか?」
「エクリプス秘蔵の品だから絶対ナイショだよ?」
僕は何度も頷く。
皆が「凄いキーパーだった」と言うマリンの試合映像には興味があった。
一度見ればものにできる自信もある。
楽しみにしていたら、選手の共同区画へあっという間についた。
「停めてくるから、申請だしちゃって」
「了解です」
端末に選手用ICカードをかざし、モニタールーム利用の手続きを行う。
申請が終わる頃にはチーザが駐車場から戻ってきた。
定員30人の部屋を僕とチーザだけで貸し切り。
ちょっと気分がいい。
「チーザさん、珈琲でいいですか?」
「カフェモカでお願い。ココアパウダーと生クリームをた~っぷりで!」
「はい。たっぷりですね」
飲み物を用意する間に機材のセットアップも終わったようだ。
「どうぞ。熱いから気をつけてください」
「ありがと~ハーちゃん」
初めて見る昔のエクリプスの試合。
湯気が運ぶ甘い香りも相まって、自然と心が踊る。
「この頃はまだクロちゃんもいなかった時期だねぇ」
チーザが楽しげに解説する中、キーパーとしてのマリンの動きを確認していく。
見慣れない茜色のバックスと、紫色のキーパー。
そのバックス機とチーザの二人が、チームの足を引っぱっているのが分かる。
圧巻なのはマリンの操る紫の機体。
敵が休みたいタイミングでは守りを減らし、攻めの気配を見せたらそれを削ぐ。
機先を制する位置取りを続け、試合全体をコントロールしている。
以前、決勝で戦った黒雷にも似た、未来予知を思わせる読みの深さ。
ナックも今ほど積極的ではないのもあり、マリンこそがチームの柱だった。
凄さに魅せられ唇も喉もカラカラに乾いていき、自身の思いあがりを痛感する。
「これほどの選手がいて勝てなかったなんて信じられません」
「……ウチが入る前は凄い選手がいたから、もっと勝ってたんだよ。でも、エクリプスは控えがいないから」
僕らエクリプスの最大の弱点。
最低人数しかいないので、怪我人が出ると不戦敗になってしまう。
他の人気チームは、控えメンバーだけでもう一つチームが作れるほど人員を揃えているのに、エクリプスでは補充が行われていない。
「どうして補充しないのですか? 希望する選手は多いですよね?」
「先輩が厳しいからだよ。実績のないハーちゃんを連れてきたときには本当に驚いたんだから」
その話は聞いている。
ソルティが珍獣でも見つけたかのように、僕へ構った理由が「ナックが手放しで褒めるから興味あんだわ」と、いうものだった。
チーザがその後も何かを語っていたが、僕の意識はマリンの凄さに釘づけ。
敵の心まで見透かし、タイミングを支配する動きに憧れを抱いた。
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あの日、マリンの映像を見てから僕の意識は変わった。
今までは、過去の人だから簡単に超えられると楽観視していた。
超えたい。心の底からそう思う。
意気込みを新たに、ファンサービスのイベント会場にきていた。
僕の握手会のブースには、長蛇の列が続く。
「次の人、どうぞ」
「は、はじめまして! ハーベスト選手! 私、大ファンです」
「ありがとうございます」
年下と思われる女の子と握手を交わす。
柔らかい手。
選手にはないその柔らかさに心が温かくなる。
「私、ハーベスト選手と死神さんが特に大好きなんです」
「ナック選手のことは異名ではなく、ぜひ名前で呼んであげてくださいね。彼も喜びますよ」
「は、はい!」
心持ちが変わったからか、以前より冷静に対応できた。
まだまだ僕は高みにいける。
「……いつか本当の意味でマリンさんを超えてみせますよ」
「え? ハーベスト選手、なんですか? 声が小さくて聞き取れなかったです」
「あぁいえお構いなく。次の試合も僕を観に来てくださいね」
終わりの見えないファンの列。
この人たちはマリンのことを知らないだろう。
でも、エクリプスの皆からは、本当の意味で超えたと認められたい。
握手とサインをこなしながら、そのことを強く願った。





