第三十話 ミラージュ・シー
メリーは隣のテーブルから椅子を移動させ、ナックの隣に陣取った。
「ナックさん、やっとAリーグに上がってきてくれて嬉しい」
「昨日は勝たせてもらった。だが、バルキリーも以前より実力をつけたな。バックスの彼女は81隊だろう? 見違えた」
「嬉しいです。ナックさんにそんなふうに褒められるなんて、本人も絶対喜ぶ」
この人は一体誰だろう。
そう思ってしまうほどの豹変ぶりで、いつものゴリラは鳴りを潜め、目にはハートマークが浮かんで見えるほど。
僕のナックに近づかないで欲しい。胸がムカムカする。
「そんなに近くに座る必要ありますか? 大体、同席するのなら、一言あるべきだと僕は思いますけど?」
「あら、マリンと違って随分と奥手なのね」
僕が抗議をしても、二人は思い出話に花を咲かせていく。
「マリンは昔から積極的だったからな。ハーベストも似ているところはある」
「でも、若いし、経験不足よね? 私ならナックさんを満足させられるわ」
「マリンの友人を恋愛対象としては見れないな。メリーなら他に良い男が見つかるだろう。マリンみたいにな」
メリーは懐かしそうに目を細め、テーブルに頬杖をついた。
「ウェハーさんを掴まえたマリンは凄いよ。男を見る目は確かだったね」
「俺もそう思う。あれだけ献身的な男はそういない。マリンに比べ、俺の見る目は足りていなかった」
ナックも海を眺め、懐かしむような表情を見せる。
さっきからマリンの話ばかりで、僕が割って入る余地がない。
「メリーさんは別チームなのに、やたらうちのメンバーのマリンさんに詳しいんですね。対戦経験が多いとか?」
「私? 私はマリンとタッグを組んでいたからね。誰よりもマリンのことは詳しいはずさ。とは言っても、ウェハーさんの方が夜は詳しいかも知れないね」
メリーが僕に向けてウインクをする。ナックも僕に視線を向けた。
「ハーベストはミラージュ・シーという言葉を聞いたことがないのか?」
僕はムッとしてつい強めに返してしまう。
「それくらい僕でも知っています。戦時中の防衛戦で伝説となったコンビですよ」
「それがメリーとマリンだ」
「嘘!?」
数々の逸話が残るミラージュ・シー。
強化兵士のコンビという情報以外は伏せられているが、たった2機で援軍が到着するまでの防衛を成し遂げた。
政府が削除するので碌な映像は残っていないけど、僕も見たことがある。
先日の夢幻のフェイント。
どこかで見たことがあると思っていたら、かのミラージュ・シーの映像だったといまさら気づいた。
夢幻のフェイントとタッグを組み、敵を機能不全に陥らせた機影を思いだす。
「なら、あの敵の連携を崩壊させる動きの人がマリンさんですか?」
「そうだ。大海と呼ばれるマリンの十八番だな」
「うふふ。まだ幼いハーベストちゃんに、あんな動きは無理よ」
メリーがからかうような笑みを浮かべる。
「マリンはあの能力のせいで、心を病むほどに辛い日々と向き合ってきたのよ」
喋りながらメリーの表情は沈む。
「だからアンタには超えられない。私に勝ったくらいでマリンに並んだ気にならないで頂戴」
「どんな能力かは知りませんが、心を強く持っていれば病むことなんてないかと」
反論をすると、メリーは視線を落とした。
代わりにナックが口を挟む。
「そういえば、ウェハーと出会ってからだったな。マリンの口癖は」
ナックは再び海に視線を戻し、メリーも表情を綻ばせ、海を見た。
──「いつでもポジティブに」
ナックとメリーの言葉が重なる。
「それってチーザさんの口癖ですよね?」
「元々はマリンの口癖だ」
そう返すナックの笑みも柔らかかった。
僕が言葉を失っていると、店内のカウンターの方から騒がしい声が聞こえだす。
数名のお客がこちらへ駆け寄ってきた。
「メリー選手にハーベスト選手ですよね! 昨日の試合、凄かったです!」
「私も会場に観にいきました! サインください!」
長居をしてしまったせいか、僕らに気づいたお客が増え始めている。
サインに応えつつナックを盗み見ると「そろそろ出るか」と一人で席をたった。
「……ずるいなぁ」
「え? 何か言いましたかハーベスト選手?」
「いえ、何でもないですよ。次の方どうぞ」
ナックは頑なにメディアへの露出を避けているので、素顔を知っているファンは少ない。
サインを終える頃には、いつの間にかナックは消えていた。
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翌日。
雑誌の取材で、ソルティやキャメルと共に撮影スタジオへ訪れていた。
スタッフの人たちへ挨拶をすませ、控室に入る。
僕が撮影スケジュールを確認していると、キャメルのウォームホワイトの瞳が覗きこんできた。
「ハーベスト、どうしたの? 何か浮かない顔ね」
「昨日、色々ありまして……コインランドリーにいれていた洗濯物も回収を忘れてしまって」
「そう。忘れ物で晒されていたのはハーベストのだったのね」
今朝、恥ずかしい思いをしながら受け取りにいった。もう二度とごめんだ。
「ハーベストがそんなつまらないミスをするなんて珍しい」
「もう忘れましょう。ところで今日の衣装はこれ……本気なんですか?」
かなり際どい水着。
男性紙向けのグラビア撮影だと聞いてはいたけど、着たこともない面積の水着に多少物怖じしてしまう。
どうして水着が必要なのか分からないけど、これも仕事と割りきる。
隣のキャメルも苦笑い。
「アカトのためとわかっていても、ちょっと恥ずかしいね。あたいは若くないし」
「ですよね」
先に意見を聞けて良かった。
何も知らなかったら、「これが都会の標準なのか」と勘違いして着た可能性すらあるから。
既に着替えとヘアメイクを終えたソルティが、タオルをふり回す。
普段と違い、女性らしい内巻きミディアムにしているのに言動で台無しだ。
「この程度で恥ずかしいとか言ってんじゃねーぞ! アカトの野郎のためにも体張れや、オラァ!」
ビキニ水着を着たソルティの腹部には、古傷が見える。
戦争でついた傷だろうか。あまり語ってくれないので僕は知らないことが多い。
「ソルティさんは恥ずかしいという言葉が無縁な存在ですしね。ところで……」
古傷の話題を振ろうとしたら、控室の扉がノックされる。
「ハーちゃんたちはもう着替えた? ウチ、先にスタジオいってるね」
チーザの声が聞こえ、パタパタとした足音が遠のいていく。
僕とキャメルは覚悟を決め、頷きあった。
大慌てで着替えとメイクを終え、撮影スタジオへ入る。
そこでは、パレオワンピースを身に纏ったチーザの撮影が行われていた。
「チーザ選手、もう少し腕で胸元を隠す感じで……」
「こうですか?」
「そう、そうです! ありがとうございます!」
普段はボサボサショートなのに、梳かされてスッキリしたボブヘアーになっているチーザは、どこからどうみても女の子にしか見えない。
チーザの背景には花すら見える気がする。
パレオで腰回りから下は誤魔化しているし、カメラマンも読者受けを狙ってか、胸元を隠させる仕草ばかりをオーダーしている。
「さすが彼女にしたい男性選手No.1のチーザさんですね」
「それ、本人に言ったらダメ」
「その辺は僕だって分かってますから」
チーザは女の子と間違われるのが嫌で、普段は髪をわざとボサボサにしている。
今みたく髪を整えていた頃は、毎週のように男性から告白されていたそうだ。
気持ちは分かる。僕も男だったなら、告白しにいっていると思うから。
続けて、チーザの隣にソルティも参加し、二人の撮影となっていった。
「ソルティ選手いいですね~。中性的な容姿から一転して、今日は素晴らしい美貌です! 少し前屈みになって胸を盛り上げて頂けますか?」
「オラ、こういうのが男は好きなんだろ? ほれほれ!」
ソルティは下品なまでのサービスをしている。
僕らエクリプスが目立つことで、アカトが逃げやすくするためとはいえ、正直やりすぎにも思えてしまう。
「ソルティさんの水着はほとんど紐じゃないですか。僕には絶対に無理です」
「あたいだってあそこまでのは無理」
チラリとキャメルの大人の体を見てしまい、僕には溜め息しか出てこなかった。





