第二十九話 リーグ降格
プロミネンスは勝率が1割まで低迷し、Bリーグへと転落した。
その主な原因は、チームリーダーであるアカトの失踪。
僕らエクリプスが優勝する傍らで、いつの間にか消息が掴めなくなっている。
うかつな発言を避け、記者を煽って煙に巻く。
「ハッハッハ! 上位チーム以外には興味がないですし、良く分かりませんね。では、僕はここで失礼します」
チーザへ目配せをして、足早にプレスルームを立ち去る。
逃げるのを責めるかのように、大量のカメラフラッシュが降り注いだ。
部屋から廊下に出ると、チーザが安堵の表情を見せる。
「ハーちゃんがいて助かったよ。ウチ一人だったらアカトさんのことを、受け答えしてたと思うから……」
「チーザさん、名前をだすのもアウトですよ」
「はぅ!」
慌てて口を覆うチーザ。
アカトの消息が不明ということは、まだ政府から逃れ続けていることも指す。
詳細は知らないし、可能な限り政府に情報を渡さないためにも、エクリプスではダンマリを決めこむことになっていた。
無言のまま控室に移動し、中にある更衣室へ向かう。
「じゃあハーちゃん、後でね」
「はい。僕も早く着替えますね」
チーザは隣の更衣室へ入り、僕は女子更衣室へ。
着替え終えたキャメルが、ちょうど部屋のドアをあけたところに出くわす。
「意外と早かったね。メリーとは仲良くやれた?」
「あの人、僕の手を握力計か何かと勘違いしてましたね!」
苦笑いを浮かべたキャメルとすれ違う。
ラベンダーのコロンだろうか。訓練中にはない、女性っぽさを鼻先に感じた。
「じゃあお先」
「はい。お疲れ様でした!」
キャメルが部屋を出て扉をしめると、一人きりの静寂が包む。
ロッカーを開け、冷え切った扉の裏にある鏡を見つめる。
そこには、憂い色のにじむ僕の顔があった。
「アカトさん……きっと生きててくれますよね?」
僕よりもつきあいの長い人が多いし、僕なんかが心配するのはおこがましいのかも知れない。
でも、エクリプスが躍進できたのは彼のお陰だ。
もう一度会ってお礼が言いたい。
鏡に映る顔がわずかに綻んだところで、ノックの音が響いた。
「ハーちゃん、着替え終わった?」
「すみません、まだです!」
僕は急いで着替えをすませ、ロッカーをとじた。
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選手宿舎。
帰宅し、部屋のユニットバスでシャワーを浴びたところまでは覚えている。
その後の記憶はあやふや。いつの間にかベッドで寝ていた。
あまり寝つけず、夜中なのに目が覚めてしまう。
「くしゅ! ……どうりで寒いと思った」
下着しかつけていない状態で、突っ伏していたようだ。
自分でも気づかないほどに、バルキリー戦で消耗していたらしい。
眼が冴えてしまったのでランニング用の服に着替え、共用洗浄区画へ洗濯物を抱えて移動する。
息をつく暇もなく訓練に明け暮れていたのもあり、溜めこんだ洗濯物はズシリと重かった。
「早く引っ越したいな」
エクリプスもAリーグにあがったから、専用宿舎にいつでも移ることができる。
共用洗浄区画にあるコインランドリーを利用するのも、あと数回の辛抱だ。
洗濯物をドラム式の洗濯機へ詰めこみ、選手用ICカードを認証部分にかざす。
ピピッと音がしたのち、面倒臭そうな唸り声をあげてドラムが回り始める。
しばらく泡が回る様子を眺め、大きく伸びをする。
コインランドリーの外に出て、準備運動を念入りに行う。
そうして薄暗いランニングコースへと駆けだした。
日の出の時間が近づき、薄っすらと空が白んでいく。
演習フィールドの外周路のランニングコース。
徐々に世界が色づき始め、街路樹の緑が鮮やかさを増す。
朝もやが仄かに照らされ、どこか幻想的な雰囲気だけど、踏みしめる感触が現実だと示してくれる。
緩やかな傾斜を走りながら、色々なことを思う。
僕の体力の課題から、行方の分からないアカトのこと。
考えが纏まるより先に、僕の心肺機能が不満を言い、息もあがる。
もっと実力をつけたいと考えていると、背後から足音が近づいてきた。
追いついて並走してきた人影はナック。
「朝早くから体力作りとは感心だ。後ろ、ハネているぞ?」
「ナックさんも早いですね!」
ランニングとは別の意味で心拍数があがる。
普段の彼は、もっと遅い時間のランニングのはずだから、油断していた。
こんなことになるのなら、ちゃんと髪を整えて置くべきだったと後悔。
「あ、そうだ! ナックさん」
走るペースを維持したまま、寝癖を手櫛で直し、話題をふってごまかす。
「ゴリライ……じゃなかった。メリーさんがナックさんに会わせろって言っていたんですけど、お知りあいですか?」
記者会見でのことを告げるも、ナックは眉一つ動かさない。
「そうか」
「あれ? お知りあいではないんですか?」
「直接の面識はそれほどない。共通の知人がいるだけだ」
淡々と返されてしまった。
同じ強化兵士だし仲が良いかと思っていたら、そうでもないらしい。
そういえば、死蝶とソルティも不仲だった。
大戦を生き抜いた軍人たちには、何かしら思うところがあるのかも知れない。
「わっ……っと」
「そこは路面にギャップがあるから気をつけろ」
「すみません、ちょっと考えごとをしてて」
「考える暇があるのならペースをあげるぞ」
ナックがスピードをあげたので、数歩遅れで追いかける。
僕にはかなりキツイペース。
前を走る彼の表情は見えない。
何かを隠すために、顔を見られないようにしている気がした。
知らないナックの一面にもやもやしつつ、言葉数少なくランニングを終える。
「ぜぇ、ぜぇ……早すぎですよ」
「そうか? ウォームアップにはちょうど良かったし、濡れた草木の香りに導かれ、霞の向こうへ光とのチェイスをすれば、汗も仲間となって流れるだろう」
また始まった。ナックのポエムが。
本人にその自覚は全くない。
一年以上も聴き続けたので、僕の思考もかなりナック節で汚染されている。
「気持ちよく走れたんですね。僕としてはもう少しお話ししたかったな」
うまく会話が繋げられなかったことに肩を落とすと、ナックが僕へ向き直る。
「ハーベスト。この後、予定が空いているならカフェにでも行かないか?」
「え? いいんですか?」
「ここから3㎞ほどだから、走ればすぐだ。いくぞハーベスト」
「ちょっ……」
色々と汲みとって誘ってくれたのは嬉しい。
けれど、僕の息が整うのを待たずに、ナックは走りだす。
限界に挑む覚悟で追いかけた。
選手施設から東に走ると、海岸が見えてくる。
荒くなってきた息遣いと共に、潮騒が聞こえだす。
ちょうど太陽がすっぽり出てきたところ。
海面がキラキラと眩しく照らされ、昨日のカメラフラッシュを思いだす。
ふいにナックが足を止め、ふり返って親指で目的地を指し示した。
深い軒先のある平屋の店。
木製の吊り下げ看板には、Coral Coast Cafeと書いてある。
「行きつけの店はここだ」
「コーラル・コースト・カフェ?」
「俺はCCCと呼んでいる」
広めのウッドデッキテラス席からは、見渡す限りの海が一望できる。
お店は開店直後だからか他の客がいないので、貸し切り気分。
一番見晴らしが良い席を確保した。
「俺が買ってこよう。何にする?」
「えーっと、このフレンチカプチーノで。メープルシロップとココアパウダーをメガ盛りでお願いします!」
「……できるか一応は聞いておく」
ナックは思考を止めたのか、やや反応が遅かった。
手元のメニュー表を見る限りでは、カスタマイズは可能なはず。
海を眺めながら待っていると、ふとあることに気づいた。
「これってデートだったりするのかな?」
急にドキドキしてきた。疲労で火照っていた体が、別の意味で熱を帯びる。
服を引っぱって嗅いでみると、ランニング直後の酸っぱい匂いがした。
そこに珈琲の良い香りが差しこむ。
「どうしたハーベスト? シャツが伸びるぞ? それとオーダー通りのカプチーノだ。こんな頼み方ができるとは知らなかったな」
「ありがとうございます」
「なぜ離れていく?」
僕はフレンチカプチーノを受けとると、座席をなるべく遠ざけて、テーブルの端に陣取る。
ナックは無理に近づこうとせず、そのまま席に腰をおろした。
そのことに胸を撫でおろしつつ、カプチーノを啜る。
柔らかいほろ苦さと、甘みの強いミルクが熱と一緒に体へ染み渡っていく。
「美味しいですね。ここ、良く来るんですか?」
「あぁ。ここに来ると思いだすから、少し前までは足が遠のいていた」
「思いだす?」
ナックは豆の薫るブラック珈琲を一口含み、ゆっくりとマグをテーブルに戻す。
「ここは生前のマリンを思いだすからな」
「そっか。マリンさんとの思い出の場所なんですね」
僕がエクリプスに入隊する前に、キーパーを務めていたマリン。
ウェハーの奥さんで、僕に直接の面識はない。
政府から処分された経緯があるので、チーム内では話題にしづらく、詳しいことを僕だけが知らなかった。
ナックも多くを語る気がないのか、海を眺めている。
尋ねられずにうつむくと、店から人影が出てくるのが視界の端に映った。
視線をあげると、そこには昨日対戦したメリーの姿。
「ナックさん……やっと会えた」
「メリーか。プライベートで会うのは二年ぶりだな」
※詳しく知りたい人向けの情報です。読み飛ばしても本編に影響はありません。
───用語説明・補足解説:
・控室の中の更衣室
男女混合のチームが多いのもあり、各チームの控室の中に男女別々の更衣室が設けられている。
・Aリーグの専用宿舎
高級ホテルの待遇で何でも揃っており、そこに住むことがスター選手の証明でもある。
Bリーグ選手の使う宿舎は、風呂や洗濯が共同区画にしかない。だが、選手用ICカードがあれば施設は使い放題である。





