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王国最後の軍師 ―敗残兵から始める異世界覇道戦記―  作者: 千蘭


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第9話 閉ざされた道

 北西へ向かって、一行は歩き続けていた。


 先に出た斥候を追い、老人が道を示す。その後ろを、兵と避難民、負傷者を乗せた荷車が進んだ。


 レンは列を振り返った。


 まだ、誰も遅れてはいない。


「街道までは、もう少しです」


 老人が言った。


「北西へ続く道です。わしも商いで何十年と使ってきました」


「なら、この先は詳しいんですね」


「目をつぶっても――と言いたいところですがな」


「ちゃんと見て歩いてくださいね」


 ガルドが笑った。


「信用がないのう」


「あるから、案内をお願いしてるんです」


「それもそうですな」


 老人も笑った。


 レンは、その隣へ並んだ。


「今朝、領主のことを詳しく話してましたよね。会ったことがあるんですか」


「何度か。館へ品を納めることがありますので」


「直接?」


「はい。布や香辛料、それから南方の酒などを」


「酒も?」


「領主様も人ですからな」


 ガルドが頷いた。


「信用できそうな領主じゃ」


「酒だけで?」


「大事じゃぞ」


 老人が声を上げて笑った。


「まあ、顔と名前くらいは覚えていただいております」


「じゃあ、会えたら話を聞いてもらえそうですか」


「聞いてはくださるでしょう。ただ、知り合いだからと、判断を曲げる方ではありません」


 レンは老人を見た。


 それなら、顔が通じても、その先は別だ。


 隣を歩くセレスティアも、黙って聞いていた。


     ◇


 森が途切れ、広い街道へ出た。


 先に様子を確かめた兵が戻り、ガルドへ報告する。


 近くに敵の姿はない。


 列を止めたまま、レンたちは道の左右を見渡した。


「……静かですね」


 老人は答えなかった。


 街道の先を、じっと見ている。


「どうしました?」


「いつもなら、人の行き来があるのですが」


「戦争で、通れなくなったとか?」


「その可能性もあります。ただ、逃げてくる者も見当たらんとは……」


 荷馬車も、避難民もいない。


 捨てられた荷物すら、道端にはなかった。


 リオが地面へしゃがみ込む。


「大軍が通ったような跡は、見当たりません」


「馬の跡は?」


「あります。ただ、ここだけでは数も時期も分かりません」


 レンは頷いた。


「近くに村はありますか」


「この先です。街道から、少し入ったところに」


 ガルドが兵を呼んだ。


「先に見てこい。人がおっても、騒がせるなよ」


     ◇


 戻った兵の報告を受け、レンたちは村へ入った。


 本隊は入口の手前で待たせ、警戒の兵を残してある。


 家は焼かれていなかった。


 扉も壁も、大きく壊された様子はない。


 けれど、人の声がしなかった。


「誰もいません」


 家を確かめていたリオが出てきた。


「見える範囲では、争った跡もありません」


 レンは開いた戸口から中を覗いた。


 卓と椅子は残っている。棚の扉も閉じられていたが、食べ物はほとんど見つからなかった。


 隣の家も、似た様子だった。


「慌てて飛び出したようには、見えませんね」


 レンが言うと、ガルドが頷いた。


「持てる物をまとめて出たのかもしれん」


 老人は村の中央に立っていた。


「避難させたのでしょうか」


「領主が?」


 老人は北西へ目を向けた。


「わしの知る領主様なら、村人をそのままにはしておかんと思います」


 レンも、空になった家々を見た。


 誰かが迎えに来たのか。村人たちで決めて出ていったのか。


 どこへ向かったのかも、まだ分からない。


「確かめに行きましょう」


 レンは言った。


 老人が、ゆっくり頷いた。


     ◇


 街道へ戻り、一行は再び北西へ進んだ。


 道沿いの畑にも、人はいなかった。


 作物は残っている。少なくとも、レンたちが通った場所は踏み荒らされていなかった。


「領主が動かしたと思うか」


 ガルドに尋ねられ、レンは少し考えた。


「そうなら、助かります。逃げてきた人を受け入れる場所が、あるかもしれない」


「だが、我々まで入れるかは別だな」


「はい」


 レンは後ろを見た。


 荷車の上で、負傷者が目を閉じている。脇を歩く兵が、ときどき顔を覗き込んでいた。


 あの人たちを、屋根の下で休ませたい。


 街道へ出てから、何度も同じことを考えていた。


     ◇


 日が傾き始めた頃、前へ出ていた兵が戻ってきた。


「この先に木柵があります。道を塞いでいます」


 ガルドが足を止める。


「兵は?」


「います。旗も出ていますが、紋章までは確認できませんでした」


 老人が顔を上げた。


「わしが見れば、分かるかもしれません」


 ガルドは列を詰めすぎないよう伝え、警戒しながら先へ進ませた。


 やがて、街道の向こうに木柵が見えた。


 太い丸太が並び、その前には溝が掘られている。道の部分には門があり、両脇の足場に兵の姿があった。


「ずいぶん本気だな」


 ガルドが呟いた。


 老人は何も言わず、木柵を見つめていた。


「これ、知ってました?」


「いいえ。わしが領地を出た頃には、ありませんでした」


 レンは防備へ目を戻した。


 村人がいなくなっていたことと、関係があるのだろうか。


 その時、足場の上で兵が動いた。


 こちらを指す手が上がる。


「そこで止まれ!」


 声が響いた。


 弓が向けられる。


「全員、停止! 武器を抜くな!」


 ガルドの命令が、後ろへ伝わった。


 荷車が止まり、馬を引く兵が手綱を押さえる。


 老人は木柵の上にはためく旗を見て、息を吐いた。


「あれは、領主様の旗です」


 レンも顔を上げた。


 兵がいる。


 防備も残っている。


 少なくとも、話をする相手はいた。


「所属を名乗れ!」


 老人が前へ出ようとした。


 レンは、その袖を押さえた。


「急に近づかない方が」


「ええ。ここから名乗ります」


 老人は両手を見える位置へ上げ、声を張った。


「商人のオルドだ! この領地の生まれだ! 領主様の館にも、何度も品を納めておる!」


 木柵の上で、兵たちが顔を見合わせた。


 すぐには返事がない。


 老人は手を上げたまま、待っていた。


「……オルド?」


 やがて、声が返った。


「そうだ!」


「少し待て!」


 一人の兵が足場を下りていく。


 弓は、まだこちらへ向いたままだった。


 レンも動かずに待った。


 しばらくして、別の兵が現れる。


「商人オルド!」


「おう!」


「お前の確認は取れた! だが、後ろの者たちは何者だ!」


 オルドが振り返った。


 王国兵と荷車、その間で身を寄せ合う避難民。


 最後に、セレスティアを見る。


 彼女は頷いた。


 オルドが木柵へ向き直る。


「王都から逃れてきた王国兵と、避難民だ!」


「王国兵だと?」


「王女殿下も、おられる!」


 声が消えた。


 足場の上で、兵たちの視線が動く。


 セレスティアは顔を上げたまま、立っていた。


 長い沈黙のあと、返事があった。


「そこで待て! 誰一人、近づくな!」


 それだけだった。


 門は開かない。


 オルドの顔を知る者はいた。王女がいることも伝わった。


 けれど、兵たちが弓を収める様子はなかった。


「レン」


 隣で、セレスティアが呼んだ。


 レンは彼女を見た。


 今朝、自分で言った。


 俺がみんなをそこまで連れていく。


 着いたら、殿下が俺たちの居場所を作る。


 門の向こうに、その場所があるかもしれない。


 まだ、こちらからは見えなかった。


「ここまで、連れてきました」


 セレスティアは一瞬だけ黙った。


 それから、小さく頷いた。


「はい」


 閉ざされた門へ向き直る。


「ここからは、私の仕事です」


 後ろで、子供が母親に何か尋ねていた。


 荷車の車輪が軋み、兵がそっと支え直す。


 セレスティアは、その声を背に受けて立っていた。


 ようやく辿り着いた場所だった。


 けれど、門はまだ開かない。


 居場所にするための話は、これからだった。


――第九話 了



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