第10話 それでも、王女として
門は、開かなかった。
オルドが名乗っても、王女がいると伝えても、木柵の上から向けられた弓はそのままだった。
一行は街道の上で待っていた。
長く伸びた木柵の影が、道を覆っている。
「……まあ、そうなりますよね」
レンが呟いた。
「何がじゃ」
ガルドが隣で聞く。
「向こうから見た、俺たちです」
レンは振り返った。
王国兵に、避難民。負傷者を乗せた荷車と、両手を縛られた捕虜。
「簡単に入れていい集団には、見えない」
「自分で言うと悲しくなるの」
「言わなくても、変わらないでしょう」
「それもそうじゃ」
木柵の上で、兵たちが言葉を交わしている。一人が足場を下り、奥へ消えた。
レンは捕虜へ目を向けた。
帝国兵の男は、木柵の上にはためく旗を見ていた。
こちらの視線に気づくと、目を伏せる。
レンは何も聞かず、門へ向き直った。
◇
しばらくして、門の脇の小扉が開いた。
兵を従え、一人の男が出てくる。
四十を越えているだろうか。飾り気のない鎧を身につけ、腰には剣を下げていた。
男が姿を見せると、足場の兵たちが姿勢を正した。
「商人オルドだな」
「はい」
「確認は取れている」
オルドが小さく頭を下げた。
男の視線が、その後ろへ移る。
兵、荷車、避難民。
最後に、セレスティアの前で止まった。
「王女殿下がおられると聞いた」
セレスティアが一歩進んだ。
ガルドの身体がわずかに動いたが、止めはしなかった。
「私です」
セレスティアは男を見た。
「セレスティア・アルヴェイン。アルヴェイン王国の王女です」
男はしばらく、その顔を見つめていた。
やがて、膝をつく。
「……殿下」
足場の上がざわめいた。
「以前、王都にて一度、お顔を拝見しております。北西領守備隊、副長バルガスにございます」
「バルガス……」
「ご無事で何よりでございます」
セレスティアは少し迷い、それから言った。
「申し訳ありません。私は、あなたを覚えていません」
「当然でございます。あの場にいた者の一人にすぎません」
バルガスが顔を上げる。
「ですが、私は覚えております」
その言葉を受けて、足場の弓が下がった。
レンの隣で、誰かが息を吐いた。
けれど、バルガスは立ち上がっても、門を開くよう命じなかった。
「殿下。お顔を確認できたことと、この方々を領内へ通すことは、別の話でございます」
「分かっています」
セレスティアは答えた。
「だからこそ、私は話をしに来ました」
◇
バルガスの指示で、領主のもとへ使いが出された。
返事が来るまで、一行は門の外で待つことになった。
兵たちは周囲を警戒し、避難民は街道の端へ腰を下ろす。
レンも、荷車のそばで足を止めた。
「立派な歓迎じゃな」
ガルドが言った。
「弓付きですけどね」
「もう下がっとる。前進だ」
「そう考えておきます」
ガルドが小さく笑った。
少し離れた場所で、セレスティアが門を見ていた。
ときどき、後ろを振り返る。
兵士たち。荷車の上の負傷者。身を寄せ合う避難民。
少女が、彼女へ小さく手を振った。
セレスティアも手を上げる。
それから、再び門へ向き直った。
◇
返事が届いた頃には、空の赤みが薄れ始めていた。
報告を受けたバルガスが、一度だけ一行を見渡す。
「王女殿下」
セレスティアが前へ出た。
「領主様のお言葉をお伝えいたします」
「はい」
「王女殿下を我が領にて保護する。入領を認める。話があるのなら、直接聞く――とのことです」
セレスティアは待った。
バルガスは、それ以上続けなかった。
「……私だけを、ですか」
「殿下の入領については、許可をいただいております」
「ほかの者たちは?」
「許可を受けておりません」
セレスティアの指が、服の脇でわずかに動いた。
レンは門を見た。
彼女は入れる。
自分たちは、ここに残る。
ガルドも口を開かず、セレスティアを見ていた。
彼女は振り返った。
荷車のそばにいる兵たちも、街道の端に座った人々も、その顔を見上げている。
「分かりました」
セレスティアがバルガスへ向き直った。
「私は、入ります」
ガルドが顔を上げた。
「ですが、私がここへ来たのは、私自身を守っていただくためだけではありません」
声は、はっきりしていた。
「ここまで共に歩いてきた者たちがいます。領主様にお会いして、この人たちの居場所について、お話をさせていただきます」
「殿下」
バルガスが静かに言った。
「領主様がお約束されたのは、殿下の保護のみです。お話をされても、皆様の入領が認められるとは限りません」
「はい」
「それでも、よろしいのですか」
セレスティアは頷いた。
「そのために、ここまで来ました」
バルガスはしばらく彼女を見ていた。
それから、頭を下げる。
「承知しました。ご案内いたします」
◇
「お待ちください」
ガルドが進み出た。
「殿下お一人を、お連れいただくわけにはまいりません」
「ガルド」
「領主殿を疑っているわけではございません。ですが――」
「分かっています。私も、一人で行きたいわけではありません」
セレスティアはバルガスを見た。
「一人だけ、同行を認めていただけませんか」
「護衛ですか」
「話し合いを助ける者です」
彼女が振り返った。
レンと目が合う。
「レン。来てください」
「……俺ですか」
「はい」
ガルドが小さく息を吐いた。
「まあ、そうなるじゃろうな」
「どうして?」
「お前が一番、口だけは回る」
「褒めてないですよね、それ」
「二人とも」
セレスティアに呼ばれ、レンは口を閉じた。
彼女はバルガスへ向き直る。
「この者は、私たちをここまで導いた者です。道中の判断や、帝国軍との接触について、詳しく説明できます」
バルガスの視線がレンへ移った。
「それに」
セレスティアは少しだけ間を置いた。
「私が、信頼しています」
レンは目を逸らした。
「……最後の一言、要ります?」
「必要です」
「そうですか」
「はい」
バルガスはレンを見たまま、しばらく考えていた。
「武器を持ち込まないこと。門の内側では、我々の指示に従うこと」
「分かりました」
「それを条件に、一名の同行を認めます」
セレスティアが顔を上げた。
「よろしいのですか」
「私の責任で認めます」
彼女は頭を下げた。
「感謝します」
バルガスが兵へ指示を出す。
レンが持ち物の確認を受けていると、ガルドがそばへ来た。
「頼んだぞ」
肩を掴む手に、力がこもった。
レンも、今度はふざけなかった。
「分かりました」
◇
木が軋む音がした。
門の内側で兵たちが動き、重い扉がゆっくり開いていく。
人が通れるほどの幅で、止まった。
ガルドも、リオも、オルドも動かない。
避難民たちは座ったまま、門を見ていた。
セレスティアは一度、彼らを振り返った。
少女と目が合う。
彼女が頷くと、少女も小さく頷いた。
「行きましょう」
セレスティアが言った。
レンは、その隣へ立つ。
二人はバルガスに続いて、門へ向かった。
敷居を越える時、レンは後ろを見た。
ガルドが立っている。
その向こうには、荷車と、待っている人々がいた。
開いたのは、二人を通すための門だった。
皆を迎えるための門にするには、まだ話さなければならない。
レンはセレスティアへ向き直り、その隣を歩いた。
――第十話 了




