↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王国最後の軍師 ―敗残兵から始める異世界覇道戦記―  作者: 千蘭


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
11/15

第11話 誰が敵なのか

 背後で、重い木の音がした。


 レンは振り返った。


 門の隙間が細くなり、その向こうにいるガルドたちが見えなくなる。


 やがて、扉が閉じた。


「……行きましょう」


 セレスティアが言った。


 レンは頷き、バルガスのあとに続いた。


     ◇


 門の内側には、街道が続いていた。


 両側に畑があり、少し離れて家々が見える。逃げてきた人々が押し合っているような様子はなかった。


 その代わり、兵がいた。


 道の脇にも、畑の端にも、高台にも。外から見えていた人数だけではない。それぞれが持ち場につき、周囲を警戒している。


 レンは、通ってきた無人の村を思い出した。


 新しい木柵と、ここに配置された兵。


 いつから備えていたのだろう。


「レン?」


 セレスティアに呼ばれ、顔を向ける。


「何か気になりますか」


「兵が多いと思って。外から見えたより、ずっと」


 彼女も周囲へ目を向けた。


 バルガスは振り返らず、歩き続けていた。


     ◇


 領主の館へ着く頃には、辺りは暗くなっていた。


 石造りの壁に、太い木の扉。


 庭には木箱や樽が積まれ、兵たちが明かりを手に行き交っている。飾り立てた屋敷というより、物と人が集まる拠点に見えた。


 廊下でも、何人かとすれ違った。


 セレスティアを見て足を止める者はいたが、誰も騒がなかった。


 バルガスが、一つの扉の前で止まる。


「領主様がお待ちです」


 セレスティアは息を整え、レンを見た。


 レンが頷くと、彼女も小さく頷き返した。


 扉が開いた。


     ◇


 部屋の中央には、大きな机があった。


 広げられた地図には、街道や川に沿って、いくつもの印が書き込まれている。


 その向こうに、一人の男が立っていた。


 五十前後だろうか。


 濃い色の上着を着て、腰には剣を下げている。華美な飾りはなく、机の端には報告書らしい紙が積まれていた。


 男はセレスティアを見た。


 すぐには何も言わなかった。


「……よく、生きておられましたな」


 それが、最初の言葉だった。


 セレスティアが頭を下げる。


「お会いいただき、ありがとうございます」


 男も静かに礼を返した。


「レイモンドと申します。この北西領を預かっております」


「セレスティア・アルヴェインです」


「存じております、殿下」


 レイモンドの視線が、隣へ移った。


「その男が、同行を求められた者ですか」


「はい。レンです。ここまでの道中、何度も助けられました」


「姓は」


 今度は、レンを見ていた。


「……久城です」


「聞かぬ名だ」


「そうだと思います」


 レイモンドは少しの間、レンの顔を見た。


「殿下は、この者を信頼しておられると」


「はい」


 セレスティアは迷わず答えた。


 レンは少しだけ視線を落とした。


 門でも聞いた言葉だった。今度は、茶化す気にはなれなかった。


「どうぞ、お掛けください」


 セレスティアが座り、レンも隣へ腰を下ろした。


 バルガスは扉のそばに控えた。


 レイモンドは立ったまま、机へ両手を置く。


「ご用件を伺いましょう」


     ◇


「門の外にいる者たちを、領内へ入れていただきたいのです」


 セレスティアが言った。


「王国兵と避難民を合わせ、二百人を超えています。負傷者も多く、自力で歩けない者もいます」


「受け入れ先を求めて、ここまで来られたのですか」


「はい。馬と荷車はありますが、食料に余裕はありません。負傷者を休ませる場所も必要です」


 レイモンドは黙って聞いていた。


「帝国兵も一人、連れておられるそうですな」


「捕虜です。拘束し、見張りを付けています」


「その者以外の身元は、すべて確かですか」


 セレスティアは一度、言葉を止めた。


「いいえ。道中で合流した者もいます」


「では、そのままお通しすることはできません」


 静かな返事だった。


 セレスティアの手が、膝の上で重なった。


「理由を、お聞かせいただけますか」


 レイモンドは地図へ目を落とした。


「ここには、私の民がおります」


 指が、村と街道の間を動く。


「王都は落ち、帝国軍は動いている。どこまで来ているのか、こちらが得ている情報も十分ではありません」


 そこで、指が止まった。


「誰が敵なのかさえ、確かでない状況です」


 レンは顔を上げた。


 レイモンドは、そのまま続ける。


「その中で、武装した兵を含む二百人以上を、一度に領内へ入れることはできません。身元の分からぬ者も、帝国兵もいる」


「はい」


「殿下が、門の外の者たちを見捨てられぬことは理解しております」


 セレスティアがレイモンドを見た。


「ですが、私にも、見捨てられぬ民がおります」


 彼女は答えなかった。


 レンも口を挟めなかった。


 門を開けば、その先に暮らす人々へ危険が及ぶかもしれない。


 助けを求める側からは、見えにくかったことだった。


     ◇


「それでも、お願いしなければなりません」


 セレスティアが言った。


「私が、連れてきたからです」


 レイモンドの目が、わずかに細くなる。


「途中で出会った者たちを、共に連れていくと決めたのは私です。この領地を目指した時、居場所を作ると約束したのも、私です」


「その約束を、私が引き受けることになるとはお考えになりませんでしたか」


 セレスティアの唇が止まった。


 レイモンドは声を荒らげなかった。


「食料も、寝る場所も、警戒に当たる兵も必要になります。こちらにも、限りがございます」


「……はい」


「殿下のお気持ちだけでは、賄えません」


 セレスティアは膝の上の手を握った。


 しばらくして、その口が開く。


「私たちに何ができるかも、お話しさせてください」


 レイモンドは彼女を見た。


「すべてを当然のように求めてよいとは、思っていません。ですが、断られたまま戻ることもできません」


 その声は大きくなかった。


 けれど、目は逸れなかった。


 レイモンドも、すぐには答えなかった。


「……陛下とは、似ておられない」


 セレスティアの表情が、わずかに変わった。


 男は、それ以上説明しなかった。


     ◇


「レン、と言ったな」


 視線が移ってきた。


「はい」


「なぜ、帝国兵を生かしている」


 レンはセレスティアを見てから、答えた。


「殿下が、話を聞く前に殺すべきではないと決めました。俺も賛成しました」


「情報を得るためか」


「はい。俺たちを追ってきた理由も、ほかの騎兵との関係も、分かっていなかったので」


「危険だとは思わなかったのか」


「思いました。逃げられたら、こちらのことを知られます」


「分かっていて、連れてきた」


「はい」


 レイモンドはレンを見ていた。


 答えの続きを待っているようだった。


「危険だから殺す、で決めたら、確かめる機会もなくなります。見張りを付けてでも、残しておく意味があると思いました」


「その意味はあったか」


 レンは少しだけ考えた。


 川辺で聞いた、短い言葉が浮かぶ。


「話したことはあります。ただ、何を意味するのかは、まだ分かりません」


 レイモンドの眉が動いた。


「曖昧だな」


「分かったふりをして伝える方が、危ないと思います」


 部屋が静かになった。


 レイモンドはしばらくレンを見て、それから椅子を引いた。


 初めて、机の向こうへ腰を下ろす。


「では、もう一つ聞こう」


「はい」


「門の外にいる者たちを入れて、私に何の得がある?」


 セレスティアが顔を上げた。


 レンは、すぐには答えられなかった。


 助けてほしい。


 休ませてほしい。


 ここまで、自分たちに必要なものばかり話していた。


 この領地が門を開く理由は、まだ示せていない。


     ◇


 レンは机の上の地図を見た。


 通ってきた街道と、空になった村。


 新しく築かれた木柵。その内側に配置されていた兵。


 帝国軍に備えているのだろう。


 けれど、レイモンドは別のことも言った。


 誰が敵なのかさえ、確かでない。


 単に、紛れ込む間者を警戒しているのか。それとも、ここでも何かが起きているのか。


 それによって、こちらから話すべきことも変わる。


「一つ、聞いてもいいですか」


 レイモンドが顔を上げた。


「何だ」


 レンは地図から手を引き、男を見た。


「この領地は、何と戦うつもりなんですか」


 バルガスの視線が動いた。


 セレスティアもレンを見る。


 レイモンドだけは、姿勢を変えなかった。


「……なぜ、そう聞く」


「帝国軍を警戒しているのは分かります。でも、誰が敵か分からないとも言いましたよね」


「ああ」


「俺たちにも、そう思った出来事があります。同じものを警戒しているのか、知りたいんです」


 レイモンドは答えなかった。


 レンも、それ以上先を決めつけずに待った。


 やがて、男が地図へ視線を落とす。


「なるほど」


 短く、そう言った。


 門の外では、まだ皆が待っている。


 レンは膝の上で手を握り直し、次の言葉を待った。


――第十一話 了



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。