第12話 門を開く理由
「帝国だ」
レイモンドが答えた。
「まずは、な」
レンは黙って、その続きを待った。
「王都が落ちた以上、帝国軍がここまで来ることは考えている。だが、それだけに備えておけばよいとも思っておらん」
「ほかにも、敵がいるんですか」
「そこが分からん」
レイモンドは、あっさり認めた。
「だから、門を閉じている」
◇
レイモンドの指が、地図の街道をたどった。
「王都が落ちる前から、一部の村には退避の準備をさせていた」
セレスティアが顔を上げる。
「陥落を予想していたのですか」
「そこまでは分かりませんでした。ただ、情勢は悪くなっていた。準備をしておいて、無駄になるならそれでよいと」
指が、街道沿いの村で止まる。
「王都が落ちてからは、こちらに近い村から順に人を下げました。敵が来てからでは、荷も運べませんのでな」
「俺たちが通った村も、そうですか」
「場所は」
レンは、オルドから聞いた道と村の位置を説明した。
レイモンドが頷く。
「そこなら、そうだ」
空になった家々を思い出した。
焼かれていなかったのも、食料がほとんど残っていなかったのも、領主の指示で人々が出ていったからだった。
「ですが、それは帝国軍への備えですよね」
セレスティアが尋ねた。
「はい。それだけなら」
レイモンドの指が、別の場所へ移る。
「四日前、巡回の兵が妙な者たちを見ました」
「妙な者?」
「王国兵に見える者たちです。四人。こちらの兵に気づくと、森へ入って姿を消した」
「追ったんですか」
レンが聞いた。
「ああ。だが、見失った」
「王国兵なら、逃げてきた人たちかもしれません」
「その可能性はある。こちらまで敵だと思ったのかもしれん」
レイモンドは地図から手を離した。
「だが、顔も名も確かめられなかった。助けを求めにも来ない。王国の鎧を着ていたというだけで、味方とは決められん」
レンは、グレイグの隣にいた男を思い出した。
鎧も、合言葉も、あの隊に加わるには十分だった。
「俺たちも、似たことがありました」
レイモンドがレンを見る。
「話せ」
◇
レンは旧監視塔での出来事を話した。
グレイグの隊へ、前日に加わった男がいたこと。
その男は王国兵の姿をして、合言葉も知っていたこと。
そして、グレイグを刺し、命令書の入った革袋を奪おうとしたこと。
「その男は、生きているのか」
「はい。今、門の外にいます。帝国兵の捕虜とは、別に見張りを付けています」
「グレイグもいると?」
「負傷していますが、生きています」
レイモンドがバルガスを見た。
バルガスは小さく頷いた。
「命令書は、誰からのものだ」
セレスティアが答えた。
「近衛総長の名で出されています。私が現れた場合、保護するようにと」
「総長は、戦死したと聞いております」
「はい。私たちも、そう聞きました」
レンは言葉を継いだ。
「ただ、命令書の日付が、聞いている戦死の日より後なんです」
レイモンドの視線が止まった。
「日付が違う、というだけか」
「今、確かめられるのはそこまでです。命令書を出した人も、本当に総長なのかも、分かりません」
「グレイグは何と言った」
「総長の名や印、それに認証句を確かめたと。ただ、刺されたあとは、詳しく聞けていません」
レイモンドは少しの間、黙っていた。
「その命令書も、持っているのだな」
「はい」
「あとで確認させてもらう」
レンはセレスティアを見た。
彼女が頷く。
「ほかにも、あります」
レイモンドの視線が戻った。
◇
「帝国兵の捕虜が、『取引』と言いました」
「誰との取引だ」
「相手の名は答えていません」
レンは、川辺で聞いた証言を伝えた。
避難民の女性が、捕虜の男を村の近くで見たこと。
帝国兵と同じ装備の者だけでなく、王国兵に見える者たちも一緒にいたこと。
双方とも武器を持ち、戦わずに話していたこと。
「いつの話だ」
「女性が見たのは、四日前です。昨日、川で聞きました」
レイモンドの指が、地図の上で止まる。
「こちらの巡回が四人を見た日と、同じか」
「はい。ただ、女性が見た王国兵らしい人は、三人くらいだったそうです」
「人数は違うな」
「場所も確かめないと、同じ人たちかどうかは分かりません」
レイモンドが頷いた。
「捕虜本人には、何と聞いた」
「仲間か、敵か、捕まえていたのか。どれも違うと答えました。何をしていたのかと聞いたら、『取引だ』と」
「それ以上は?」
「話していません」
バルガスが口を開いた。
「王国兵だったことも、認めてはいないのだな」
「はい」
レイモンドは地図を見ていた。
レンも、その指の先を見る。
似た話ではある。
けれど、塔の男も、森へ逃げた四人も、女性が見た者たちも、まだ別の出来事だった。
「繋がっている可能性はある」
レイモンドが言った。
「あります。でも、今は一つにまとめない方がいいと思います」
「お前は、はっきり言わんな」
「すみません」
「褒めている」
レンは一瞬、返事に詰まった。
「……それは、どうも」
隣で、セレスティアが少しだけ笑った。
◇
「北については、何か見たか」
レイモンドが尋ねた。
「北?」
「騎兵が北へ向かっていたという報告がある。遠目で、所属も数も確かめられていないが、数騎ではなかったそうだ」
レンは顔を上げた。
「昨日、俺たちの兵からも報告がありました。帝国軍の本隊から、百騎以上が離れて北へ向かったと」
バルガスの表情が変わった。
「百以上?」
「はい。俺たちを追っていた本隊です。ただ、どこへ向かったのかは分かりません」
「その後は」
レイモンドが聞く。
「ベルン街道で三十騎を確認しました。俺たちは旧西道へ進んで、そのあと十騎と戦っています」
「百騎から分かれた者たちか」
「そこまでは確認できていません。捕らえたのは、その十騎のうちの一人です」
レイモンドは椅子へ身を戻した。
地図の北側へ、指を置く。
「こちらの報告と同じ騎兵とは限らん。だが、備えは増やす」
バルガスへ視線を向けた。
「北側の見張りを増やせ。街道だけでなく、森へ入る道もだ。偵察を出すなら、追いすぎるな」
「承知しました」
バルガスが扉へ向かい、外の兵へ指示を伝えた。
戻ってくる間、レイモンドは地図を見たままだった。
◇
「先ほどの問いに、今なら答えられるか」
レンは顔を上げた。
「門の外の者たちを入れて、私に何の得があるか」
レイモンドが言った。
レンは、机の地図を見た。
この領地には兵がいる。守る場所も、この土地で集めた報告もある。
自分たちは、王都からここまで歩いてきた。
戦った兵も、見たことを話せる人もいる。
「情報です」
レンは答えた。
「俺たちは、ここまでの道中で見たことを話せます。兵からも、避難民からも、詳しく聞ける。捕虜と、塔で捕らえた男もいます」
「今、聞いた話だけではないと」
「はい。場所や時刻を照らし合わせれば、まだ分かることがあるかもしれません」
レイモンドは黙って聞いていた。
「それに、兵は警戒や作業を手伝えます。避難民にも、働ける人はいます。ただ、まず負傷者を休ませたいです」
レンは一度、セレスティアを見た。
彼女が頷く。
「全員を、一度に同じ場所へ入れなくてもいいんじゃないですか」
レイモンドの目が、わずかに動いた。
「続けろ」
「王国兵は武器を預けて、身元を確認する。避難民も、確認が済むまでは、指定された場所から出ない。負傷者は、その中で手当てが必要な人を分ける」
「捕らえた二人は」
「ほかの人たちとは離します。見張りや置き場所については――」
レンはセレスティアへ顔を向けた。
彼女が口を開く。
「私も含め、条件をお話しさせてください。安全のために必要な確認には、協力します」
レイモンドはセレスティアを見た。
「ですが、門の外にいる者たちを、最初から敵として扱わないでください」
しばらく、返事はなかった。
「……承知しました」
レイモンドが答えた。
「ただし、確認を省くことはできません」
「はい。それを求めているのではありません」
◇
レイモンドがバルガスを呼んだ。
「門の外へ水を出せ。負傷者を診られる者も付けろ」
セレスティアが顔を上げた。
「入領の判断は、まだです」
レイモンドは彼女へ告げてから、バルガスへ続けた。
「武装した集団へ、そのまま近づくな。向こうの指揮を執る者と話をつけろ。本隊は、まだ通すな」
「はっ」
「捕らえた二人の見張りも確認しろ。互いにも、ほかの者にも近づけるな」
「承知しました」
バルガスが頭を下げ、部屋を出ていった。
扉が閉じる。
セレスティアは、膝の上で握っていた手をゆっくり開いた。
「ありがとうございます」
レイモンドは小さく頷き、レンへ視線を戻した。
「人数と状態を、明朝までに整理しろ」
「道中で数えた内訳があります。ガルドたちと照合します」
「兵と避難民の人数。そのうち負傷している者、自力で歩けぬ者。それに、塔で合流した者たちと捕らえた二人のこともだ」
「はい」
「こちらでも確認する。受け入れる場所と、必要な見張りを決めるためだ」
レンはセレスティアを見た。
彼女も、こちらを見ていた。
「できます」
レンが答えると、レイモンドは頷いた。
「そのあとで、入領を認めるか決める」
◇
門は、まだ閉じている。
皆を中へ入れられると決まったわけではない。
それでも、今から水が届く。傷を診る人が向かう。
レンは、荷車のそばで待っているガルドたちを思い浮かべた。
戻ったら、まず伝えよう。
まだ、ここに居られるとは言えない。
けれど、何を確かめればよいのかは、分かった。
セレスティアが背筋を伸ばした。
「確認を終えて、もう一度お話しさせてください」
レイモンドは答えた。
「お待ちしております、殿下」
その言葉を聞いて、レンも深く息を吐いた。
門を開くために、するべきことができた。
――第十二話 了




