第13話 希望が微笑む。
館を出た時には、夜はすっかり深くなっていた。
レンとセレスティアは、兵に付き添われて門へ戻った。
小扉を抜けると、リオが駆け寄ってくる。その後ろから、ガルドとオルドも来た。
「どうでしたか」
セレスティアが答えた。
「まだ、入れていただけるとは決まっていません」
リオの表情が曇る。
「ただし、人数と状態を整理し、受け入れの条件を話し合うことになりました」
「水と手当ての者は、もう来とる」
ガルドが荷車の方を示した。
明かりの下で、北西領の兵が負傷者の様子を確かめている。避難民たちの間では、水袋が回されていた。
レンはその光景を見て、肩から少し力が抜けた。
「明朝までに、こっちの記録と照らし合わせます。手伝ってください」
「言うと思った」
オルドが肩を落とした。
それでも、すぐに手近な箱を運び、紙を置ける場所を作ってくれた。
◇
川辺でまとめた内訳を広げ、兵たちからの報告を照合していく。
名前や所属を確かめ、怪我の程度を書き加える。歩けると答えた者にも、荷物を持って歩けるのか、支えが必要なのかを聞き直した。
「兵の数と、負傷者の数は、別に合計するんですね」
手伝っていた兵が聞いた。
「はい。負傷している兵は、両方に入ります。最後に全部を足すと、人数が合わなくなるので」
レンが答えると、ガルドが紙を覗き込んだ。
「剣を持てるかどうかも、見ておいた方がよいな」
「それも、お願いします」
少し離れたところから、リオの声がした。
「負傷者を一人、追加してください」
レンが顔を上げる。
「さっきは怪我をしていないと言っていた方です。靴を脱がせたら、足が腫れていました」
ガルドがレンを見る。
「お前の仲間だな」
「俺は、もう申告しましたよ」
「言われてからだろうが」
レンは返事をせず、紙へ印を加えた。
自分も同じだっただけに、何も言えなかった。
「レン」
セレスティアが隣へ来た。
「私の分は、こちらでよいのでしょうか」
彼女が指したのは、兵と避難民の内訳とは別に設けた、小さな欄だった。
「はい。殿下は、先に入領を認められているので」
「なるほど」
オルドが横から紙を見た。
「王女殿下、お一人。そこは間違えようがありませんな」
「二人いたら困りますね」
レンが言うと、ガルドが鼻を鳴らした。
「一人でも、十分大変だ」
「ガルド?」
「こちらの話でございます」
セレスティアが少しだけ笑った。
そのあとも確認は続いた。
グレイグと、その隊にいた六人。途中から加わり、グレイグを刺した男。そして、旧西道で捕らえた帝国兵。
誰を、どこで、どのような状態で連れてきたのか。
同じ列にいる者たちを、初めて見る相手にも分かるよう、書き分けていった。
最後の報告を受け取る頃には、レンの指先は冷え切っていた。
「終わったか」
ガルドが聞いた。
「こちらの記録とは、合いました」
「なら、少し寝ろ。朝からまた歩くぞ」
レンは紙を重ねた。
門の向こうへ渡すための紙だった。
今度こそ、皆で通るために。
◇
翌朝、レンとセレスティアは、再び館へ案内された。
レイモンドは差し出された紙を、黙って読んだ。
脇に置かれているのは、北西領の兵が昨夜確かめた記録だった。二つを見比べ、何度か指を止める。
「負傷していても、歩ける者はこちらか」
「はい。支えが必要な人は、さらに分けています」
レンが答えた。
「塔で合流した者たちについても、グレイグ以外の兵から聞きました。ただ、まだ確かめ切れていないことがあります」
「そこは、こちらでも聞く」
レイモンドは紙を置き、セレスティアへ向き直った。
「昨夜お話しした条件を、改めて確認いたします」
「はい」
「兵の武器は預かります。身元の確認が済むまでは、こちらの指定する場所で過ごしていただく。捕らえた二人は別に置き、我が領の兵も見張りに加えます」
「承知しました。私からも、皆に伝えます」
「負傷者には、こちらで場所を用意します。ただ、手当てには順番がございます」
「はい」
レイモンドはバルガスを見た。
「負傷者を先に入れろ。歩けぬ者には人を出せ。兵と避難民も、確認しながら順に通す」
セレスティアが顔を上げた。
「では……」
「条件の下で、受け入れます」
その言葉を聞いても、レンはすぐに動けなかった。
隣で、セレスティアが深く頭を下げる。
「ありがとうございます」
「どうか、お顔を上げてください。まだ、皆様を門の外で待たせております」
レイモンドはバルガスへ頷いた。
「準備を進めろ」
「承知しました」
◇
バルガスが扉の外へ指示を伝えている間に、レンはレイモンドを見た。
「一つ、聞いてもいいですか」
「何だ」
「昨日、情勢が悪くなっていたから、村に退避の準備をさせたと言いましたよね。ほかにも、気になっていたことがあったんですか」
レイモンドは少し黙った。
「近隣の領主たちの動きだ」
「どんな?」
「兵を領内へ戻す。街道の警備を増やす。領境を通る者への確認を厳しくする」
レンは、通ってきた木柵を思い浮かべた。
「それなら、レイモンド様も同じですよね」
「そうだ」
あっさり認めた。
「戦が広がれば、守りを固めるのは当然だ。私が、ほかの領主の動きを見て備えたように、こちらを見て動いた者もおるだろう」
「では、なぜ気になったんですか」
「時期が重なった。普段なら時間のかかる判断を、続けて決めた者もいた」
レイモンドは机の上へ手を置いた。
「私の知らぬ情報が、回っているのかもしれんと思った」
セレスティアが静かに尋ねた。
「帝国と通じていた者がいる可能性も、ですか」
「否定はできません。ですが、ほかの経路で危険を知った者がいたのかもしれません」
レイモンドは二人を見た。
「備えたというだけで、裏切り者にはできませんな。私も、その一人ですから」
レンは頷いた。
王国兵に見えた四人。
グレイグを刺した男。
帝国兵の言った、取引。
どれか一つの説明で、すべてが分かった気にならない方がいい。
「理由は分からなくても、準備はしておいたんですね」
「ああ。外れても、村人が荷をまとめる手間で済む。当たってから始めたのでは、間に合わん」
レンは少しだけ笑った。
「俺も、そうやって考えられるようになりたいです」
「まず、寝不足の顔をどうにかしろ」
「ガルドさんにも、寝ろと言われました」
「なら、従え」
セレスティアが、小さく笑った。
扉のそばへ戻ったバルガスが、一礼する。
「殿下、レン。門へご案内いたします」
レイモンドは二人を見た。
「条件を、皆にもよく伝えてくれ」
セレスティアが頷いた。
「はい。必ず」
◇
門の外へ知らせが届くと、人々の間に声が広がった。
ガルドとリオが兵をまとめ、武器を預ける手順を確かめる。オルドは避難民へ声を掛け、荷車の通る場所を空けさせた。
セレスティアも、皆の前で受け入れの条件を伝えた。
誰もが黙って聞いていた。
話し終えると、ひとりの老人が頭を下げた。その隣で、子供を抱いた女も続く。
セレスティアは何度も、顔を上げるように言った。
レンはガルドのそばへ戻った。
「開くんですね」
「ああ」
ガルドは門を見ていた。
「お前たちも、ようやった」
レンが返事をする前に、重い音が響いた。
木が軋む。
門の内側で兵たちが動き、扉がゆっくり開いていく。
昨日よりも、大きく。
荷車が通れる幅まで。
「こちらから、順にお願いします!」
北西領の兵が呼び掛けた。
先頭の荷車へ、何人もの手が添えられる。
車輪が敷居を越えた。
横たわっていた負傷者が、薄く目を開く。脇を歩く兵が、その顔を覗き込んで何かを伝えた。
負傷者を運ぶ列が、門の向こうへ続いていく。
レンは、そのそばに立った。
セレスティアも、何も言わずに見送っている。
やがて、少女が母親に手を引かれて来た。
セレスティアを見つけ、空いた方の手を振る。
彼女も手を上げた。
少女は笑って、門をくぐった。
明日のことは、まだ分からない。
それでも、今日は。
あの子を、閉ざされた門の前で待たせずに済む。
レンは荷車へ手を添え、皆とともに内側へ歩いた。
――第十三話 了
――撤退編 完




