↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王国最後の軍師 ―敗残兵から始める異世界覇道戦記―  作者: 千蘭


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/15

第7話 取引

「王国の――兵士です」


 女の言葉を聞いて、レンは捕虜を見た。


 男は女を見つめていた。さっきまで伏せていた顔が、わずかに強張っている。


 レンは女へ向き直った。


「三日前だったんですね」


「はい」


「この人のほかに、何人いましたか」


「五人ほどだったと思います」


「全員、王国兵でした?」


「いいえ。この人と同じ鎧の兵士もいました。王国の兵士は……三人くらいだったと」


 レンは頷いた。


「戦っていたんですか」


「いいえ。立ち止まって、話をしていました」


「誰かが縛られていたり、武器を取り上げられていたりは?」


「そういうふうには見えませんでした。どちらも、剣を持っていましたから」


「何を話していたか、聞こえました?」


 女は首を横に振った。


「離れていたので……すみません」


「謝らなくていいです。見えたことだけ教えてもらえれば」


 女の肩から、少し力が抜けた。


 レンは、村の名と見かけた場所をもう一度確かめた。


「ありがとうございます。妹さんたちの名前も、あとで聞かせてください」


 女は小さく頷いた。


     ◇


 ガルドが見張りの兵に声を掛け、捕虜の前へ立った。


「聞こえとったな」


 男は答えない。


「三日前、村の近くで会った連中は誰だ」


 視線が地面へ落ちた。


 レンも、その前へしゃがんだ。背後では、セレスティアが黙って聞いている。


「一緒にいた人たちは、仲間だった?」


「違う」


 返事があった。


 レンは一瞬、次の言葉を忘れた。


 ガルドも男を見る。


「じゃあ、敵?」


「違う」


「捕まえていたんですか」


「違う」


 短い答えが続いた。


 レンは少し待った。


「何をしてたんですか」


 男は唇を閉じた。


 川辺では、水を汲む音がしている。子供の声と、誰かが濡れた布を絞る音。


 レンは急かさず、男の顔を見ていた。


 やがて、男が息を吐いた。


「……取引だ」


 ガルドの腕が、胸の前で止まった。


「誰と、何を取引した」


 答えはなかった。


「王国兵だったのか」


 男は顔を背けた。


 何を渡したのか。何を受け取ったのか。


 問い方を変えても、それ以上の言葉は出てこなかった。


     ◇


「王国兵と、帝国兵の取引か」


 少し離れた場所で、ガルドが言った。


「王国兵かどうかは、まだ分かりません」


 レンは捕虜へ目を向けた。


「あの人が見たのは、王国の鎧を着た人たちです。本人は、相手が誰かまでは答えてない」


「塔の男のことが気になるか」


 レンは頷いた。


 王国兵の鎧を着て、合言葉も知っていた男。その男が、グレイグを刺した。


「同じことかもしれないし、違うかもしれない」


「なら、今は別々に覚えとけ」


 ガルドは短く言った。


「無理にまとめるな」


「はい」


 レンは女から聞いた村の名を、もう一度口の中で繰り返した。


 あとで地図に記しておこう。


 それから、捕虜が言った言葉も。


 取引。


 何をやり取りしたのかも分からない。けれど、聞かなかったことにはできなかった。


「二人とも」


 リオに呼ばれ、顔を上げる。


「歩くのが難しい方の確認が済みました。荷車の割り振りをご相談したいのですが」


 ガルドが川辺へ目を向けた。


「分かった。すぐ行く」


 レンも立ち上がった。


     ◇


 荷車のそばで、セレスティアが報告を聞いていた。


 兵が避難民の方を指す。


「あちらの二人は、誰かが支えれば歩けます。ただ、長くは続かないかと」


「子供を乗せれば、その分だけ親が歩ける」


 別の兵が言った。


「だが、今乗っとる者を降ろすわけにはいかんぞ」


 ガルドが荷台を確かめる。


 レンも車輪の脇へしゃがんだ。泥を落とした軸には、まだ湿った土がこびりついている。


 これ以上、何でも載せられるわけではない。


「歩ける人に、荷物を分けて持ってもらえませんか」


 レンが言うと、近くにいた男が顔を上げた。


「俺なら持てます」


「私も」


 女がひとり、空になった籠を差し出した。


 リオが中身を確かめながら、荷を分けていく。兵が持っていた包みを避難民が受け取り、空いた手が負傷者を支える側へ回った。


 それでも、足を傷めた老人は、立ち上がるだけで顔を歪めていた。


「レン」


 セレスティアが隣へ来た。


「無理をしている方がいたら、教えてください。歩けると言っていても、言い出せないかもしれません」


 レンは彼女を見た。


「殿下もですよ」


「私も?」


「疲れてても、黙ってそうですから」


 セレスティアは一度、口を開いた。


 何か言いかけ、やめる。


「……気をつけます」


「お願いします」


 ガルドが横から言った。


「お前もだぞ、レン」


「俺は言いますよ」


「足を引きずりながらか」


 レンは自分の足元を見た。


 靴の中で、踵が痛んでいた。


「……あとで、見ます」


「今見ろ」


 返す言葉がなかった。


     ◇


 川の先へ出した斥候が戻る頃には、日が傾いていた。


 近くに敵の姿はない。ただ、道は狭く、荷車の通れそうな場所を選ぶ必要があるという。


 ガルドは報告を聞き、セレスティアへ向き直った。


「今から動けば、道の途中で暗くなります。今夜は、この近くで休ませるべきかと」


 濡れた足に布を巻き直す者や、木の根元で眠り込んだ子供がいた。


「分かりました」


 セレスティアが頷く。


「周囲の警戒をお願いします」


 川辺の見通しがよすぎる場所を避け、荷車を木々の陰へ寄せた。


 見張りが立ち、馬が繋がれる。


 塔の男と帝国兵の捕虜は離して置き、それぞれに兵を付けた。グレイグの傷も確かめられたが、まだ詳しい話を聞ける状態ではなかった。


 レンは兵たちと食料を数え直した。


 避難民が持っていたものも、少しずつ差し出される。


 固いパン。小袋に入った豆。布に包まれた干し肉。


 ほとんど何も持たずに来た家族もいた。


「これで、どのくらい持ちますか」


 聞かれて、レンは兵へ確認した。


 配る量を減らしても、余裕はない。


 その答えを伝えると、女は手元のパンを見て、小さく頷いた。


 レンは残った数を、もう一度確かめた。


     ◇


 夜が近づいていた。


 レンは靴を脱ぎ、踵へ布を当てていた。


 少し離れた場所から、子供の泣き声がする。


 顔を上げると、セレスティアが少女の前へしゃがんでいた。


 昼間、老人のそばにいた子だった。


 彼女は何かを話している。ここからでは聞こえない。


 少女が首を振った。


 セレスティアは急かさず、その場にいた。


 やがて、小さな手が伸びる。


 セレスティアが、その手を握った。


 少女は泣いたまま、彼女のそばへ寄った。


 レンは布を巻く手を止めていた。


 取引。


 捕虜の声が、まだ耳に残っている。


 ふと、少女が顔を上げた。


 セレスティアの言葉に頷き、涙を拭っている。


 レンは布の端を結び、靴を履き直した。


 近くに置かれた水袋を手に取る。


 あの二人の分も、持っていこうと思った。


――第七話 了



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。