↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王国最後の軍師 ―敗残兵から始める異世界覇道戦記―  作者: 千蘭


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
6/17

第6話 王女は、選ばなければならない

荷車が動き出しても、レンはしばらく、その車輪を見ていた。


 倒れた騎手から回収した水袋が、荷台の端で揺れている。兵たちは使える武器を集め、乗れる状態の馬も連れてきていた。


「問題は、あいつだな」


 隣を歩くガルドが言った。


 視線の先には、捕らえた帝国兵がいる。傷を手当てされたあと、馬に乗せられ、兵が手綱を引いていた。別の兵が、その横から目を離さずにいる。


「連れていくなら、あれにも食わせる。見張りも外せん。塔で捕らえた男もおるからな」


 レンは頷いた。


 馬が増えても、それを扱う手は要る。捕虜を乗せれば、その分だけ負傷者を乗せる場所が減る。


「何も話さなくても、連れていくおつもりですか」


 ガルドがセレスティアへ尋ねた。


 彼女は捕虜を見た。戦いのあと、男がセレスティアへ向けた視線を、レンも覚えていた。


「連れていきます」


「逃げられれば、こちらのことを知られますぞ」


「はい。見張りは付けたままにしてください」


 セレスティアは続けた。


「私たちを追ってきた理由も、ほかの騎兵との関係も分かっていません。まだ、確かめたいことがあります」


 ガルドがレンを見る。


「俺も、聞けることは聞きたいです」


「顔に出とった」


「じゃあ、なんで見るんですか」


「口でも確かめた」


 レンが言い返す前に、ガルドはセレスティアへ向き直った。


「承知しました。ひとまず、こちらで預かります」


 捕虜は前を向いたまま、何も言わなかった。


     ◇


 分岐で北西へ入ると、道はさらに細くなった。


 兵が枝を押さえ、その下を荷車が通る。車輪が傾くたびに、荷台の両側へ手が伸びた。


 レンも脇へ回った。


「そこ、石があります」


 リオに言われ、足元を見る。


「どれ?」


「右足の前です」


「ああ、これ――」


 踏み直した靴が滑り、片膝が泥についた。


 後ろでガルドが笑う。


「足元を見ろと言われたばかりだろうが」


「見ましたよ。間に合わなかっただけで」


「なら、次はもう少し早く見ろ」


 レンは膝を拭った。


 掌まで泥まみれになる。


 リオが荷車を支えたまま、こちらを見た。


「お怪我は?」


「泥だけです」


「では、こちらをお願いします」


「切り替えが早いな……」


 差し出された荷台の縁を掴む。


 三人で押すと、車輪が石を越えた。


 水音が聞こえたのは、昼を過ぎた頃だった。


「川だ!」


 先頭から声が上がった。


 木々の間に、水面が見える。


 大きな川ではなかった。それでも、底の石を洗いながら流れる水を見た瞬間、レンは無意識に水袋へ手をやった。


 ガルドが周囲へ兵を出す。


 安全を確かめてから、荷車を寄せ、負傷者を木陰へ移した。水を汲む者と馬を連れていく者が、川辺へ下りていく。


 レンも空の水袋を持った。


「レン」


 呼ばれて振り向くと、セレスティアが対岸を見ていた。


 木々の間に、人がいる。


 老人。子供を抱いた女。片脚をかばって立つ男。


 三十人はいるだろうか。奥にも、まだ人影があった。


「避難民か」


 ガルドが低く言った。


 向こうもこちらに気づいた。


 子供が母親の後ろへ隠れる。男たちが前へ出たが、武器らしいものは棒と小さな刃物だけだった。


 ガルドは兵を二人呼んだ。


「声を掛けてこい。急に近づくなよ」


 兵たちは少し下流の浅瀬を渡り、両手を見せて人々へ近づいた。


 短い言葉が交わされる。


 その時、ひとりの老人が、こちらを見た。


「……王女殿下?」


 セレスティアが顔を上げた。


「セレスティア様では、ありませんか」


 周りの人々も顔を向ける。


 老人が膝をつきかけた。


「そのままで」


 セレスティアが声を掛ける。


「そこは足元が悪いです。どうか、立っていてください」


 老人は腰を折った姿勢のまま、何度も頷いた。


 セレスティアは川沿いを歩き、浅瀬の前で兵の案内を待った。


 レンも、そのあとを追った。


     ◇


 避難民たちは、いくつかの村から逃れてきた人々だった。


 家族とはぐれた者もいた。近くの町を頼ったものの、途中で帝国兵を見て引き返したという者もいる。


「皆様は、どちらへ行かれるのですか」


 老人に聞かれ、セレスティアはすぐには答えなかった。


 まだ、安心して向かえる場所など決まっていない。


 その沈黙を見て、老人の肩が落ちた。


「……いえ。申し訳ありません」


 少し離れたところへ移ると、ガルドが声を落とした。


「連れていけば、さらに遅くなります」


 セレスティアは黙って聞いた。


「食料も減ります。歩けん者を乗せる余裕も、今はほとんどありません」


「はい」


「追っ手が十騎で終わるとも限らん。それは、お忘れなきよう」


 ガルドはそこで口を閉じた。


 セレスティアは人々へ目を戻した。


 母親の腕の中で眠る子供。


 足に巻いた布を押さえる男。


 老人は、近くの少女へ何かを言っていた。少女は頷いたが、こちらを見ようとはしなかった。


「今いる皆を、危険にさらすかもしれません」


 セレスティアが言った。


 レンは答えられなかった。


 助ければいい、と簡単には言えない。食料を分けるのは自分ひとりではないし、進みが遅くなれば、負傷者を抱えた列全体が危うくなる。


「それでも」


 セレスティアは顔を上げた。


「国が滅びたからといって、この人たちが私の民でなくなるわけではありません」


 声は、今度ははっきりしていた。


「一緒に行けるよう、手配をお願いします」


 ガルドは彼女を見た。


 それから、静かに頭を下げた。


「承知しました」


 すぐにリオを呼び、指示を出す。


 歩ける者と、助けが必要な者を分けること。持っている食料や水袋を確かめること。兵だけで手が足りなければ、避難民にも手伝ってもらうこと。


 セレスティアも人々のもとへ戻った。


「私たちも、逃れてきたところです」


 集まった顔を見渡し、そう伝える。


「安全な場所へお連れできると、今は約束できません。それでも、共に進むことはできます」


 老人が顔を覆った。


 すぐに返事をする者はいなかった。


 やがて、子供を抱いた女が、小さく頭を下げた。


「……ありがとうございます」


 その隣でも、誰かが頭を下げた。


 レンは手にしていた水袋を見た。


 空だった。


 まず、これを満たしてこようと思った。


     ◇


 浅瀬を渡るのを兵が手伝い、人々は荷車の近くへ集まった。


 濡れた足を拭く布が回される。傷のある者は木陰へ案内され、歩ける者は水汲みを手伝い始めた。


 レンは水袋を渡しながら、どこから来たのかを聞いていた。


 川沿いの村。街道から外れた集落。


 知らない地名ばかりで、聞き取った名を兵に確かめてもらう。


「ほかに、逃げてきた人を見ませんでしたか」


「途中までは、一緒でした。でも、夜のうちにはぐれてしまって」


 女は、差し出された水袋を両手で受け取った。


「家族ですか」


「妹と、その子です」


 レンは言葉を探した。


 見つかります、とも、大丈夫です、とも言えなかった。


「名前を教えてください。ほかの人にも聞いてみます」


 女が顔を上げた。


 妹の名を口にしかけて、その視線が止まる。


「……あの人」


 声が低くなった。


 レンは振り返った。


 少し離れた木のそばに、帝国兵の捕虜が座らされていた。馬から降ろされ、傷の具合を確かめられている。


「あの人です」


「知ってるんですか」


「見たことが、あります」


 レンは女へ向き直った。


「どこで?」


「村の近くです」


「いつ?」


「三日前です」


 レンは女の顔を見た。


「その時、一人でしたか」


「いいえ」


「誰か、一緒にいた?」


 女は頷いた。


「兵士が」


「一緒にいたのは、帝国兵だけですか」


 女はすぐには答えなかった。


 捕虜を見つめ、それからゆっくり首を横に振る。


「王国の――」


 一度、言葉が途切れた。


「兵士です」


 レンは捕虜を見た。


 男も、こちらを見ていた。


 その視線は、レンを通り越して女へ向いている。


 固く閉じていた口が、わずかに開いた。


――第六話 了



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。