幽霊と探偵事務所(後編)
私がずっと再生される動画に夢中になっている間に、多田はなにやら私の背後でごそごそしている。
そんな時、鼻がムズムズしてきた。
幽霊なのにくしゃみをするのか?と問われれば否だが、幽霊は幽霊なりに鼻が利くのだ。
『そんなの効かないわよ』
背中越しに声をあげる。
振り向くと、数珠と経典を持った多田が、なんともバツの悪そうな顔で固まっていた。
「気づいてたのか……」
『私の事、祓いたいの?』
「お前を悪霊の類と一緒にしてる訳じゃないぞ……。ただ、成仏したいなら少しばかり伝手はあるから……」
多田のくせになんだか言い訳がましい。
「……なんか未練でもあるのか?」
『未練なんてないわよ。私はただ、今が楽しいから成仏してないだけ。ただそれだけよ』
「そうか。……悪かったな」
『いいわよ』
頭をガリガリ掻く多田を尻目に、動画の猫に視線を戻す。
『……あと、そのお経は仏様への言葉だから、私たち幽霊自体にはなんにも影響ないから意味ないわよ』
「えっ?!御仏様が成仏させてくれるんじゃないのか?」
『あの方たちはお優しいもの。なにも悪さをしてない私が上がるのを嫌がったら無理強いすることはないわ』
驚く多田へモニターから顔を上げて、サラっと答えてあげる。
『ソレで“祓っえた”って思えるのはね、仏様が来ると都合が悪い連中が勝手に逃げてるだけよ』
「お前は逃げる理由がないってか」
『まぁ、お説教はされるからダルくてフケたくはなるけどね』
「仏からの説教か……それは確かにフケたくもなる」
『そうでしょう?だからそんなものしまってちょうだい』
シッシッと手を払う。
「なんだよ、ありがたいお経なんだぞ?」
『怖いとか嫌とかじゃないのよ。ただ鼻がムズムズの……幽霊にお経って、花粉症に花粉みたいなものなのよ!』
「お、おう?すまん……」
それから数時間後——。
「こんばんはっ!」
事務所の扉が開き、朝倉くんが顔を覗かせた。
「……本当に来やがった」
「約束しましたからね。苺のケーキです!」
そう言って、朝倉くんは手にしていた紙袋を掲げる。
『きゃーっ! 朝倉くん大好き!』
「ミサさん、喜んでくれてますかね?」
『んもうっ!大喜びよ~!』
「すんげぇ勢いで回転してる」
多田は呆れたように言いながら、紙袋を受け取った。
「落ち着け」
『早くっ!早くっ!』
多田が箱を開けると、中には苺の乗ったショートケーキ。
見た瞬間、それはもう目が幸せになったわ。
『ひゃーっ!朝倉くん、ありがとうねっ!』
「ありがとう、ってよ」
「はい!どういたしまして」
もちろん、そのままでは食べられない。
朝倉くんがお供えしてくれたところで、私はありがたくケーキを頂く。
あ、今回はちゃんと合掌だったわ。
『——はぁ~~っ!幸せだわっ!』
私の声を朝倉くんに聞こえるようにするため、用意されたスマホに手を翳す。
ちょっと大変。多田は通訳がメンドクサイらしい。
「はい。喜んでもらえたなら良かったです」
「……幽霊にケーキを貢ぐ刑事って、どうなんだよ」
「いいじゃないですか。お礼なんですから」
そんな二人の会話を聞きながら、私はケーキを堪能していた。
――と、そのとき。
『……あら?』
事務所の隅に、ぼんやりとした人影が浮かんでいる。
薄く透けた姿。
さっきまで全然気づかなかったけど、どうやら、ここには私以外にも幽霊がいたらしい。
『ねぇ、あなた』
近づいて声をかける。
『ずっとここにいるの?』
『(頷く)』
『何か用事があるの?』
『(頭を横に振る)』
『NOってことね。帰りたいところは?』
『(首を傾げる)』
どうやら、自分がなぜここにいるのかも、もうよく分からないらしい。
『そっかぁ』
私は少し考える。
『じゃあ、もう行ってもいいんじゃない?上に』
『……』
『行き方わかる?多田に頼んでみようか?』
浮遊霊はしばらく黙っていたが、やがて小さく頭を振って、壁にめり込んだ。
『あ、もう行くの?元気でね!』
私はひらひらと手を振る。
浮遊霊の姿が、少しずつ薄くなっていく。
「……ありがとう」
『どういたしまして!』
最後にそう言い残して、浮遊霊は消えていった。
『……行っちゃった』
私は空いた事務所を見回す。
さっきまでいた幽霊がいなくなっただけなのに、なんだか少し静かになった気がする。
「……行ったか?」
おずおずと多田が尋ねてくる。
『うん。もう大分淡くなっちゃってたから……その内、完全に消えちゃうと思うわ』
「……そうか」
朝倉くんも、何も見えない空間を眺めながら首を傾げている。
「今まで、ずっと居たんですかね?」
『そうね。気が付かないだけで、ずっといたみたいね』
「っこわ……。おい、もう他の霊はいないだろうな?」
『私がいるじゃない』
「そうでした」
朝倉くんが笑う。
ふと、何かを思いついたように顔を上げた。
「番犬ならぬ、番霊ですね」
「語呂が悪い。なんだそれ」
多田が怪訝そうな顔をする。
「ほら、番犬って家を守るじゃないですか。ミサさんなら、悪い幽霊が事務所に入ってきたら追い払えそうですし」
『番霊!』
私は思わず目を輝かせる。
『いいじゃない。私、なってあげてもいいわよ?』
「いや、なんだそれ」
「いいと思いません?」
「思わねぇよ」
「でも、実際ミサさんって幽霊のことに詳しいですし」
朝倉くんが真面目な顔で言う。
まぁ幽霊のことぐらいはね。
「この前の事件だって、ミサさんがいなかったらもっと時間がかかってましたし。有能霊ですよ」
「また変な言葉を作んな」
多田がちらりと私を見る。
『今日からここは私の城よ!』
「俺の城だっ!」
——後日。
「――本当に住み憑きやがった……」
捜査協力のお礼として、朝倉くんがせっせと運んでくるお供え――今日はポテチ——を食べながらくつろぐ私に、多田が話しかけてくる。
「せめて朝倉の家に行けよ!なんで俺なんだよ!」
『だって不便なんだもん』
なーんにもしなくても視えて、声の聞こえる多田と、スマホを通さないと会話できない朝倉くんは、全然違う。
『まぁいいじゃないの。幽霊と同居なんて、中々できない経験よ。 番霊にもなるしね』
「必見!幽霊とのシェアハウスのコツ!――なんて、誰が知りたいんだよ!あと番霊なんて引っ張んなっ!」
『あら!良いじゃない、それ。幽霊には需要あるわよ』
多田の肩ががっくり落ちる。
しばらくは、退屈しなくて済みそうね!




