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私、幽霊  作者: 夜唏


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6/6

幽霊と家事

 朝の事務所に、掃除機の音が響いていた。

 多田が眉間に皺を寄せながら床を掃除している横で、私はソファに寝転んで猫動画を眺めている。


『お掃除ご苦労様~』

 完全に他人事の口調で声をかけると、多田がじろりとこちらを見た。


「……お前、ここに住み憑いてるよな?」

『えぇ、そうね。 居心地最高よ』

「だったら少しくらい家事を手伝え」

 鼻先にびしっと指を差される。

 指を差すなんて失礼ねっ!でも——。

 手伝うのは吝かじゃない。私は勢いよく身を起こした。

 

 穀潰し(ごくつぶし)なんて言われちゃたまんないものね!

 穀、潰せないけどね。幽霊だから。


『任せなさい!幽霊だって家事くらいできるところ、見せてあげるわ!』


◇


 まずは掃除ね!

 綺麗な建物は幽霊としても気持ちいもの。


 雑巾を持とうとする。すり抜ける。

 掃除機の柄を握ろうとする。すり抜ける。

 ゴミ袋の口を摘まもうとする。すり抜ける。


『……』

「……」

 気まずい沈黙が事務所に流れた。


『掃除って難しい……』

「まぁ、わかっちゃいたけどな」

『なによ、折角人がやる気になってるのにっ!』

 

 諦めきれずに、洗濯物を畳もうとしてすり抜け、食器を洗おうとして水にただ手が沈み、包丁を握ろうとしてまたすり抜ける。


『……私、家事に向いてないわ』

「幽霊だからだろ」


 そんな身も蓋もない結論で、私の家事チャレンジはあっけなく終了しちゃった。

(もうちょっとやれると思ったんだけどなぁ)

 幽霊ってままならないわ。


◇


 お昼過ぎ、多田が買い物袋を持って出かけようとする気配を察して、私はすかさず声をかけた。


『待って。買い物なら私も行くわ!』

「何しに?」

『家事よ!』

「まだ諦めてなかったのかよ」

『買い物も家事でしょうが。 手伝えって言ったの、多田じゃない。 ほら、行くわよ!』


 荷物は持てなくても、商品を探したり、値段を見比べたり、買い忘れないよう覚えていたり。

 実体なんてなくてもできることぐらい、あるはずよ!

 

「……まあ、いないよりはマシか」

 そうして、私は堂々と多田の買い物についていく権利を勝ち取った。


 

 スーパーに着くと、私は早速店内を自由に飛び回った。

 壁も棚も関係なく通り抜けられるのは、こういう時も本当に便利なのよね。


『牛乳はこっちよ!』

「分かってる」

『卵、安いわよ!』

「今日は買わねぇ」

『お菓子も買いましょう!』

「お前のためじゃねぇか」

『ちっ、ちっ、ちっ。依頼人へのお茶請けよ。余ったらお供えしてね』

「それ、最後食べるの俺じゃねぇか」


 なんだかんだ言いつつ、多田がポテチもカゴに入れてくれる。

 

『私、買い物の才能あるんじゃない?』

「付き添ってるだけだろ」

 ふふんっ、細かいことは気にしない主義なの。


◇

 

 買い物を終えて帰る道すがら、私はふわふわと宙を漂いながら機嫌よく浮かれていた。


『あっ、猫ちゃん!』

 塀の上でくつろいでいた猫を見つけて、思わず近寄る。

 猫の方は、「……?」という顔で、ほんの少しだけこちらに視線を寄越しただけだった。

 それでも私は嬉しくなって、しばらくその周りをくるくる回る。


――その直後だった。

 バサバサッ!

 黒い影が、いきなり私に向かって突っ込んできた。


『——ぎゃあああああ!?』

「なんだっ?!どうした!?」

 私はものすごい勢いで多田の背中に隠れた。

 幽霊だって、怖い物は本気で怖いのよ。


『カラスよ!!』

「お前、幽霊だろ……」

『幽霊でもカラスは怖いの!』


 犬や猫は好きだ。あの子たちは可愛いし、こちらを警戒しても、あくまで動物らしい距離の取り方をしてくる。

 でもカラスは違うっ!

 あいつらは絶対、私たち幽霊を玩具だと思っている!


「そんなに怖がるとか……カラスに何されたんだよ」

『頭目掛けて体当たりされた。三回連続で』

「でも幽霊だからすり抜けただろう?害はねーだろ」

『気分の問題よっ』

 

 そうこう言っているうちに、二羽、三羽と、あっという間にカラスが集まってくる。


 私は慌てて多田の背中から離れ、塀を抜け電柱の裏を抜け、逃げ回った。

 けれどカラスは律儀に壁の向こう側で待ち伏せしてくる。


『なんでよぉぉぉ!丸焼いて食っちゃうわよ!』

 なんて、叫んでみても……実体のない幽霊には文字通り手も足も出ない。

 その光景を見ていた多田は、腹を抱えて笑っていた。


『こいつら私が触れないって分かっててやってるのよ!』

「やっぱりカラスって頭いいよな」

『褒めるなー!!』


 結局、私は電柱の影から電柱の影へ飛び移り、建物の中をくぐり抜けながら、なんとか事務所まで逃げ切ったのだった。

 幽霊だからって、無敵ってわけじゃないのよ、ほんと……。


◇

 

 事務所に戻ると、私はソファにぐったりと沈み込んだ。

『今日は大変だったわ……』

「買い物についてきただけだろ」

『カラスに襲われたのよ! あいつら絶対わざとよ!』


 多田は買ってきたものを黙々と冷蔵庫に片付けていく。

 その背中を眺めながら、私はふと呟いた。


『……でも』

「なんだ?」

『買い物、ちょっと楽しかったわ』


 特に深く考えたわけじゃない、ただ思ったことをそのまま口にしただけだった。

 多田は片付けの手を止めて、少しだけ笑う。

「じゃあ次からも付き合え」

『ええ!いくらでもっ!……ただしカラスのいない道で!』

「そんな道あるか」

 ぱっと顔を上げた私に、多田がどこか呆れたような目を向けた。


 家事の役には立たなかったけれど、まぁ、こういうのも悪くないわね。

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