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私、幽霊  作者: 夜唏


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4/6

幽霊と探偵事務所(前編)

 犯人逮捕後——

 

「お二人とも!ご協力感謝しますっ!」

「俺はなんもしてねぇよ」

『んっふふふ』

 私は概ね満足したわ!

 被害者が出ている時点で円満とは言えないけれど、犯人逮捕と成仏に役立てたんだから。

 

「あっ!もうこんな時間だ。すみません、多田さん、ミサさん!僕、戻らないと!」

「もうそんな時間か」

「今回の件、本当に助かりました。ミサさんがいなかったら解決までずっと遠回りしてたと思います」

 私は多田の肩に乗っかるように浮き上がる。

「……息苦しい……」

 後ろから抱えるように手を回しているから、息苦しく感じるのかしら?

 でも、この格好が、多田の胸ポケットのスマホに触ったまま朝倉くんとお喋りできるし楽なのよね。

『ちょっとおんぶして貰ってるだけじゃない!胸ポケット触られながら向かい合いたいの?』

「……」

 勝ったわ。このまま話、続けちゃおう。

『ねぇ、朝倉くん。もっと褒めていいのよ?』

「はい!本当にありがとうございます!だから何かお礼したいんですけど、今から調書取ったりで……」

 朝倉くんが申し訳なさそうに頭を掻いた。


「落ち着いたらまた改めてお礼しますね!」

『あら、いい子!』

「——そうだ!仕事帰りに多田さんの事務所へ寄りますね!」

「は?」

 途端に多田の眉間に皺が寄る。

 

「お礼は何が良いですかね?」

「いやいや。待て待て待てっ!」

『そうねー。——ケーキがいいわ。苺が乗った生クリームのヤツ!』

「だから待てって!」

「苺ケーキ了解です!それじゃあ、また後で!」

「あっ、おい!」

 そう言って朝倉くんが颯爽と去って行く。

 多田の制止の声が虚しく響いてるわね。

 

「アイツ、行きやがった……嘘だろ。俺が自分で、幽霊を招き入れるのか……?」

『ふふふ、もう諦めなさいな!お邪魔させていただくわぁ!あー、人に招いて貰えるって嬉しいわ』

「はぁ……マジ疲れた……とりあえず、帰りたい……」

 ため息を吐きながら、ちらりと多田がこちらを盗み見ている。

『なによ?』

「なんで俺が幽霊なんかと……」

「むっ!それは幽霊差別よっ! 事件も解決して、私がいい子だってわかったでしょう?!」

「お前がいい奴なのはわかったけど——ただ事実を言っただけだ。幽霊を家に招待するなんて正気じゃねぇだろ」

 むむむっ。“なんか”なんて言われちゃ、幽霊だっていい気はしないわよ。

 ちょっとだけいつもより高く宙に浮く。

 

「——おい、ちゃんと着いて来いよ」

 それでも、多田は漂う私を見上げて声をかけてきた。

 義理堅いってやつね。

『……任せて、ちゃんと憑いて行くわ』

 私が可愛くウィンクをしているのに、多田は「憑く」という言葉の微妙なニュアンスに気づいたのか、しかめっ面になっただけだった。

 

「……うまいこと言いやがって」

 多田はポケットに手を突っ込み、軽く肩をすくめて歩き出した。

 なんだかしみったれてるわねぇ……。

 私はそんな多田の頭に乗っかって、移動に使う。

『ね?幽霊って便利なのよ。“なんか”じゃないのよ』

 

「ったく、人をタクシー代わりに使いやがって……」

 独り言とも私への文句ともとれるその言葉を吐く多田は、イヤホンを耳に差し、スマホを片手に持ちながら会話している風を装っているので、周囲から見るとただ電話しているだけに見える。

『あらー、賢いわね。そのイヤホン作戦、結構いい感じよ。誰も幽霊と会話してるなんて思わないわね』

「いや、幽霊(おまえ)との会話以前に、独り言呟きながら歩いてたら、普通におかしいやつだと思われるだろ」

 多田は軽く肩をすくめて歩き続ける。

『それにしても、多田も朝倉くんも幽霊慣れしすぎじゃない?』


「朝倉は元々あんなんだな。小さいことは気にしねぇ。……俺は昔から視えてただけだ」

『へぇ。よく喋ってたの?』

「まさか。話なんかできない奴ばっかりだったさ。ガキの頃は脅かされてばっかで……」

『だから幽霊差別するのね』

 

 軽く突っ込んでみたけど、多田はすぐに否定する。

「差別じゃねぇって。昔は本当にヤバい系の悪霊ばっかりだったんだよ……ただ、変顔したりパフェに涎垂らすのが悪霊とは思えなくてな」

『あれは仕方ないじゃない』

 そうか、私みたいな幽霊は、彼にとっては異質なんだろう。

 普通の幽霊が怖がらせるのに対して、私はただ楽しんでるだけだからね。

 

『怨み続けるより、こうして楽しく死活してる方がよっぽど健全だもの』

「健全な幽霊ってそれ皮肉だろ……あと“死活”ってなんだよ」

 多田が半ば呆れたように言う。

 でも少しだけ、スマホに話しかける口元が緩んでるように見えた。

 やったね!

 

『意外かもしれないけど、幽霊になっても、こうして楽しめるから悪くないわよ?』

 私は多田の頭から離れて、くるくる楽しそうに宙を回る。

「いや、だからって…………お前、ほんとに幽霊か?しっぽ追いかけて回る犬じゃねぇのか?」

 多田が真顔で突っ込む。

 

『誰が犬よ!見た目も可愛い!普通の、女の子の!立派な、幽霊よ!』

 一言一言を区切ってしっかり聞かせる様に叫ぶ。

 

「へー。立派な幽霊は涎垂らしてパフェ見るんだな」

『だって美味しそうだったんだもん!幽霊だって死活するのに生きがいは必要なのよ!』 

「だからその“死活”ってなんだよ……」

 そう呆れた様に多田が呟く。

 こんなにもお喋りできるなんて、着いてきて正解だっわ!

 いつになく、すっごく楽しいもの!


 数分後、古びた三階建ての雑居ビルに多田が入っていく。

 築何十年なのか分からないほど年季の入った外観で、一階のシャッターには錆が浮き、階段の手すりもところどころ塗装が剥げている。


 階段を上がりきるころには、多田はちょっと息切れてる。

 人間らしくて少しだけ羨ましい。

 ドアの横に目をやると擦り切れたプレートに、『多田探偵事務所』と書かれている。

『わぁ。本当に探偵事務所ってあるのね』

「なんだその感想は」

『気にしたことなかったんだもの』


 多田が鍵を開けて扉を開ける。

『お邪魔しまーす!』

 私は真っ先に中へ飛び込んだ。

『……思ったよりボロいわね』

「失礼な。家賃が安いんだよ」

 

 事務所の中は意外にも整頓されていた。

 壁際には書類棚。

 中央には応接用らしいソファとローテーブル。

 奥には事務机が並んでいる。


 探偵事務所と聞いて想像していた、煙草の煙が充満し機密情報の散らばる薄暗い部屋とはだいぶ違った。

 

『なんか……普通の事務所って感じね』

「そらそうさ」

 多田が呆れた顔をする。

「民間探偵なんて、浮気・身辺調査が8割、ペット探しが1割だぞ」

『残りの1割は?』

「便利屋」

『なんだか夢がないわねぇ』

「現実なんてそんなもんだろ」


 そう言いながら多田が奥のドアを開く。

 どうやら事務所の奥が住居スペースになっているらしい。

 簡易キッチンと六畳ほどの居室。

 生活感はあるが、やはり物は少ない。


『こっちはもっと何もないじゃない』

「寝るだけだからな」

『探偵って儲からないの?』

「おい、言い方ぁ」


『もっとこう……資料とか、壁一面の写真とか、怪しい相関図とかあると思ってたわ』

「そんなもん積んでたら依頼人に怒られるだろ」

 そう言って多田が机の上のノートPCを軽く叩く。

「今はコレでひとつだ」


 机の上には大型モニターとノートPC、それからタブレットが並んでいた。

 紙の資料より電子データの方が圧倒的に多いらしい。

『やっぱりそういう時代なのね』

「調査報告書も写真整理も、今はほとんどデータだよ。便利な時代になったもんだ」


 便利だと言い切る割には、多田の声にはどこか複雑な響きがあった。

 きっとこの男は知っているのだろう。

 地図を片手に足で情報を集めていた頃や、フィルムカメラを抱えて張り込みをしていた頃の空気を。

 便利になったからこそ失われたものがあることも。


『でもセキュリティは弱くなったわよね』

「あぁ、情報漏洩とか——」

『全世界の幽霊が盗み見できるからね』

 私は胸を張った。

『まさにガバガバのガバよ』

 最近覚えた言葉を得意げに使ってみる。

 一方、多田はなんとも言えない顔をしていた。


「幽霊が情報漏洩の原因に含まれる世界、初めて聞いたぞ」

『でも事実だもの』

「それで?」

『PCなんて侵入できた端末なら大抵のものは見られるわ。削除したつもりのデータも案外残ってるし』

「……まじかよ」

 多田が微妙に顔を引きつらせる。

 

『依頼人の個人情報とか調査記録とか、いっぱい入ってるんでしょう?』

「それはまぁ……」

『浮気調査とか』

「おい」

『企業案件とか』

「おい」

『隠し子とか愛人とか』

「やめろ」


 多田は慌ててスマホとタブレットを掴み、自分の背中側へ隠した。

 私は思わず吹き出した。


『うふふ。探偵さん、怪しいわねぇ』

「怪しくねぇよ」

『そこまで隠すと、逆に怪しいわよ』

「依頼人の情報を守ってるだけだ!」

『真面目か』

「探偵だからな」


 その返答が妙に真っ当で、私は少しだけ感心してしまった。


『じゃあ本当にやましいものはないの?』

「ない」

『猫の写真フォルダとか』

「ない」

『猫動画お気に入りリストとか』

「……ない」


 微妙な間があった。


『あるのね』

「うるせぇ」

『見たいわ』

「……」


 多田がため息を吐きながら事務机のひとつにノートPCを開いた。

「ほら、これ貸してやる。これで大人しくしてろ」

 画面にはYooTube。

 多田の意図に気づいた私はテンション爆上がりよ。

 

『わぁあ!本当に見せてくれるの?!』

「その代わり、余計なもん漁んなよ」

『もちろんよ!あ、猫動画検索してみてよ』

「へいへい」

 多田がめんどくさそうに、だけどしっかり、検索してくれる。

 きゃー!嬉しい!

 

『そうそう、動画は自動で次々再生される設定にしておいてねっ!』

「なんでそんな設定まで知ってんだよ」

『いつも動画見てる人の後ろで観てるもの』

「そんなことしてんのか」

『面白い動画を見ている人を見つけるのって中々大変なのよ。私の面白動画人発見場所のおすすめはネットカフェね』

「あー……。自分じゃクリックできない感じか?」

『正解。——あ、それ、その“世界のネッコ、可愛い瞬間100連発”からがいいわ』

 

 自分が見たいものを見せて貰えるって、最高ねっ!

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