幽霊と出会い(後編)
『ふたりとも!重大なことがわかったわ!』
「うわぁっ!急に現れんなよ!」
所謂瞬間移動の要領で移動したから多田がビックリしたらしい。
だってすぐにでも報告したかったんだもの。
「ミサさん、戻ったんですか?」
煙草の煙を咳き込む多田を尻目に、朝倉くんがサッとスマホを取り出す。
そのスマホに私も手を翳す。
『――戻ったわよ。犯人と証拠について聞いてきたわよ!』
私は胸を張りながら二人を見渡した。
「……何がわかったんですか?」
朝倉くんが少し前のめりになる。
……スマホの位置がずれちゃうから動かないで欲しいわ。
もうっ!幽霊って不便っ!
『犯人は隣人よ!あの子のストーカーだって!』
「隣人……あいつだ!——通報者ってことで僕が話を聞いたのに……」
「反省は後にしろ。証拠ってぇのは?」
『あの子、犯人に噛みついた言うの!左手!血が出るくらい噛んだらしいから、噛み痕とかって証拠にならない?』
二人は一瞬固まり、次に朝倉くんがハッとした表情を浮かべた。
「歯型!血液!――ちょっと電話してきますね!」
多田はデジカメをいじりながら何やら考え込む様にぶつぶつ言っている。
「左手か……あーくそ、手が映ってる写真はねぇな。会場出てくる時に撮れっかな」
『え?!会場に来てるの?!』
「あぁ、朝倉が確認してる。まったく、どういうつもりなんだか……」
多田がデジカメの画面を見せてくる。会場全体を映した写真。
喪服の人たちの列をどんどん拡大して、ある男の顔を画面に捉える。
猫背で、なんだか弱弱しい、大人しそうな青年ね。
『急いで……えっと、話しかけるふりでもして、左手を確認できないかしら?』
私の言葉に、多田がため息をつきながら煙を吐いた。
「そう焦んなって。下手に動くと逃げられかねん」
『でも、噛み痕なんてすぐ治っちゃうわ……』
多田は真剣な表情で頷いた。
『いいわ!私がやるっ!』
言うが早いか、私は会場に飛んだ。
訪問客がロビーにごった返している中、隅っこに佇む男を見つけた。
大人しそう……と、言うより…………まるで生気の抜け切った人形ね。
そう言う人を“死んでる” とか“幽霊”とか揶揄する人もいるけれど、そんなのと一緒にされちゃたまんない!
眉間に皺を寄せてキッと睨みつけてやったけど、男からは反応なし。わかってはいたけど、そうせずにはいられなかった。
よしっ……やるわっ!
左手を庇うように腕組みした男に1歩近づいて、私は男の腕に文字通り飛び込んだ。
しっかり目を見開いて微調整しなきゃ……包帯と腕の僅かな隙間に視線を合わせて、この目で確認してやるんだからっ!
——見えたわ。
包帯の隙間。ほんのわずかな影の奥に、確かにそれはあった。
人の歯型だ。間違いない。
上下きっちりと噛み合った痕は、皮膚が裂けて、治りきらないまま固まっている。
(……ふぅん。彼女も中々やるじゃない)
傷の奥深く——“被害者の痛み”がじゅくじゅくとこびりついている。
私はゆっくりと男の腕から抜け出して、もう一度その男の顔を見る。
ほんの少しだけ、さっきより、顔色が悪くなっている気がした。
でもまぁ、いいか。大事な確認はできた。
『あったっ!』
戻るなり、多田にそう告げる。
「……マジか」
『ちゃんと歯型だったわ。がっつり残ってるわよ』
「……朝倉に回すぞ」
短く言って、多田はすぐに朝倉くんの元へ走る。
◇
この数日間、私はずっと犯人の男に憑いていた。
ある朝、男の部屋のチャイムが鳴る。
「任意同行、お願いできますか」
朝倉くんが、あの男に静かに声をかける。
「……知らない……俺は、何も……」
「そうですか——手、大丈夫ですか?」
朝倉くんが静かに男の左手へ視線を落とす。
「え、あっ、これは……」
「——それ、治ると良いですね」
男の頬を汗が伝い、怯えの色が瞳に浮かぶ。
被害者の彼女の怨みが、痛みが、少しだけ男の傷の治りを遅くしていた。
ほんのちょっとの気持ちが入った傷跡は、やましいことのある者には大層な恐怖だろう。
——ざまあみろ、だわ。
「…………」
男は、崩れるようにその場にしゃがみ込んだ。
「大丈夫ですか?詳しい話は署で聞きますね」
なんだかあっけない。
まあ、事件なんてそんなものよね。
私はその様子をしばらく眺めていたけれど――ふと、視線を感じた。
エレベーターの横で、煙草を咥えた多田がこちらを見ている。
『終わっちゃったわ』
「みたいだな」
『あっ!』
あの子だ。
犯人の部屋から少し離れた、共用廊下の隅に彼女がふらりと現れ、私たちにぺこりと頭を下げた。
『見てた?逮捕されたわよっ!』
私がそう言うと、にっこり笑った彼女が淡く光りだす。
「なんか、光ってねぇか……?」
『うん。成仏、するみたい』
「……そうか」
いつの間にか現れた蓮の花に乗って、彼女は空へと昇っていく。
『……良かったわ』
「ああ」
多田は短く答えて、煙草を灰皿に押しつけた。
「……お前は、それでいいのか?」
『なにが?』
「いや……お前も一緒に成仏とか……」
『私は……まだ、上がるわけにはいかないの』
「そうか」
『もうすぐ公開される映画で観たいのがあるの』
「……」
多田の肩から力が抜ける。
だって予告が面白そうだったんだもの!
私はくるりと宙返りする。
『さて!事件も終わったし、次は何して遊ぼうかしら!』




