幽霊と出会い(中編)
『まだ波長が合ってないからノイズとか途切れとかあるだろうけど、問題なさそうね』
「すごい!本当にこれが幽霊のミサさんの声なんですね!ちょっとホラー映画の音みたいですけど……。これ、警察に応用できませんかね?」
「やめろやめろ、そんなもん警察で使えるわけねぇだろ」
純粋に興奮する朝倉くんに多田が呆れ気味に返す。
『ふふふ、私もそんなに暇じゃないのよ。でもまあ、暇な時ならちょっと手助けしてあげてもいいけどね』
「ありがとうございます!いやぁ、幽霊とのコミュニケーションなんて、すごいことしてるなぁ。僕、初めてです!」
『ほんと、朝倉くんって純粋でかわいいわね。まるで子犬みたいよ』
「褒められてるんですか、それ?」
朝倉くんが、ちょっと納得していないように笑った。
「……それで、被害者の幽霊に会えるって話ですが……詳しくお話し聞かせて貰えますか?」
へにゃ~とした笑い顔から一転して鋭い真剣な目つきに変わった朝倉くん――すごく刑事っぽい!
『詳しくって言われてもねぇ……』
「幽霊同士ってそんな簡単に会えるのか?」
多田が口を挟んでくる。
『そうね、場所がわかっていれば……でも、成仏し終えてると、こっちからは会いに行けないわね』
「でもよ朝倉、被害者から犯人を聞き出したとして、警察は幽霊なんて絶対信じねぇだろ。その先どうするんだよ?」
「それは……犯人が分かれば、その証拠を僕が見つけてみせます!絶対に!」
『きゃー!刑事さん、かっこいい!』
「へへっ。こうなったら絶対犯人のこと聞きたいです」
『あーでも、教えてくれるかどうかはそれはその幽霊次第なのよね……。死を受け入れてない子に声かけても無視されるし、嘘をつく子だっているのよ』
「幽霊が嘘をつくんですか?……はぁ、幽霊も人間と変わらないんですね」
『そう、なーんにも変わらないわ。幽霊ってね、死んでるってだけで、性格や本質はその人のままなのよ』
そう言うと、ふたりの眉が少しだけ下がった。
もう、仕方ないわね——。
『でも、話を聞くだけならタダよ。行きましょ』
◇
私たちは葬儀会場にやってきた。
そこにはすでに幾人かの人々が集まっているのだが、様子がおかしい。
カメラやマイクを持ち、ガヤガヤと煩い集団が喪服を着た人を取り囲んでいる――それは異様な雰囲気だった。
そっか、殺人事件の被害者だものね……マスコミが来ていても不思議ではないけれど……。
家族や親しい人たちが、故人を悼むために集まっているのに、他人が一体なにをしているのだと、私はつい睨んでしまう。
「そう怖い顔してやるなよ」
横目で私を見る多田がぼそりと呟く。
「あいつらも仕事なんだ」
『だからって葬儀まで来る?』
「仕事だからな」
私は宙に浮かびながら、じとーっと多田を見下げた。
『仕事なら何してもいいってわけじゃないでしょうに』
「ごもっとも」
多田は苦笑するだけだった。
反論しないあたりが余計にずるい。
居心地が悪い。
『……会場の中、見てくるわ』
そう言って私は逃げるように空高く浮いて会場の中へ向かう。
上から見る視界の端で、多田が煙草に火をつけるのがわかった。
葬儀場に入ると、華に囲まれた笑顔の女性と目が合った——楽し気に笑う写真が痛ましい。
ふわふわと漂いながら霊気を探すけどその子はまだ来ていない。
『お経が始まれば本人も来るでしょうけど……ここで待つのは辛いわね』
ここには別れの悲しみと奪われた怒りが渦巻いている。
幽霊は元々負の気の塊だけど、息苦しいわ。私、息しないけど。
しばらく部屋の天井隅で漂っていると、お経が始まり、やがて祭壇の横の空気がじんわりと湿りだした。
『……あぁ、来たわね』
次第に湿気が人型の靄になり、ふいに彼女が現れた。
棺に眠る自分を呆然と見下ろしている。
『こんにちは』
『……だれ?』
『私、ミサ。幽霊の先輩よ』
『先輩?……ねぇ、私、これからどうなるの?』
『そうねぇ、このまま光の柱に入れば上に行けるわよ。所謂成仏ね』
『いやよ!私を……こ、殺した……——あいつを呪い殺すまでっ!絶対に成仏なんてしないわ!』
『呪い殺すって……あなた、そんなことできる力があるの?』
『え……?でも、私、死んで幽霊になったのよね?』
『えぇ、あなたは幽霊ね。幽霊になったら急に特別な力が手に入ると思った?』
『そんな……』
『一応幽霊は負の塊だし、弱った人の近くにいれば、人の生命力的なやつは弱らせられるけど……おすすめはしないわ。毎日呪い続けるのって、意外と大変よ?』
私は人の近くに行く時は負のオーラを出さないように気合を入れている。
それもそれで大変なんだけどね。
『それであいつを殺せるなら……!』
『生命力や精神の弱い人しか影響受けないわよ……それに、本当に人に危害を加えて悪霊になっちゃったら、ご家族からの供養を受け取れなくなっちゃうわよ』
私は遺族席の人たちを指さす。
幽霊って、実は視野が狭くなっちゃうのよね。
『…………お父さん……お、お母さ、ん……』
示されて、やっと気が付いたのか、声が震えている。
『やめておきなさい……今のアナタは怨み辛みの塊よ。娘を亡くして弱っているご両親にとっては、よくないってこと……わかるでしょう?』
その手で両親に触れようとする子を、止める。
『っ……うわぁぁぁんっ!』
『成仏すれば、お盆に帰ってこれるし、その時は家族の傍にいても障害はないわ』
私の言葉に、俯いていた子がゆっくり顔を上げる。
……不思議よね、幽霊でも悲しいし、涙が出ることもあるの。幽霊なのにね。
『ねぇ……犯人について、もう少し教えてくれない?』
『……隣に住んでる男よ……名前なんか、知らない……』
『お隣さん、だったの?』
『ストーカー、って言うのかな……』
彼女の目に、怒りが滲む。
『絶対……犯人を許すつもりはない』
彼女の声は少しだけ強くなった。
『落ち着きなさいな。——許すなんて高尚なことは、お釈迦様にでも任せとけばいいわ。でも、あなたがその怒りに飲み込まれてはいけないわ』
『わかった……でも、あいつが捕まるまで、現世ここにいる。あいつは絶対に許せない……』
『それでいいわ。無茶はしないでね』
簡単に「成仏しなさい」と言えるほど、その痛みが軽くないことを、私は知っている。
『……私ね、あの時アイツに噛みついてやったの……ざまあみろだわ』
『頑張ったのね…………うん?そいつに噛みついたの?』
『思いっきり、血が出るまで噛んでやったわ』
『それ……歯型とか残ってないかしら……?』
『え?』
『証拠よ、証拠!大事な証拠!そいつのどこに噛みついたか覚えている?!』
『えっと……口を塞がれた時だから……左手、かな?』
死んだ時のことを思い出しているのだ、彼女が嫌な記憶を思い出してるのがわかっているが、頑張って欲しい。
『ありがとう!それ、刑事さんに伝えてくるわ!』
『刑事?』
『あ、言ってなかった?私、刑事さんと探偵さんと意思の疎通できるの。だから犯人捕まえてあげるわ』
『本当……?』
『うん、約束するわ!それじゃ——』
……私がそばから離れるのが寂しいのかな?
『寂しくなったら、光の方へ行っちゃいなさいな。きっと寂しさも忘れられるわ』
そう言って私は式場の壁を通り過ぎる。




