幽霊と出会い(前編)
私はミサ、幽霊だ。
人生頑張ったけど、あっけなく死んで幽霊になった。
それから現代に至るまで死後も活動――いわゆる“死活”をしている。
もう何百年も経ったけれど、成仏する気にはなれない。
理由は単純。世の中に面白いことが溢れているから。
さぁて!今日はどんな面白い事があるかなー!
「おい、朝倉!なんか情報くれよー」
「勘弁してくださいよ、多田さん。最近は規制厳しいの知っているでしょう」
コンビニの灰皿を囲んで、男がふたり煙草と缶珈琲を嗜んでいる。
その声に引き寄せられて、私はその場に浮き止まった。
『ふふっ、なんの話してるのかな~?』
そのふたりの間の上空、会話が聞ける位置に陣取る。
相手に気づかれることもないし、物理的に邪魔になることもない。幽霊の特権ね!
「可愛がってた後輩が警察に入ったから、調査が楽になって助かるわ」
「民間の探偵も大変っすね」
「な?だからちょっとくらい融通利かせろって」
「無理ですよ、特に今は——」
なるほど。
くたびれたスーツに無精ひげ、たれ目が印象的な多田探偵。
黒髪短髪に眼鏡の、がっしりした体つきで爽やかな朝倉刑事。
『まぁまぁ!探偵と警察なんて、面白そうな子たちね!』
ふと、朝倉くんが缶コーヒーをひと口飲むと、小さく息を吐いた。
「なんだよ、その顔」
「え?」
「いや、いかにも疲れてますって顔してるからな」
「そんなに顔に出てますか?」
「出てる出てる。顔のいい男は愛想笑いも上手いが、疲れた顔も分かりやすいんだよ」
多田がニヤリと笑う。私も思わずクスリと笑ってしまった。
『出てる出てる。そういうの隠せてると思ってるの本人だけなのよね』
こくこくと頷きながら呟いてみる。
会話はできないけど、好きなこと言いたい放題なのもまた楽しいのよ。
あら?なんだか多田が何か言いたげに変な顔をしている?
「……今ニュースになってる件で、捜査本部もバタバタしてますから」
「あ……、あぁ。例の殺人事件か」
「ええ。現場もまだ落ち着いてませんし」
「おう……そうか」
『最近人死んでるの?じゃあ、ちょっとその新人幽霊へ会いに行こうかな』
「えっ?被害者と会えるのかっ?!」
私が独り言を呟くと、多田が大きな声を出して、でもすぐに顔を背けてしまった。
おやおやおや~?ふっふっふっ。
意地悪な考えが頭に浮かぶ。
「わっ、急になんですか?」
私はふわっと浮かんで、多田の急な大声に驚いてる朝倉くんのお腹からひょっこり顔を出して変顔を披露する。
「ブホォァ…………あ、い、いや、なんでもねぇ……」
顔を赤くした多田が慌てて取り繕おうとしてるけど、その動揺、バレバレよ。
『さっきから表情が豊かね~』
フワフワと浮いて漂い多田の顔を覗き込む。
『ねぇ。見えてるでしょ?聞こえてるでしょ?』
「……見えてねぇし聞こえてねぇな」
『めっちゃ返事してるじゃないのよ!ふふっ。こんなにはっきりお喋りできる子は久しぶりだわ!』
私は面白くなってケラケラ笑った。
不機嫌そうな顔で多田がこっちをギロリと睨め付けてくる。
おん?やろうって言うの?こちとら年季入った幽霊やぞ!
『ふんっ!』と気合いを入れ、白目をむき、血の涙を流す顔に変化させる。
このおどろおどろしく飾り立てた私の顔を、バッチリ多田に向けて見せつける。
「うわっ、こっち来んなっ! 幽霊なんかとは関わりたくないんだよ!」
予想通り、多田は驚いて後ずさりながら叫んだ。
やっぱり、反応がいい子は楽しいわね。
『あっ!差別っ!それ幽霊差別だからねっ!』
「多田さん?いったい誰と喋ってるんですか……?」
私はわざと怒ったふりをして叫び返す。もちろん冗談よ。
でも、多田は口をだらしなく開けたまま固まってしまった。
そんな情けない多田を朝倉くんが不思議そうに見つめている。
そうよね。傍から見れば、多田がひとりで喋ってるだけだものね。
「いや……その、なんか……変なもんが……」
「変なもん……?」
『ふふふ、楽しいわ』
「ちょっ、本当に顔が土色ですよ!そこの喫茶店で休みましょう!」
「お、おう……そうだな……」
『あら、いいわね珈琲!私もご一緒しちゃおう』
「…………」
多田ってば『幽霊だから飲めないだろ』とか『着いてくんなよ』って感じの顔ね。
いやよ!折角暇つぶしできそうな話と、面白そうな子たちがいるのにほっとくなんて無理だわ。
お店に入ると、そこの雰囲気を楽しむために私は人と同じ目線になるように地面に立ったり、椅子に座ったりすることにしている。
ここでもきちんとソファー席に腰かける。
「ごゆっくりどうぞ」
店員さんが珈琲をふたつテーブルに置いていくのを眺めながら、向かいの多田がため息を吐いている。
目に押し当てたおしぼりの隙間から、ちらりとこちらを見てくるので、ばっちり目を合わせてやった。
『ねぇ多田、飲まないなら珈琲、私にちょうだいよ』
多田は先ほどより大きく長く深いため息を吐きながら、手を振る。
なんだか犬を追い払う『シッシッ』にも見えて否定肯定かわからないわ!
『無精者ね~貰っちゃおう!』
「多田さん、大丈夫ですか?」
心配する朝倉くんが、多田がくれた珈琲を少しだけ動かす。
朝倉くんは私が見えていないから、珈琲は多田のもので、その多田の手元から遠い位置が気になったのだろう。
……慣れているけど、ちょっとだけ寂しくなる。
「……あー、その、……今、珈琲はいらねぇから、そっちに置いといてくれ」
「?そうですか」
そう言って朝倉くんは珈琲を元の位置――ちょうど私の前に置きなおしてくれた。
『っ——多田ぁ!』
「なぁ、朝倉。お前って幽霊とか信じてっか?」
「幽霊? そうだなぁ。いないとホラー漫画が怖くなくなっちゃうから、いたら嬉しい派ですかね」
「なんだそれ」
「だって僕は見た事はないんで、いるかどうかなんて知らないですよ」
「じゃあ俺が幽霊はいるって言ったら信じるか?」
「……え?幽霊、いるんですか……?」
「……今、お前の隣にな。俺の珈琲を奪っておいて、隣の客のパフェを涎垂らしながら眺めてるよ」
「えぇ……幽霊って涎垂らすんですか?」
『——はっ?!し、失礼ね、涎なんて垂らしてないわよ!』
と言うか、朝倉くん!突っ込むところはそこじゃないわよ!
「……まぁ、なんだ。その幽霊が、事件の被害者の幽霊と話をするって言うんだよ」
『そうそう』
「え……それって……。 凄いじゃないですか!早速行きましょう!」
「えっ、お前信じられるのっ?!」
多田がびっくりしている。
私も、こんなに素直に聞き入れた朝倉くんにびっくりしている。
「嘘なんですか?多田さんは一銭にもならない嘘はつかないと思ってたんですけど」
「いや、嘘じゃねぇけどよ……」
『それよりも、私は珈琲飲みたいんだけど』
「飲めばいいじゃねぇか。それやるよ」
多田の肩から力が抜ける。だって折角の珈琲、我慢できないんだもの!
『うん、頂く前にね、お供えして欲しいのよ』
「お供えだぁ?」
『簡単よ。手を合わせて、ミサ様どうぞおあがり下さい、とか、お供えしますって気持ちで念じて欲しいの』
「うわ、めんどくせ……」
『薄情な子ねっ!協力してあげないわよ!』
「なんか珈琲をお供えしろってさ。じゃないと協力しねぇとか言い出しやがった」
「大変じゃないですか!多田さん早くお供えしてくださいよ!」
「えー、お前やれよ。手合わせてお供えですって思えばいいらしい。だよな?」
『うん、気持ちが大事だからね。あ、お供え時は“ミサ”って呼ぶように朝倉くんに伝えてよ』
「ミサってお前の名前か?」
私は口の端を上げて笑顔で頷く。わくわくが止まらないわ!
「朝倉、この幽霊の名前はミサって言うらしい。お供えの時に呼べとよ」
「はい。じゃあ早速」パンッパンッ「ミサさん、どうぞお供えです」
柏手を打つ朝倉くんの私も多田もぎょっとする。
『う、うん。ありがとね…………コレ、大丈夫かしら……』
「……お前、神社と寺の違い知ってるか?」
「考えたこともないですね」
『——あっ、でも飲めるわ!キャー嬉しい!ふたりとも、ありがとうねっ!』
はしゃぐ私を見つめながら多田が怪訝な顔で尋ねてくる。
「それ、飲めてんのか?」
カップに手を透かしているだけの私が本当に珈琲を飲んだか気になるのね。
いいでしょう、教えて進ぜよう!
『幽霊は物質に触れないから、普通のは飲めないわ。でもお供えして貰ったものは、こうやって手を重ねればちゃんと頂けるのよ』
多田が「ほー」って感心している。
『ちょっと朝倉くんの珈琲とこの珈琲飲み比べてみなさいな。私が頂いた分、違いがあるはずよ』
「……おい、朝倉。その珈琲ちょっと飲んでみろってさ」
「このゆうれ……ミサさんの珈琲ですか?……頂きますね」
まぁ!名前を呼んでくれたわ!
「んで、自分の珈琲と飲み比べてみてくれ。なんか違うか?」
「自分の珈琲——」
「なんだか、味気ないと言うか……香りも飛んでるし水っぽいわけでもないのに味が薄い気がします」
『正解!美味しい部分はミサちゃんが頂いちゃうから、ソレが抜けて味が変わるらしいのよね』
「それがお前たちの食事方法なのか?」
『幽霊に食事はいらないわよ。んー……味や香りはわからないけど、お供えが一番物質として感じられるのよね』
「えー?なんですか?僕にも教えてくださいよ」
私の声が聞こえない朝倉くんはちょっと前のめりになっている。
「……説明がめんどくさいな。おい、ミサ。朝倉にも声聞こえるようにできないのか?」
多田がミサって呼んだ!
なんだかこのふたり、異様に順応早くない?
でも悪い気はしないわ。だってこんなにお喋りできる人の子は本当に久しぶりなんだもの。
「僕もミサさんとお喋りしてみたいです!よろしくお願いします!」
あらぬ方向に頭を下げる朝倉くん。珈琲のお礼をしなくっちゃね。
『じゃあ、どちらかスマートフォンと……イヤホンもあるといいわね。出してちょうだい』
「朝倉、スマホとイヤホン出せってよ」
コイツは……。
しれっとした多田を横目に、朝倉くんがいそいそと私の前に並べる。
『イヤホンは朝倉くんがしていて。……こほん。あーあー、聞こえますかー』
イヤホンをしているのを確認してから、 スマホに手を透かし、ぐっと力を入れる。
「うわわっ!なんだかノイズみたいなのが微かに聞こえました!」
「……電波か?」
『大正解。理屈は聞かないでね、わからないから。……朝倉くーん、うーらーめーしーやー』
「おぉ!幽霊って本当に“ウラメシヤ”っていうんですね!」
「おい、朝倉が信じてるだろうが」
多田の小言は聞こえないフリをしておく。




