魔法使い、困惑す
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湯浴みをするのはいつぶりだろうか。川や滝での身を清めることはアレども、心身を休める目的のこれは年単位でやってなかった
湯気は僕の視界をぼやけさせ、温かい湯が肌を撫でる感覚だけがこの時間を確かめる数少ないものだった
リリスは、湯船の向こう側で静かに湯に浸かったのが見えた。湯炊き直後の風呂は格別だから入ってきたのだろう。その気持ちよく分かる
「アベル様、湯加減いかがでしょう?」
リリスの声が湯気の向こうから聞こえた
それにしても200年か、僕が戦っていたのが20数年、どれだけ多くの時間を費やしてきたのか測りかねる
僕は彼女の優しさに、どう応えればいいのか、迷ってしまう。彼女の目には、俺に向けられた特別な感情が宿っているのが、なんとなくわかる
でも、それがどういうものなのか分からない。こういう時、感情に身を任せるというのが未だに理解できないのを重症と呼ばれたのを覚えている
「大丈夫。とても気持ちいい」
僕はリリスの手を眺める。『触れる』あの行為も見様見真似だ。リリスの指先が、湯の中で微かに震えているのが見えた
「本当ですか?よかった」
リリスの声に少しだけ、ほんの少しだけ不安さが混じっていた。隠そうとすればする程に隠れた不安の輪郭がそれを教えてくる
リリスの顔を見ようと近づく、湯気でぼやけた彼女の顔───彼女の表情は強張っていた
「リリス」
僕はリリスの手に触れた
湯に触れていても冷たい肌。彼女が湯気の向こうで息を呑んだ。湯気の切れ間から月明かりに照らされた彼女の顔が見える
彼女の名前を呼んだ。リリスは僕の言葉を待っていた。彼女の指先がそっと握り返してくる。彼女の熱が、震えが指先から伝わってくる
「リリス、大丈夫?」
彼女の瞳に水面の月明かりが映る彼女は、何も言わず僕の手を握り返した
湯気が少し薄くなる。月の光を纏う彼女の指先がもう一度、握り返してくる。彼女の熱が僕の指先に、さらに強く伝わってくる
リリスが指に込めていた力を放す。僕は彼女の指先を、そっと離した。彼女は、何も言わなかった。ただ、僕の顔を見つめていた
僕もリリスの顔を見た。湯気でぼやけた彼女の顔。それでも彼女の表情が何かを、求めているのは分かった
彼女の指先が僕の腕を伝い、肩を握りしめた。彼女の熱が、湯から出て冷めた肩から伝わってくる
「アベル様、ワタシにも限界があるんですよ」
リリスが少し怒った感情のこもった声でそう言った。離れた方がいいのだろうか、リリスの手を掴み、放れる
「…」
肩を引かれてリリスに抱き込まれる
「…ワタシは幸せです
アベル様とこうしていられるのですから」
「それじゃあ、明日も入るか」
「アベル様、ワタシにも限界があるんですよ」
「じゃあ、やめとこ…」
「お願いします」
「え?」
「お願いします」
女心は難しいというのはこういうことだろうか。200年前に女性と多重関係を結んでいた仲間の言葉をふと思い出しながらリリスの拘束を甘んじて受け入れた




