魔法使い、遭遇す
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先程から欠伸が出て止まらない。読書というのも意外と体力を使うものなのだと再認識しつつ、踊る文字に眠るべきと結論づけた───今読んでいるこの一冊を読み終えたら寝よう
『がちゃん』と音が鳴った
敵意はない、盗人ではない、リリスの気配でも雰囲気とも違う。騒々しい足音が"ドンドン"と僕がいる書庫まで近づいてきた
「(魔力隠蔽が上手いな
体外にまるで魔力が出て行ってない)」
書庫の前に来た何者かは200年前の斥候に匹敵する魔力隠蔽を行っていた。僕の様に魔力感知に頼る魔法使いには天敵の存在だ
「(まさか、敵意も隠してる?)」
相当の手練れだ。僕は『魔力弾』を構える。扉が開き、足音の主が入ってきた
「たのもー!」
声色からして幼い、今の僕と同い年か歳上だろうか、非常に元気な様が声量から伝わってくる
「あれ?ここにはいないのか?」
「どなたですか?」
◆
突如として書庫の中に入ってきた少年が階段を駆け降りてくる。後で掃除しなければならないな───やがて同じ階層まで来た彼は息を切らしていた
やや膨よかな体型は健康そのもの、綺麗な金髪の快活少年と言った風貌をしていた
「へへーん!お前がリリスの弟だな」
「弟…。そうですね」
リリスを知っているということはリリスの友人か?それとも息子だろうか。いや、もうひとりの影が全く感じられないので息子という線はないだろう
「喜べ平民!今日からこのオレ
テッド様の舎弟にしてやろう」
「舎弟…」
隠密の弟子ということだろうか?生憎とその技術は友人から教わってしまっている。何なら僕も教えられると自負しているが興味が出た
「どうした?リリスの弟…えっとアベベ?」
愉快な人だ。テッドさん───名乗られたなら僕も名乗らなければ不敬だ
「挨拶ありがとうございます
リリスの友人、アベルと申します」
「友人?弟じゃないのか?」
「リリスがその様に?」
「そうだぞ?兄ちゃんも言ってた」
なるほど、テッドさんにはお兄さんがいる様だ
「彼女そうですね。僕は彼女の弟です」
「へぇ、で?アベべ俺の舎弟になれよ!」
余程自分の腕に自信がある様に見える
「隠密の腕、お見それしました
ですが私もそれなりに得意としておりまして」
僕は魔力を体内での循環に切り替え、魔力の隠蔽、更には魔力の『自然化』をした。隠密のひとつ向こう側の技術、空間に魔力の渦や空白が本来生じてしまうところを敢えて少量放出し、空間や環境に馴染ませる翠眼の得意とする領域だ
「どうでしょうか」
「え…お前…その眼の色…!?」
「…」
いつの世も眼の色か。僕は少し寂しくなった。眼のことで迫害され、眼の色が全てだと否定される。それが200年経っても続いているなんて───そんな落ち込み、テッドさんは後退りし始めた
僕を指さし、息を大きく吸った。また、あの言葉かと視線を伏せた
「ぷ、ぷぷっ!」
「え?」
テッドさんが吹き出していた。恐怖の涙ではなく笑い過ぎによる。笑いを我慢するための涙を流していた
「マジか!琥珀眼じゃん」
「え?」
「初めて見たわー!マジでいたんだ!」
「…」
逃げ出さない。石を投げてこない。嘲笑こそされ、罵声を浴びせられない。それにチック───未熟な。どういうことなんだ
「おい!テッド!
勝手にリリスさんのお宅に上がってはダメだろう」
僕が驚き固まっていると慌てた様子で書庫に入ってきたのはテッドさんによく似た金髪の少年だった
「バース兄ちゃん!見てくれよ!
コイツ!」
「っ!!」
書庫の上段から現れた彼は僕を見て顔を顰めた
「…そうか」
バースさんはテッドさんの前に立った。やっぱりこの眼への警戒は歳を重ねれば意識する物なのだろう
「リリスさんが凄まじい才能を持った弟さんが
越してくる、と言っていたのだが…」
僕は本を手に取り、机に戻る
「どうやらボクが期待し過ぎていたみたいだね」
「え?」
この兄弟から『恐怖』や『嫌悪』ではなく、『嘲笑』『哀れみ』『落胆』と大凡悪い感情ながら別の方向なものを感じる
「バースさん、ここではこの眼はどんな風に…」
「…どうも何も」
「バース兄ちゃん!オレがアベベに教える!」
まさか、そんな
「いーかー、アベベー!
ひよこの色の眼はなー
どの属性にも適性がゼロ
火も水も風も治癒魔術から生活魔術
どーんな用途においても他の色に劣る以上に
『使うことのできない』眼
『劣等眼』『適性のない眼』『チック・アイ』
なんだよ!
そんな風に伝わってるんだ
「テッド、いい加減にしないか
流石に言い過ぎだ」
僕は口に手を当てる。変な笑みが抑えられない。最早この眼が生み出す悪評は『劣等』としての意味に置き換えられ、無闇に石を投げられる様なことにはならないんだと───眼のおかげ、眼の所為と悲観せずに済むんだと思えば思うほどに笑いが込み上げてくる
「あの、アベシさん」
「え?あ、はい」
おっと、浮かれてしまっていた何だったか
「ウチの弟が失礼なことを言って申し訳ない」
「大丈夫です。気にしないでください」
むしろ、その情報だけで胸の中が空いた気分だ。これ程嬉しいのは故郷奪還前夜以来だ
「テッドも謝れよ」
「えー嫌だよ。だって"チック・アイ"なんてさ」
「ダメだよテッド
今の時代は魔術が使えなくたって
それなりに幸せな人生を送れるんだ」
そうだ。魔法が使えないからと侮っていると剣で袈裟斬りを受けたり、ひと突きで内臓が全て体外放り出されたり、床のシミが如く叩き潰されたりするぞ。魔将が全員辿った末路だ
「アベシさんも
ボクたちの世話をしてくれるだろうし
テッドも仲良くするんだぞ」
ふむ、リリスの仕事は彼らの側仕えということか、なれば僕も彼らとの交流を深めるべきだろう
「さぁテッド
ボクらは家に帰って魔術を学ぼう
選ばれた人間は成すべきことを成さないとね」
「ヘいヘーい。んじゃ、またなー
チックアイのアベベ」
「はい、また」
なかなか愉快な人達だったな───ひとつ解せないのは『バタン』と閉められた扉。あまり乱雑に使って欲しくない。本が傷つく上に埃が舞う、それに扉を直すのは面倒なんだ
静かになった書庫の中で1番のお気に入りまで歩いて向かう
「100年平和か…本当だったんだな」
最下層にある一冊の中でもお気に入りの本『戦争史』───その中でも直近の100年について語られた平和式典が愛おしくて堪らない程好きだ
200年前は戦争を血で鎮火する勢いだった。それが今や『戦争の象徴』とさえ言われた『琥珀眼』が『嘲笑の対象』と呼ばれる程に平和ときた
「素晴らしいなロイ」
戦争史の最後には120歳のロイの肖像画が描かれている。アレから100年も生き続けたんだなロイ。平和の象徴───こんなに素敵で、素晴らしいことは他にあるだろうか?いや、ないだろう




